かりそめ

 

佐々木 眞

 
 

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道路の真ん中を、かりそめの車が走ってきた。
車の格好をしたはりぼての車が、
風に揺られてぶるぶる震えながら走っている。

道路のはじっこには、かりそめの人が歩いていた。
外側には肉がついて、人間の姿形をしているのだが
その中には、なにも入っていない。

道端には、造花のようなかりそめの花々が咲き乱れ、
ウスバシロチョウに似たかりそめの蝶が、
そこらを、うろうろ飛んでいる。

不動産屋の店先では、
両足を縛られた風船パンダが、
冷たい春風に吹かれて、ぷるぷる震えている。

よく見ると左右の道路は、かりそめの人々でいっぱいだ。
「やあ、こんにちは、ご機嫌よろしゅう」
「嘘じゃあないよ、ほんとだよ」などと言い交わしている。

そして、彼らのあとからふらふら歩いている私も、
極楽トンボの、かりそめの人だった。
どうしようもない、かりそめの人だった。

 

 

 

そんな長い剣をどこに、のろけ話でごめんなさい。

 

鈴木志郎康

 

 

ブオーッ、
ブオーッ、
ブオーッ。
まっ、麻理、
そんな長い剣をどこに、
隠してたの。
それで、
わたしを刺し殺すの、
わたしは麻理に刺し殺されるの、
悔しいけど、嬉しいような。
これがわたしの愛なんだ、
これがわたしの愛なんだ。
麻理は、
わたしを刺し殺して、
猫のママニを抱いて、
黒い馬に乗って行ってしまったっす。
ブオーッ、
ブオーッ。

ロマンチックざんす。
いいざんす。
志郎康さんが、
眠り際に見た深あーい、
思いざんすね。
でもね、
麻理さんは、
剣で刺し殺すなんて
いやーねえって言ってるざんす。
のろけ話でごめんなさい。
ブオーッ、
ブオーッ、
ウッフー。

 

 

 

家は遠い

 

長尾高弘

 
 

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腰のあたりがブルブル震えているので、
ああ、電話がかかってきたんだなと思い、
スマホを取り出してみると、案の定盛大に
ジャンガラジャンガラ鳴っており、
出てみると奥さんで、どうしたのと言うから、
ああ、日吉で地下鉄に乗ったんだけど、
間違えて日吉本町で下りちゃったから、
また乗りなおして、えーと、今センター南に着いた、
と答えると、
あ、そ、先に寝てるからねと言うから
はい、わかったと答えて電話を切り、電車から下りた。
あれ、なんでふたつも乗り過ごしてんだろう、って
そりゃ酔っ払ってるからだし、
なんで日吉本町で下りちゃったかっていうと、
それも酔っ払っているからだけど、
さらに言えばそこから歩いて帰ろうとでも思ったような気がする。
最近無駄にあちこち歩いて、
日吉くらい軽く歩いて行けるという変な自信がついちゃって、
考えなくてもいいことを考えたのだろう。
でも、どうせ歩くなら地下鉄の改札なんか通らずに日吉から歩きゃいい話だ。
酔っ払っていてもそこのところはすぐに気付いたらしくて
改札の外に出ちゃったりしなかったようなんだけど、
下りは当分来ないような表示が出ていて、
ちょうどやってきた上りが日吉で折り返して、
掲示板に書かれている時間に下りとしてやってくるようだなと思い、
それなら立って待つより電車に乗ればいいじゃんと思って、
上りに乗ったような気がする。
でも、そういう場合、そんなことをすると、
つい無駄に寝ちゃって乗り過ごすってことに気付かなきゃいけなかったんだよな。
だいたい、日吉で奥さんにLINEでどの電車に乗るとか言ってるから
電話がかかってきちゃったんだよ。
でも、電話がかかってこなかったらそのまま中山まで行っちゃって、
ひょっとすると戻ってくる電車がなくなっちゃってて、
帰ってこれなかったかもしれないよな。
いや、中山まで歩いて行ったことは何度もあるけどさ。
でも、そう考えると、日吉でLINEしといてよかったのかもね。
そのうちに、さっきの電車を下りてから八分たって、
日吉行きの電車がやってきて、
今度こそ寝ないようにしなくちゃと思って目を開けていたら
北山田に着いたのでそこで下りた。
歩きだったらセンター南から六千歩くらいで、
一時間ぐらいかかっても不思議じゃないのに、
電車って速いよなあ。
でも、奥さんや息子ならどんなに遅くなっても俺が車で迎えにいってやるけど、
俺の場合は俺がここにいるから誰も迎えにきてくれないんだな。
一瞬寂しいような気になったけど、
北山田から歩いて歩数計の数字を増やしたいと言っているのは
自分だったってことを思い出した。
喉が渇いたので家に帰る前に駅前の仕事場に寄った。
水道の栓をひねる前に持っていたかばんを開けるとバナナが出てきた。
そういえば、カズタミさんにもらったんだよなあ、これ。
何でバナナだったんだっけ、と思ったけど、
もらったときもよくわからなかったのを思い出したので、
それ以上考えるのをやめた。
そもそも今日は渡辺洋さんが亡くなってからもう一年もたったので、
お墓参りに行かせてくださいって奥様に頼んで行ったんだったよ。
お墓参りさせていただいて、
だるまって居酒屋までは奥様もいっしょにちょっとお酒を飲んで、
さらに去年の告別式で出棺を見送ってから入った蕎麦屋でちょっとお酒を飲んで、
蕎麦屋のお客さんがいなくなっちゃったから慌てて出てきて、
清澄白河から電車に乗って、
ミチオさんとは神保町で別れて、
カズタミさんとはいっしょに永田町で下りて、
でも次の電車は違うからそこでバイバイして、
よく永田町で間違えずに南北線に乗ったものだな。
幸いに南北線は終点で下りればよかったので、
乗り過ごさずに済んだわけだ。
そこまで思い出したところでバナナのことも思い出したので、
こいつは食べちゃおうと思って、
水を飲んでからバナナを食べて、
バナナを食べてからまた水を飲んだ。
で、そこから千五百歩くらい歩いて家に帰った。
途中で日付をまたいだから、
歩数計は百三十歩とかいう数字になっていた。
グリーンラインは片道二十一分で終点まで行けてしまう短い線だ。
ひょっとして一往復してから二度目の下りでセンター南まで行っちゃったかと思ったけど、
LINEや電話の記録から時刻表を見て調べてみるとそういうわけでもなかった。
なあんだ、オチがなくてつまらん。

 

 

 

光の疵 誕生

 

芦田みゆき

 
 

記憶しているのは
白くおおきな部屋
光は青白く
まっすぐに
ゆるやかに
あたしを刺す

赤ん坊のあたしは
両手両足をばたつかせ
懸命にことばを発するが
誰かがひゅうひゅうと吸い上げ
あとかたもなく
消えてなくなってしまった

 

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あえてそれを言う

 

長尾高弘

 
 

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二、三日前かなあ、
中学校の裏の桜並木で写真を撮ろうと思って行ったら、
終業式のあととかだったのかな、
昼前だってのに中学生が校門からぞろぞろ出てくるのよ。
参ったなあ、やりにくいなあと思ったんだけど、
木の下で花を見上げて写真を撮り始めたわけ。
そしたらさ、
「ハゲ」って単語がやけにはっきり耳に飛び込んできたもんで、
いやあ、びっくりしちゃったよ。
こっちはさ、
彼らが生まれるずーっと前から禿げてるわけ。
結構若いうちに減ってきて、
結婚だって禿げてからしているわけよ。
だから今さら禿げを気にしたりしないんだけどさ、
とても気にする人だっているんだからさ、
まだ禿げてないけどちょっと毛が細いからとかでさ、
誰か友だちのことをからかってやろうって思ってもさ、
本当に禿げてる人がいるところで大声で「ハゲ」
なんて言わないものだよって教えてやろうかな、
などとちらっと思ったけど、
そんなお節介な親父になるのもいやだったから、
聞こえないふりをしていたわけ。
そうしたらさ、
その一団がいなくなったあとで、
また、耳に飛び込んできたのよ、
「ハゲ」って単語が。
それも何度も言ってるんだよね。
「ハゲハゲハゲハゲ」って。
さすがにさ、
あれ、ひょっとしてオレのこと言ってんの?
って思ったよ。
思っただけで終わりだけどさ。
で、今日のことなんだけど、
ちょっと離れた別の場所でやっぱり桜が咲いててさ、
上を向いて写真を撮っていたらさ、
自転車から下りた状態でしゃべっている小学生がふたりいたのは目に入ってたんだけど、
そのうちの片方が大きな声で発したわけよ。
例の「ハゲ」って単語をさ。
写真を撮り終わって視線を下げたらさ、
子どもとばっちり目が合っちゃったわけ。
口をニヤニヤ笑いの形にしてさっと自転車に乗ると、
ふたりともあっという間に消えちまった。
今度はさすがに確信したよ。
本当にびっくりしたなあ。
禿げてから三十年くらい生きてきてさ、
こんなにハゲハゲ言われたのは初めてだったからね。
自分がそう言われたってことよりもさ、
こいつらこうやってヘイトスピーチを言うようになっていくのかな、
なんて思ったら、
暗澹たる気持ちになっちまったよ。
何しろ、ヘイトスピーチと言論の自由の区別がつかない政権になって
マスコミがそういうことをろくに批判しなくなって
もう三年もたってるからね。
でもやっぱり自分がそう言われたことが気になっちゃったのかなあ。
気にしたりしたくないんだけど。
で、今ちょっと思ったんだけど、
上を見上げていたから、
いつになく禿げ頭が目立ったのかもしれないね。
出かけるときは帽子を被るようにしよっと。
そういう問題じゃないけど。

 

 

 

四月の歌

 

佐々木 眞

 

 

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さよなら三角 またきて四角
さよなら三月 またきて四月

さよなら三角 またきて四角
資格はテレビ テレビは電波
電波は消えた 消すのは女

女は塗り壁 塗り壁白い
白いはウサギ ウサギは跳ねる
跳ねるは阿呆蚤 ノミクソ死んだ

「死ね死ね死ね」と言われたので、とうとう死んだ日本だった
死んだニッポン チャッチャッチャ
CHA-CHA-CHAなら 明美ちゃん

石井明美はB型だ B型人間恋多し
恋多き人北川景子 景子はDAIGOの嫁になる
DAIGOの祖父は竹下登 竹下登は元総理

元の総理は山本権兵衛 権兵衛といえばお百姓
百姓が種播きゃ 鴉がほじくる
三度に一度は 追わずばなるまい

追われて逃げるは高倉健 健さん待ってて頂戴な
健さんの最愛の妻は江利チエミ
江利チエミは「三人娘」 三人娘は「ジャンケン娘」

ジャンケンポンはグーチョキパー グーチョキパーでなにつくろ?
ドラえもんとアンパンマン 二人揃って人気者
もっと人気のトリンプさん トリンプさんは大統領!?

大統領は権力者 権力者はでぶでぶだあ
でぶでぶ百貫でぶ 電車に轢かれてペッチャンコ
ペチャンコなのは あの子のオッパイ

オッパイからはおいしいミルク ミルクを出すのは牧場の雌牛
牧場の雌牛はなんて鳴く 寂しい時はモウと鳴く
モウと鳴いたら一匹で モウモウモウで三匹だ

三匹なのは「三匹の侍」 監督したのは五社英雄
五社英雄なら鬼龍院花子 「おんどらナメたらいかんぜよ!」
なめてもいいのは親父の頭 ぴかぴか光る禿げ頭

ぴかぴか光るはトンボの目玉 蛇の目は夜も光ってる
おっかないのはニシキヘビ ニシキヘビは無闇に長い
無闇に長いは森泉嬢の両の脚 森と泉に憩いたい

さよなら三角、またきて四角
さよなら三月、またきて四月

 

 

 

どんだけ魚さばいたかっていう遊女だし

 

爽生ハム

 

 

背中のペットボトルに水が溜まる。左右にスイングして肩甲骨に人ごみ、いれこむ。
大富豪の傘に入りたい
公園にいないだろ。あのね、ここ公園じゃないし。
安全に公園使いたいよね、目的を持って開かれた時とかに。

待ち合わせは公園で
ストローで水飲んでるのが、私だからよろしく。
横浜のイルミネーションの都合で、陰毛が湿りつつある。

お気に入りの首から顔にかけてとかは、海岸線を車で走った時の助手席にいたとしたら、ほんと美しいし、神だし。
それを理科っぽいチューブでちゅるちゅる吸いこめば、私、その頃も今も変わらず神だし。
私、生きてるし。楽しんでるし。
好かれてるし。仲良さげだわ。
海と生首と
車と

写真におさめてほしい。
ガードレールはきっと、
綺麗な白線だろうね。

休日前の記憶って
記憶として拉致られてるよね。
実家から近いバイト先の賃金は安くて、毎日クッキーとかで外では過ごす、クッキーほうり投げて金持ちの頭の上でパパんって叩くのだ、掌。ぱさらぱさら粉末が卒業おめでとうシーズンにぴったりの、私達は新入社員ですシーズンにぴったりの、新婚にライスシャワーかける業者みたいに、無理して食が細い昼食を放りなげる。
鳩さん、食え食え。

鳩っていうと公園だよね。
折れ曲がる前屈により、たたんだ布団になる私の昼休憩。
おへそと陰毛の間に挟むものは、年月だといい、人ごみで隠すように持つ眠い球体のような、年月。みんな目を奪われるかな。

 

 

 

志郎康さん、よくおならするねえ。

 

鈴木志郎康

 

 

プーッ、
プーツ、
ブリッ。
志郎康さん、
よくおならするねえ。
連れ合いの
麻理さんが、
プーッはいいいけど、
ブリッは嫌って言ってるよ。
プーッは、
自然だからいいの。
でも、
ブリッは、
一瞬止めるでしょう。
その次はわざとって感じちゃう。
それが嫌なの。
志郎康さん、
おなら意識とおなら無意識、
そこでけじめをつけなくっちゃ。
そんなこと言われても、
困っちゃうねえ。
どうやって、
プーッで止めるのよ。
お腹が活発でいいじゃん。
でもね、
わたしの前ではやめてね、
夫婦の中にも礼儀あり、
でしょう。
プーッ、
プーツ、
ブリッ。
あら、
また。

我がおなら、
青春の日々の、
春の日が差す
部屋の中にまで、
届け。
何ちゃってね。