雨夜

 

藤生すゆ葉

 
 

やさしい風が
わたしを追い越す
木々の香りと

足元をみると
小柄なヒメジョオンが見上げている

闇に照らされた 生があった

光が消えた街に音が灯り
鼓膜をくすぐる

通りすがりの黒猫
表情もほころんでいる

時を越して運ばれた線は
静かに弾け皮膚に温度をもたらす
わたしのあたたかさに気づかせる

目を開けると滲む輪郭
やわらかさを映す
一枚の透明

わたしの内側に遠くの温もりが響きだす

零れ落ちるくらいのそれは
なつかしい はじめまして

わたしのなかを広がり
ほのかな甘みを帯びて
音になる

      あ

            あ

        り

          が 

          た
 
 
            い

 
言葉

すべての景色に

 

 

 

四万十の風を

 

ヒヨコブタ

 
 

人の命や一生について考えさせられる日々にいる
元気だった父の容態が突然悪化し
呼吸器をつけ眠っている
24時間そうなってからしばらくになり
最初の慌てふためくじぶんから
まだ諦めぬというじぶんに変化した

嫁になったわたしに父は言った
今日からはほんとうの娘のように思うと
孫も産めなかったわたしに
つらくあたることもなかった

そのひとのルーツは大変にこみいったもので
つらくさみしいこともこぼすことなく
息子と娘、そしてその孫をひたすら愛している

よみがえってほしいと毎日何度も祈る
そしてそのひとがまだ見ぬ四万十の水がたゆたうところへ一緒に行くと決めている
そこがルーツなら、わたしも見たいのだ

戦時中の話、たまたま疎開していて空襲からは逃れたとき、夜汽車で握り飯をもらったと
まだ幼かった父のそれからは過酷だったろう

母だった祖母が奏でる三味線
桜並木が美しいと移り住んだまち
裕福と健康からは遠かった若い父は
派手なことは望まぬ囲碁の名手だ

もう一度、息子と囲碁ができますように

叶えられぬとは思わない
わたしは最後まで諦めず
父に四万十の風や景色を見てほしいと思っている
先に旅立った私のすべての身内に
まだ来ぬようにと追い返してもらおう
そう強く、何より強く思っているのだ

 

 

 

仕舞

 

工藤冬里

 
 

四角いものの上にひかりのV字の切れ込みが走り
重唱のソナーを主部に這わせて学生刈の背中に聴かせた
初版を手にして衣服を引き裂く感受性の徒花めいて
ノーネクタイの風がロビーを走る
声優たちの巻き起こす棒秤の長短
保険金を喰いつぶしていく夏至の日の果てに
登山口まで21Kという標識があり
一人で尾根を転がり落ちながら
いないほうがましだったかい?
スクエアの切れ込みの意味を考えながら
声をひかりとして
線香花火のしだれ柳のフェーズを
空調の不調で凍ったノズルを吹きながら大声で死に
いないほうがましだったかい?
浮いた浮いた
爆縮して仕舞を舞う
羊羹列車がarbolito灘を進む
yahoo mailはスパムばかりなのでもうあまり使ってない
監督や作家が主人公の隙間リアルはもう仕舞いだ
あとは忘れろ
販売中止予告のしぐさで

 

 

 

#poetry #rock musician

吸血キスマーク

 

辻 和人

 
 

腕の中にいるのは何だ?
ちゅぱちゅぱ
ちゅぱちゅぱ
ひっきりなしに吸っている
目は固く閉じて吸っている
シャツをぎゅっと掴んで吸っている
コミヤミヤ、軽いうなり声あげて甘えたそうだから
抱えあげた途端
ぷっくりした唇が
ちゅぱっ
Tシャツから覗くかずとんパパの二の腕に吸いついた

皮膚の一番薄いトコはどこだ?
ここだ、ここだ
狙って
吸え、吸え、吸い破れ!
破っちまえば精のつくものが出てくる
何かしら濃いもの
ミルクより濃いものが
たぷたぷ出てくる
牙の代わりのぷっくりした唇のねっとりした内側の
鋭いこと鋭いこと
かずとんパパのうっすい皮膚を破って精吸い尽くせば
グングン成長するぞ
今は抱っこされてるけど
成長すれば逆転するぞ
かずとんパパの方が小さくなって
こっちの腕にしがみつくことになるぞ
口動かせ、もっと口動かせ
つむった瞼の奥の奥で
ほら、かずとんパパ、もうこんなに小さい
ちゅぱちゅぱ
ちゅぱちゅぱ

かれこれ20分も一心不乱
そっと剥がしてみるか
げげっ、二の腕にキスマークできちゃってるよ
おっきいのが2つも
キスマーク、つまり内出血、つまり血
こりゃ吸血鬼だな
口動かせば生きる元気が湧いてくる
あんなにちっこく生まれてきたのに
こんなにでっかいキスマークつけるようになっちゃって
ならば吸血鬼コミヤミヤ
吸え、吸え、吸い破れ!

吸われて縮むかずとんパパ
縮んで縮んで
吸血鬼コミヤミヤの腕にしがみつく恰好に
どうしよう
でもこのままじゃ終わらないぞ
コミヤミヤのぷっくりしてきた二の腕
2000gで生まれたとは思えない二の腕
かずとんパパ、ちゅぱちゅぱし返して
いつか復活してやるからな
ちゅぱちゅぱ
ちゅぱちゅぱ