クガタチ*

 

佐々木 眞

 
 

西暦20××年、とうとう日本国憲法が改訂された。
詩文が死文と化した第9条の代わりに、なんとなんと、「クガタチ条法」が制定されたのである。

イスラム教の「目には目、歯には歯」に似ているが、もっとラジカルな内容だ。
犯罪の容疑者は最高裁にいくと、最後、クガタチによって有罪か無罪かが決まるのだ。

沸騰した湯の中に手をつこんだらどうなるかは、泉下の愛犬ムクでも、近所のジョージ君でも知っている。

「日本書紀」には3か所でこのクガタチが出てくるが、こいつが出てきたら最後、いくら天祐があっても、無事に無罪放免されるやつなんて、古今東西ただの一人もいない。
みな有罪となり、つまりは死刑に処せられて、「ジ・エンド」になるのだ。

早速、最高裁に送られたジミントウ・アベノミクソ派の「5人組」が、クガタチの刑に処せられた。

5つの洗面器の中でギンギンに沸騰した湯に突き入れられた、5つの拳固と25本の左指は、たちまち茹でた伊勢海老のように真っ赤っかあになって、5種類の苦悶の叫びが、法廷狭しと響き渡った。

「さあ、お前たち、いくら裏金をもらったのか、ありていに白状せよ!」
閻魔様ならぬ裁判長の厳命が下るや否や、

キャイーン、キャイーン、ギャイーン、ギャイーン!
「イッセンマン、ニセンマン、サンゼンマン!」
「ヨンセンマン、ゴセンマン、ロクセンマン!」
「ジュウネン、ナナオクドル、イッセンジュウゴオクエーン!!!」
青白い自白が、悲鳴といっしょに半蔵門の夕空に発せられていく。

お次はまるで節操なき異次元男、もとい「令和の火の玉男」の番だ。

そもそもお前さんは、確固たる主義主張もなく、ただオメイを総理にしてくれた男のことだけを大切に思って、天下国家、もとい、諸国民のさいわいのことなぞ、これっぽっちも眼中になく、ショもないことを世界中でペラペラぺらぺらしゃべり倒して、それが政治家の仕事と心得違いして、いままで生きてきたのよ。

どうじゃ、相違ないか。
なぬ、小生意気に異議があると?
では、早速このクガタチの試練を受けてみよ! 
本当のことを言うものは爛れない。嘘を言うものはきっと爛れる!

キャイーン、キャイーン、ギャイーン、ギャイーン!
青白い自白が、悲鳴といっしょに半蔵門の夕空に発せられていく……

 
さはさりながら、何千何万位の無辜の民を圧殺してきた最悪の凶器クガタチも、コウ君のようなノンサンス自閉症児にだけは歯が立たなかった。

「人殺しをやったろう」と強弁されたら、「人殺しをやりましたあ」。
「お前、おらっちが大事にしまっておったアイスを食べたろう」と迫られたら「食べましたあ」とあらぬ告白。

「お前、おらっちが隠していた千円札を盗んだろう」と詰め寄られれば、にっこり笑って「あい、あい、あい」

なんでもかんでも、「やりました、食べました、盗みました」と平然と答えていたコウ君を、なんかい伝家の宝刀クガタチにかけても、両手はまったく火傷することなく、天神地祇のまん前で、見事にその無罪を証明してみせたのである。

 
 

*クガタチ(盟神探湯)は古代日本で採用された真実追及の手段。神に誓願してから手を熱湯などに入れ、焼け爛れた者を邪とする一種の神判である。「日本書紀」の応神天皇9年4月条、允恭天皇4年9月条、継体天皇24年9月条にその具体例が記載されている。

 

 

 

また旅だより 64

 

尾仲浩二

 
 

毎年写真展をやっているギャラリーは大阪心斎橋の古いビルの地下にある。
東京から行くと、旨くて安い大阪の飲み屋で一杯やるのが楽しみなのだが、近頃はギャラリー周辺は古い店がなくなり、チェーン店ばかりで残念だった。
ところが店構えをを見て、ここは!とピンときた店があった。
暖簾をくぐり、ひとりで切り盛りするマスターの顔をみて大丈夫だと思った。
まず生ビールと鯵の南蛮漬け、そしてどて焼き、どれも旨い。
つづいて注文した芋焼酎のロックはコップになみなみと注がれていた。
それを三杯飲みながら隣り合わせた客とマスターと話をし、ご機嫌で店を出た。
翌日のランチではお勧めのカツ玉子とじ定食をそしてその夜もまた。
薄暗いビルの一階にひっそりとあるその店の名前は「大心」
店名の由来はと聞いたら、大阪の心斎橋だから
すばらしい!

2023年12月10日 大阪 心斎橋にて

 

 

 

 

落ち着くんだ

 

道 ケージ

 
 

落ち着くんだ
空が青いぞ
空を見て
眩しそうな顔をすればよい

丹沢の稜線が見える
奥までよく見える

大丈夫、大丈夫
大丈夫、大丈夫
落ち着け落ち着け
生きていることに
さほど意味はない

可不可一条
ケンコーも言っとる
どうもこうもないから
ただ息をすればよい

それだけ

 

 

 

死と乙女

 

加藤 閑

 
 

冬薔薇散らしみづうみにレダ眠る

蝋梅を数へて黄泉の燈しとす

転調を許さぬ吹雪死と乙女

冬蝶の翅の欠片を声に持つ

屈強のをとこの口に冬星座

義憤ならず霜咲く硝子見つめつつ

雪汚れし神は目隠しされしまま

月蝕の夜に眩しき海鼠切る

こがらしにそれはあたしと紙の鳥

骨あらば舟に組むべし霜の夜

 

 

 

森そして冬の壁

 

有田誠司

 
 

矛盾と後悔 僕の弱さから来る痛みが空を覆う
気が付いた時には秋は終わっていた
漂う雲は形を変え その色さえ違って見える

冬が訪れるまでの暫定的な空白に
秋が好きだと言った 君の事を想い出した

僕等は地図も持たずに森を歩いていた
時の存在が失われた赤い森
其処は世界の終わりに似ていた

灰色の冬雲の翼 高く聳え立つ壁
僕を誘い込む幻影は暖かく
僕の心を静かに解きほぐす 
君の息遣いで満ちた部屋の様に感じた

不完全な僕と不安定な君の狭間
また冬が始まる