鶴はきりっと舞い降りる

 

辻 和人

 

 

ピィー
ピィー
ふゎー、うるさいな
電話を取ったら
「もしもし、ミヤコです。10時半待ち合わせですけど、今どこですか?
今日、結婚式のセミナーの日ですよ。」
げげっ
「すみませんっっ、今起きました!すぐそちらに向かいます!!」
とんでもないことになってしまった
布団をはねのけ、服を着て、駆けつける駆けつける

はあっ、はぁっ
11時半、神殿で新郎・新婦のモデルを立てて儀式の説明をしている最中
さささっとミヤコさんの隣の席に滑り込む
「今度は玉串の根本を神前に向けて……。」
細かい作法説明してるよ
ふゎぁー、それにしても疲れたなぁ
横目で睨まれる
すみません、すみません

「式場見学に遅刻だなんて、これで切れちゃう女の子もいると思いますよ。」
「すみませんっ、つい寝坊しましたっ、本当にすみまっせんっ。」
すみません、すみません
もーそれしかない
昨夜遅くまでyoutubeで猫ちゃん動画を見まくっていたのでつい疲れが……
言い訳になりませんね
「一人で参加するの、ちょっと辛かったですよ。
でも、儀式のことはおおよそわかりました。
もう少ししたら模擬披露宴ですから、お料理のチェックもしておきましょう。
いいですか?」
はぁーい

模擬披露宴もモデルが出演し、本番さながらに進行する
鏡開きにケーキカット
なるほど、いつでもお客様に笑顔を向けるのがコツなんだな
勉強になります
和洋折衷の献立は思っていたより豪華だ
やがてお色直しを終えた新郎・新婦役が入場
ふっと暗くなる
キャンドルサービスをやるようだ
幻想的でなかなか美しいじゃん、と思って見ていたら
「きれいですけど、これは私たち向きではないですよね。」と耳打ちされた
ごもっとも、大人な意見
同じテーブルの若いコがうっとりした目で眺めているのを横に
牛フィレステーキをモグモグ
お味は?
ゆっくり噛んで飲み込んで、軽く頷いてる
うん、まずまずみたいだ

「年配の方でも食べやすい味でしたね。今日のコースで問題ないと思います。
私としては鏡開きは是非やりたいです。」
えっ、やるの?
と思ったけれど遅刻した手前、いやとは言えず
「わかりました。ポンと軽く蓋を叩いてすぐ顔をお客様に向ける、でしたね。」
「そうそう。では、衣装合わせに行きましょうか。」
良かった、機嫌直ってるみたいだ
キャンドルサービスはNOだが鏡開きは是非、ねえ
ミヤコゴコロ、わかってきたつもりだけどまだまだだなあ

衣装室に降りて行く
ぼくの衣装も合わせてくれるらしいので係の人にトコトコついて小部屋に入る
サイズを計ってもらい袴を試着
「はい、結構です。次はタキシードをお持ちします。」
タキシードは3種類
「この中のどれかお好きな色をお選びください。」
「じゃあ、このグレーのを。」
「はい、タキシードもOKです。お疲れ様でした。」
総時間10分ちょい
こんな簡単でいい? ま、楽でいいけど
係の女性はもうぼくに背を向けてさっさと片づけをしている

戻ってみると衣装室は修羅場と化していた

ここは着物のストックがすごいとは聞いていたが……
何十もある引き出しから
ああでもないこうでもない
赤、白、黒、紫
花、山、水、鳥
あらゆる色と柄の着物が次々に広げられ
延々と議論が紡がれておりますです
「こんなのも華やかさの中に品があってよろしいのではないでしょうか。」
「良いですが、もっと絵が大きく描かれたものはありませんか?」
延、延、延、延
ぼくの衣装合わせとは
大、大、大違い

横には15歳は下と思われるジーンズ姿の男性が座っている
スマホいじくっては、時折顔を上げ、彼女の方を気にしている
いやあ君、親近感沸きますねえ
男はホント、結婚式という場では添えモノなんだな
「ねえ、これはどうかな?」
ウェディングドレスを着た若い女性が飛びこんできた
顔がちょっと強張っている
「ああ、いいんじゃないかなー。」
男が半腰あげて答えると
反応が鈍い、と思ったのか女は無言で試着室に駆け戻り、男はため息
かわいそうに、彼女は半パニック状態
ドレスを合わせてもらうなんて初めてなのかもしれないな
そこへ行くとミヤコさんは歳の甲もあってか落ち着いてる
パートナーとしては気が楽だ
いやいや、甘い
ミヤコさんがモノ選びを始めたら……
指輪の時と同じく、長丁場を覚悟しなければいけないぞ

ファミちゃんレドちゃんも身につけるものには強い拘りがある
ファミちゃんレドちゃんは生まれてこの方一張羅
その一張羅を
それはそれは大切にしてる
気がつけば舐め舐め
気がつけば舐め舐め
首をくるっと回したかなと思うと
にゅにゅっーってまあるく体を撓ませて
お腹も足の爪先も
おっと、背中だってきれいにしちゃう
日当たり良い場所を取るためのホンキの喧嘩の最中にだって
突然、啓示に打たれたかのごとく静かになり
そのまま一心不乱の舐め舐めタイムに入ったりするくらいだから
2匹はいつもピッカピカ
メス猫ファミは三色の服
オス猫レドは白い(しっぽの先は黒い)服
気がつけば舐め舐め
気がつけば舐め舐め
生きている一張羅はいつも新しく
内側に流れる血と外側に流れる光の熱い交わりを
表情豊かに物語る

対して、ミヤコさんは
ファミちゃんレドちゃんに及ばずとも肉薄せんとして
咲き乱れる着物に対し
ああでもないこうでもない
こうでもないしああでもない
落ち着いた物腰の下には自分にとって最高の1着を選ぼうという決意が
ギラ、ギラ、ギラ、ギラ

「ではこの3枚の中から選ばせていただきます。」
ここまで来るのに1時間
ふぅーっ、長い道のりでしたがようやく解放されるようです
「Aさんはどれが良いと思いますか? 個人的な印象で結構です。」
指名を受けた中年の係員の女性
「そうですね。私はこの紅の着物がお似合いではないかと思います。
牡丹の花の刺繍が鮮やかで、きっとお式で映えますよ。」
「和人さんは?」
「え、そうだなあ。」
桜の柄の奴がかわいいんじゃないかとチラと思ったけど、ここは専門家に合わせて
「ぼくも牡丹の着物が良いと思います。めでたい感じがするし。」
するとすると
「なるほど。ご意見ありがとうございました。
私ですが、こちらの黒い着物が気に入りました。
翼を広げた鶴のきりっとした佇まいが好きです。
こちらに決めさせていただきます。」
2票も入ったのにてんで無視
さすがミヤコさん
係の女性は一瞬驚いたような表情を見せたがすぐ笑顔になって
「良いものをお選びいただきましたね。
それでは着つけのリハーサルのスケジュールを相談させて下さい。」
着つけにメイクに髪のリハーサルに
これから何度も通うことになるらしい
「よろしくお願い致します。」と頭を下げるミヤコさんの顔に
ようやく微笑みがにっこりと咲いた

ファミちゃん、レドちゃん
人間の女の人は大変だろ?
血肉と一体となる一着を求めて
それはそれは苦労するんだ
天から「この一枚」を与えられた君たちとは違う
でもその苦労こそが生きている楽しみそのものなのであって
全ては生身の上で起こる
君たちとおんなじだ
黒々した静寂の生地に
鶴がきりっと舞い降り、松の葉のそよぎが渋く受け止める
その全ては
生身の上で起こるんだね

 

 

 

声かけ

 

爽生ハム

 

声をかけそびれた 普通そんなことじゃ何も変わらないのに
時空曲げてまでも会おうとした
普通そんなことじゃ何も変わらないのに
声が憎憎しいうちに
大声で声かけしよう
人に迷惑かけても 普通そんなことじゃ何も変わらないのに
私にとってだけ
唯一の迷惑を逃したくない
声かけそびれた
小声でしおれちまった
喉が焼けただれた
声が肩に触れてしまった
時空曲げてまでも会おうとした
声かけそびれたまま
ツラいタイムスリップ