笑う羊

 

長田典子

 
 

熱波のなかを
漂うように歩く

日付変更線を越えたのは
ずっと前のことなのに
うまく足を地面に着地できなくて
手も足のようにつかわなければと思いながら
森のように大きな公園につきあたる

高層ビルに囲まれた
四角いセントラルパーク
そこは むかし 羊のいた牧草地だったという
羊のかわりにヒトがたくさんいて
海辺でもないのに水着になって
芝生の上に寝転がり 肌を焼いていた
影のないヒトたち
わたしは過去から迷い込んだ
一匹の羊なのかもしれない

南中する太陽の下で
チキュウ、チキュウ、と
青いガイドブックを指さして
にやにやしながら囁きあうヒトがいた
知ってるんだ
チキュウ、ってニホン語
可笑しくなって 
バアハハハ!
笑ってしまった 羊のくせに
わたしはチキュウではありませんよ
しかもこれは20年も前に買ったのを再利用しています
ワタシハ羊ナノデス
牧草地をぴょーんぴょーん跳ねる
羊ナノデス

真夏の昼下がり
客の出払ったホテルの
宙空に吊り下げられた中庭に迷い込む
ぴょーんぴょーん
ぴょーんぴょーん
ビルの壁で囲まれた
ゼリー状の無重力地帯
気狂いじみた暑さが
身体に粘り付いてくる

きついカクテルをたてつづけに注文して
喉を潤す
羊のくせに
溺れる
ベッドみたいに大きなソファの上で
羊のくせに
羊だから
ガラス張りの天井は
床だったのかもしれず
いつのまにか
チキュウ、を 手放す
羊のくせに
ウールを脱ぎ捨て
水着になろう

わたしを助け出さないでください
わたしを連れ出さないでください

この街は
たくさんの時間が同時にあって
捲られる書物のペエジのよう
風が吹くたびに
閉じたり開いたりしている
だから

ぴょーんぴょーん
ぴょーんぴょーん

わたしはペエジを竪琴にして
漂っていたい

ぴょーんぴょーん
ぴょーんぴょーん

笑う羊として

だから

 

 

空白※この作品は「ひょうたん」45号に発表した「宙空にて」を再度大きく改稿した。
空白※チキュウ…『地球の歩き方』シリーズ(ダイヤモンド・ビッグ社刊)のこと