辻 和人
ピョタッ
白い体が
空気を抉って
ピョコタッ
もう1回
抉って
やっと
進んでいる
レドだ
白くて丸々
白くて丸々
レドと言えばそんな猫だ
それがどうだ
丸々してたものの
白い影みたいじゃないか
「レドちゃん、大変なことになっちゃって。
外から帰ってきたら右の後足びっこ引いてて、
おしっこもしないのよ。
びっくりして獣医さんのところに連れてったら、
しっぽの付け根の骨が折れてて、
脊髄が傷ついてるんだって。
それでおしっこできなくなってるんだって。」
母からの電話で実家に急行
何でも
父が庭に出た隙を突いて外に飛び出してしまった猫たち
ファミは1時間くらいで戻ってきたけど
レドはずっと戻らず
翌朝ベランダに佇んでいたレドは
ピョタッ
ピョコタッ
左後足を引きずる姿になってたって
しっぽも垂れたままだって
事故に遭ったらしいんだけど
自動車なんて滅多に通らないところだし
誰かに乱暴された可能性もあるって
早朝獣医さんの近くのバス停で父と待ち合わせ
キャリーの中のレドは
目ばかり大きい
ヒュオーン
聞いたことのない高くひん曲がった声だ
名前を呼ばれ診察室に入る
台に乗せられたレドは観念したようにおとなしい
かつて丸々していたものの
白い影
ピョコタッ
固まった
優しそうな女医さんがカテーテルでの排尿の仕方を教えてくれる
1人が体を押さえてペニスから尿道を飛び出させ
もう1人がカテーテルを通す
猫のペニスは
小さい小さい
尿道は
細い細い
え、こんなトコに通せるの?
何度やってもカテーテルの先が尿道とすれ違う
ヒュオーン
見かねた女医さんが代わってくれた
あっという間に黄色い液体が管を流れる
注射器で3回と半分
昨日の昼からだから溜まってたんだって
最初は難しいけど慣れるとできるようになるって
それまで大変だけどここまで通ってきてって
優しそうな女医さん
レドの頭を撫でながら
おしっこを自力で出すのはもう無理だって
帰ってキャリーから出す
ピョタッ
周りの空気を
抉って、抉って
ピョコタッ
やっと
進んでく
柱に白い影みたいな体をスリスリ
キャリーから出られて良かったって
家に戻れて良かったって
そら、我慢したご褒美にお姫様だっこだぞ
お腹撫で撫ですると
首筋うぃーんと伸ばして目を細く
おおっ、いつものレドだ
喉元いっぱいマッサージ
首を軽く左右に振って振って
もっともっと
おおっ、いつもの甘えん坊のレドちゃんだぞ
床に下ろすと
きりっと目を上げて
お気に入りの冷蔵庫の上に飛び上がろうと
ガキッ
あらら
足台にしようとした棚から転げ落ちちゃった
痛そー、ややっ
ピョタッ
すばやく起き上って
ピョコタッ
後足引きずり引きずり
今度は押し入れの前へ
2番目にお気に入りの場所だ
ここもちょっと高い位置にある
戸を開けてやろう
動く方の後足を
踏ん張って踏ん張って
頭を微妙に上げ下げ上げ下げ
ピョタッ
飛び乗った
ピョコタッ
前足に力を入れて下半身を引き上げた
成功だ
ピョタッ
ピョコタッ
奥に進むと
ふにゅっとまあるくなって
爪を舐め舐め
すると
何?、何?って感じでファミがやってきて
ヒョコッ
押し入れに身軽に飛び乗り
レドの隣に座った
並んで一緒に舐め舐めだ
無抵抗の猫を棒で殴りつける奴
そんな奴が近くにいるのかもしれないんだって
自分より弱い奴が苦しむのを
楽しむ奴がいるかもしれないんだって
ゾッとする
けどけど、実は
レドは家では甘えん坊だけど外に出れば乱暴者の猫でさ
庭に迷い込んだよその猫を追い回して
ケガをさせたことがあるってさ
あんまり力を入れて相手を噛んだものだから
前歯が1本折れちゃったくらいでさ
今回も他の猫と大喧嘩して
そいつはやられてる方の猫に加勢しようとしてレドを叩いたかもしれないさ
そんなことより
そんなことより
目の前だよ
ピョタッ
ピョコタッ
ピョタッ
ピョコタッ
ひと眠りを終えて押し入れから這い出てきた
影じゃない
白い体が
空気を抉ってる
エサ用のお皿をチラ見して
空っぽなのを知って
フゥーン
短く鳴いた
自力でおしっこはできないが
食欲はあるんだって
抱っこされれば
首筋伸ばすんだって
冷蔵庫に上るのをしくじったら
押し入れに上るんだって
ピョタッ
ピョコタッ
拍子にちょっと間が空いているのがいい
空気を抉って
抉って
やっと
進んでる
よし、猫缶取ってきてやろう
腰を上げると
気配を察してついてきたレドが
目の前で生み出す律動
ピョタッ
ピョコタッ
目の前だ