口唇周辺の気息の輪郭(独吟連詩)

 

萩原健次郎

 
 

 

缶のような木のようなものから気息が漏れている

人間が叩く固いものから音が鳴りだす

つまらない煮凝りは青い魚の味噌煮だと匂いでわかる

私より敏感な猫の鼻あるいは髭に付いている汁は乾いている

生活臭という生活音は柔らかな部分もなく塊になって

四方の壁のまま調度されて迫ってきている

誰がキューブだったか毬だったか思い返してもわからない

燕は燕のままの形をして壁に衝突して垂直に墜ちる

緑の水をつくった日には入道雲が起っていた

子守唄を呑み込んだとき唄が喉に詰まった

詠嘆小僧をぐるぐる巻きにして

坂を転がすと石粒に躓いてそこにもガタガタという

硝子女

白飯に浪花節をふりかけて

犬鳴峠の上に来た

とげとげの縄を編んで紐にして首にかける

属性哺乳類鼠語随筆

ああ疲れたという語尾が焼ける

昭和だ昭和だ流行歌の裾がほつれる

不明者発見の報

さみしい語尾

私は峠の門を破って次の世間に揉まれる

登場人物が着ていた衣装はもう丸焼けで

裸だ

音羽川がまた低い地点へ流れて行く

もう爛れた

アルコール臭の腸の壁には新聞記事

冬になるとあれだけ騒いでいたカラスたちも家で寝ている

瞳は黄味

路地裏の金魚

電車よ走れ

木と縄と鼠と腸壁と烏と

硝子女と

笛吹童子

もう夕焼けの時刻には間に合わない

ドナルドダックを抱く

 

 

 

ナイト・クルージン

 

正山千夏

 
 

夜を走り抜ける
語り尽くされた言葉たち散らばる
アスファルト黒く鈍く光ったと思ったら
東の空冷たい風切る自転車が
朝焼けの中に吸い込まれてく

ナイト・クルージン
ジングルベルはもう終わり
光を求めて彷徨う自転車
街の明かりばかり追いかけて
気が付けば浮かび上がる地平線
つらなるビルに塞がれて

ナイト・クルージン
狂ってく自転車の軸が狂ってく
くるくるまわるハーフムーンは
夜明けと夜の境い目を照らし
わたしは熱い心臓はハートビートを刻みながら
朝焼けの中に吸い込まれてく