ベル

 

塔島ひろみ

 
 

弁当を食べる席を探していた
一つ、空いているところを見つけ、座ろうとしたとき
周囲の視線に気がついた
小さな女の子と、お母さん
大きなマスクをつけたジャンパーの男性
私を見てくる
角の席で新聞を見ながらコッペパンを食べるおばさんも、横目で、新聞ではなく私を確かに見ている
たくさんの視線が私の全身に突き刺さる

それはフェアでないと彼は言った
あなたたちも見せてほしいと、彼は言った
医者も見せてほしい
自分の病気を見せてほしい、差し出してほしいと
彼は言った

やっと呼ばれた診察室で
私は長靴下をおろし、カーディガンを脱いで、腕をまくる
この日を待っていた
お腹も、背中も、太股も、頭皮も、全身、こんなんなっちゃいました、てことを
見てもらいたくて、新しい下着で、脱ぎやすい服で、来たのだった
医者は私の足と腕をチラと見たら、はいいーですよと言って、すぐ向う向いちゃって、電子カルテに記入している
「薬を変えましょう」
それは私の望んでいた結論だったから
これ以上、何を見せる必要も、言うこともなかった

医者の背中が、カチャカチャと定例の「ひどい時用」処方箋を書いている
背中は、衝立のように冷たく聳え、私との交流を拒んでいた
医者の後ろで、醜い足が晒しっぱなしになっている
足の放出する排気ガスめいた気体が、私の鼻腔にだけ不快に届く 靴下をあげる
私の病気は再び私の内部に納まって、スカートに染みがにじんでいるだけである

この医者は、見せるだろうか
会計に向かう階段を降りながら、私は思った
医者たちが関心を寄せる○○疱瘡が再発したら、
私の皮膚を、ピンセットで大事そうに突き、驚嘆する彼女に、先生も見せて下さいよと上目づかいに脅迫したら、見せるだろうか
見せるもののない自分を恥じて、ゾクリと、私から手を離すだろうか
それとも自分の潰瘍を、自分の虫歯を、自分の犯罪を、あるいは自分のささやかな日常を、私に差しだして、見せるだろうか
そして歪んだ指で私の下着を持ち上げて、更にじっくり私を見るだろうか
私は彼女の腕をつかみ、見るだろうか
差しだされた傷口に、秘匿に、鼻を押し当て、その饐えた臭いを嗅ぐだろうか

そのとき私と彼女は対等で、仲間だろうか

私は 彼女を見たいだろうか

男の後ろポケットで、呼び出しのポケットベルが鳴り続けて、うるさかった
男は我々の視線を気にしつつも、ベル音をまるで気に留めず、袋から弁当を取り出して机に置いた
子連れの若い母親が、男に呼びかけた
「呼び出しベルが鳴ってますよ。呼ばれてますよ」
え?!
彼を見ていた私たちは安心し、少し笑った感じの顔をして
彼を見ることをやめ、やりかけていた自分自身の行為に帰った
そのとき彼が言ったのだ
見せて下さい

フェアではないから、見せて下さい
あなたも見せて、自分の病気を差しだして下さいよ、
私は耳が悪いんです、聞こえないんです
見せてくれなきゃ、わかんないんですよ!

男は自分に聞こえないベルを止めないまま
一度出した弁当をカバンにしまい始めた
もう彼を見る人は誰もいない
男は席を立って遠ざかり、見えなくなったが、
呼び出しベルの音はいつまでもランチルームに聞こえてくるのだ

 

(12月25日 東大附属病院にて)