私にだけ支えがない *

 

おとといの夜に
帰ってきた

女は
シンガポールから

帰ってきた

飛行機は台風の渦の外側に沿って
飛んできたのだろう

日曜の夜
酒を飲まず

男は車で駅まで迎えにいった

土曜日と
日曜日と

ソファーでモコと横になっていた

一度だけ
水曜文庫に行って

矢川澄子を買った

美しい女だ
美しい女がいた

奇跡のようだ

どこかに美しい男もいるのだろう

美しいは
ヒトの

感情だろう
鮮やかで快く感じられ

綺麗と
場合によっては

口に
するだろう

どうなんだろうか

十年くらいは通用するだろうか
一万年くらいは通用する感情だろうか

矢川澄子は美しい

死んでいった
死んでしまった

蜂のような うなり声がする *
蜂のような うなり声がする *

それは 男のうなり声だ
グールドのようにうなっている

私にだけ支えがない *
私にだけ支えがない *

男のうなり声は宇宙を吹き過ぎる風だ
男のうなり声は宇宙の暗黒のふるえる声だ

 
 

* 工藤冬里の詩「裏返った初夏の凄惨」からの引用