「夢は第2の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」 第77回

 

佐々木 眞

 
 

 

私の詩集の校正をしているのだが、目次に聞いたことも見たこともないタイトルが続々と登場するので、いったいこれはどんな詩に対応しているのかさっぱり分からず、右往左往しているわたし。8/2

スズキ氏の新刊が出たので、その編集者に会いたいと思って、版元まで直行したのだが、彼女は超多忙で、とても面会できそうにない。ふと足元を見た私は、両足がいつの間にか毛むくじゃらの密毛で覆われ、右足の踵の上の白骨が剥き出しになっているので驚いた。8/3

真夜中に社員寮に住む社員をホールドアップさせた怪盗がいたが、頭髪が逆さだったその後ろ姿は、さながらこの男の遺影のようだった。8/4

2校が上がったので、校正しようと机に向かったのだが、文字の大きさも書体も、字間の開け方も、どうにもこうにもしっくりこないので、私はその違和感に激しく落ち込んで、思わず泣いてしまった。8/5

わが軍の猛烈な爆撃によって、敵の攻撃がようやく一段落したが、敵は今度は海上を漂っているわが軍のエリート専用の別荘を狙い撃ちしはじめたので、われら2等水兵は再び戦場に担ぎ出された。8/6

こんなトロイ内容の詩が、いきなり冒頭に据えてあったら、誰だって、読む気がしなくなるに違いないと、私は、校正刷りを前にして、頭を抱えた。8/7

ショウを終え、疲れきったヨージヤマモトが、黒づくめの衣装で出てきたので、私が挨拶しようと待っていたのだが、いつの間にか彼の姿は、魔法使いの老婆のように、消え去ってしまった。8/8

私らに襲いかかるゾンビには、獰猛なライオンがアシストしているので、私らは、まず獰猛なライオンを斃してから、ゾンビをやっつける計画を立てた。8/9

太平洋で、工作船ファシスト号が沈没した時に、はなった号砲ひとつ。8/10

◎◎事件については、警察は、頭から首を突っ込む私の姿勢を、高く評価してくれた。8/11

隣国の王子が呉れたものは、夏のお菓子ではなく新曲の楽譜だったのだが、簡単なメロディだけだったので、私たちは、演奏するのにえらく苦労した。8/12

消防署への通報は、○×△という奇妙なキーワードしか送られてこなかったので、消火活動が遅れに遅れて、とうとう館は全焼してしまった。8/12

第2次ロケット打ち上げ計画の対象は、火星だったので、地球に嫌気がさしていた私は、イの一番に手を挙げて、意気揚々と乗り込んだ。8/13

息子が乗った飛行機は、台風10号の渦巻の遥か上空を、悠々と飛翔して、姿を消した。8/14

おなじ業種でライバル同士の両社は、今期も激しい売上競争を繰り広げたが、結局年度末には、ほぼ同じ成績で終わった。8/15

今夜は、長野県史上最大最高の花火大会で、なんとこれから3日3晩にわたって短距離ミサイルを打ちあげるというので、世界中のメディアが詰めかけているようだ。8/16

追われ追われて、2人のお尋ね者は、岩山のタコツボ状の穴に飛び込んだが、生憎ちょうど頭だけが飛び出していたので、追跡者の草刈り機で、スパリと刈り取られてしまった。8/17

その指導者は、「53分後に終着駅に来い。俺はそこで待っている」と言い残して、列車に飛び乗った。8/19

3千人の日本女性軍は、8千人の米国女性軍と熾烈な戦闘を繰り広げた挙句に、かろうじて勝利を収めたそうだ。8/20

射撃場の向こう側には、標的としてビール瓶と書物が入り混じってぶら下げてあった。どっちを狙う?と聞かれたので「ビールを」というて撃ち始めたが、そのうち書物にも弾が当たりだしたので、私はライフル銃を見境なしにぶっぱなし続けた。8/21

おっらちは中年のケイカンだが、ケイカン食堂で定食券を持ったまま隣に並んでいる若いフケイが気になって気になって、どうしてもキスしたくなって、ついキスしたところが、案の定大騒ぎになって、これがほんとのケイサツザタだと思った次第。822

国王となった弟は、長年の宿敵であった兄を、絶海の弧島へ永久追放したが、じつは兄も、それを、他ならぬ弟のために望んでいたことを、弟は死ぬまで知らなかった。8/23

社食が終わったために、ランチをとれなかった社員のために、名ばかり社長である私は、ここぞとばかり、隣の会社の社食から、大量のカレーライスを持ちこんで食べさせたので、中村七之助似の社員は、泣いて喜んだ。8/24

アーノルドパーマーという傘のマークのポロシャツが、爆発的に売れたので、その年のボーナスをもらったアートディレクターのムラクモ氏は、給料袋から取り出した紙幣を机の上に立てて、「ほらほら見て御覧、ボーナスが立ってるよ」と、私ら新人社員に自慢した。8/25

米大リーグ選抜チームを9回まで3-1でリードしていたのだが、案の定我われ日本選抜チームは、ガダルカナルの決戦の時のように平常心を失って、一挙5点を奪われて沈没してしまった。8/26

大金持ちの若旦那で、若い燕であるおらっちは、惚れた情人が見境なしに着物を買い漁るので、だんだん懐具合が心配になって来た。8/28

参戦か非戦かの最終判定を委ねられた超有名な反戦派の町内会長が、日ごろの政見と打って変わって、参戦の断を下したので、おらっちはとても驚いた。8/30

 

 

 

華 (はなび) 美

 

今井義行

 
 

ふっと 華美ら(はなびら)なんて 思い描いてしまう 日本人のわたし はなびらではなく 華美ら(はなびら) です
どの華の季節にも いつも、華美ら(はなびら)の 訪れる予感はしていて、

ああ、SNS は 華盛りですよ ────

Facebook には 日本を縦断するように華盛りのことばや写真が寄せられています
わたしも 投稿しているひとりです

華 (はなび) 美 華美ら(はなびら)の指先とふれあう その楽しみ

Facebook のお友達は 長く日本人ばかりだったので
ユーザーは 日本人ばかりのように 錯誤をしていた
やがて 海外からのお友達申請が届くようになった

男性よりも 女性のひとたちが多かった そうして

女性たちは 地球ネットワークの中から おおむね
「Are you married?」と問いかけてきた 直截的だ

ある華の季節に アフガニスタンのアメリカ女性軍曹 Tracy から
メッセージが届いた 志願兵部隊では 輪姦されっぱなしだという
「I have been raped since I was a child. I want to withdraw from this unit. To do that,
I need money to dispose of confidential information.
(わたしは幼い頃から レイプされっぱなしです。私は、この部隊を離脱したい。
その為には、機密情報を処分するためのお金が必要です)」

わたしは「NO」と言った すると、彼女は 途端に自らのアカウントを消した
それが SNS の ひとつの側面なのだった───

共通する FB フレンドの パキスタン人の男性に尋ねてみた
Tracy について 何かご存知か、と
すると彼から「関心ハ無イデス」という返信が来た

ネット上では よくある話だ

やがて、インドネシア、カンボジアと 東南アジアの華 (はなび) 美が訪れてきて
・・・・・・・・・ 中東のカタール国で秘書をしている
フィリピン人女性 Argerie から お友達申請が届いた

1977 年生まれ じきに 40 歳 シングルマザー
タイムラインを観ると 日本人男性の FB フレンドの写真がタイルの ように びっしり貼られていた

(一体 どのような ことを 想っているの か)
そんな 素朴な疑問に 衝き動かされた

Argerie もまた 「Are you married?」とたずねかけてきた
私は 「NO」と答えた

≪詐欺≫ ということばが 頭に 浮かんだ

Argerie アルジェリー・ドミンゴ・ハビエル
≪ハジメマシテ ワタシト ナカヨク シテクダサイ
ワタシハ ニホンニ トテモ キョウミガ アリマス≫

アルジェリーは そのように 私に自己紹介した

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫
≪ワタシハ ワルイ フィリピーナ デハ アリマセン≫

それから 彼女は たくさんの写真を 送信してきた
出稼ぎ労働者として毅然と働く姿 華 (はなび) 美 フィリピーナ同士ランチを 愉しむ姿 華 (はなび) 美
故郷のフィリピンの家で娘たちと戯れる姿 華 (はなび) 美

彼女を疑おうと思えば いくらでも疑えたのだが

私は そういう心情にならなかった 華 (はなび) 美 が 綺麗に見えたから ヲんな は 生きていて
「お」より「ヲ」のほうが 弓のような しなりを 感じるのだった

わたしは精神障害者認定されて5年余り
もう、人を差別することからもされることからも解放されたかった
入国管理局も厚生労働省の視線も わたしからすれば酷似していた
わたしは知り合ったばかりの アルジェリーを 疑いながらも メッセージの送受信を続け ていった Google 翻訳を 使いながら。
「I am Poor Japanese」華 (はなび) 美「No Problem」華 (はなび) 美
「I have No Job Because It is a Disabled Person (障害者)」華 (はなび) 美
「No Problem」華 (はなび) 美

富裕層でも貧困層でも 日本国籍を取得するのが お目当ならば
あの手この手で カモにするのは とても簡単なことだろう
しかし、どんなにわたしが警戒心をあらわに言葉を送り返しても
「No Problem」という返信が 直球で返って来るのだった

(わたしは、こころの何処かに 希望=華 (はなび) 美を持っていたような気がする)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「Love is no Money」──── それは、ある 夕刻のこと
彼女から 送信されてきた 一文です

それから ビデオ通話が始まった 〈I’m at Break Time〉
原色のシャツ 笑顔の表情筋は 彼女が時間を掛けて育ててきた褐色のばらだった
華 (はなび) 美
彼女はイヤフォンをつけ 広過ぎる砂漠に囲まれた通りを歩いていた
華 (はなび) 美
〈Are you Happy?〉〈・・・・・・・・〉〈I am Lonely〉
わたしの mobile 画面の右下には東京下町のアパートの部屋で蹲っているわたしの姿が 映し出されていた 〈・・・・・・・・ワタシタチ ハ 何処カデ 遭ッタコト ハ
アリマセンカ・・・・・・・・?〉 Google 翻訳を使いながら わたしは 日本語と英語の
混ざった 奇妙な言語で 伝えていた 〈・・・・・・・・, Maybe〉

それから 一カ月の間 一日も 途絶えることなく
言語の違いも 膚の色の違いも 時差も気に懸けず
わたしたちは、お互いの写真や暮らしの光景を送信しあっていった・・・・・・・・・・・・・・

How are you ? ・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・ How are you ? ・・・・・・・・・・・・・
ドーハ(Qatar) と 東京(Japan) の 時差は 6時間 あるので
日本時間 夜明け前に 「Oyasuminasai」 の 言葉が とどく
・・・・・・・・・・・・・ Nakayoshi zutto ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・ Nakayoshi zutto ・・・・・・・・・・・・

わたしたちは 14 歳差の双極性のふたごのように送受信を交わした

華 (はなび) 美

日毎スパークして 黒い手元に舞う光りの砂がとても目映ゆかった

華 (はなび) 美

愛が 愛なら わたしは あなたと いつまでも 一緒に 居たい
あなたが ずっと 居て くれたならば
小さな孤独なんて 吹っ飛んで しまうさ ────

けれど、このことを 旧友も主治医も フィリピン人の妻を持つ FB フレンドも 節度ある 心持ちから わたしを 懸念した ────

アルジェリーは わたしを包みながら 過去を次第に語りだしてくれた
「My X husbaund (元夫) was too much Lazy……………」「………..」
(Google 翻訳、辞書など介在させ、) 奇妙なニュアンスの
文字面で彼女はつづけた ────
「彼 姦リタクナルト
現レテ 私ヘ種, 植エツケマシタ ,,Splash,,// Semen,,// カソリック
教徒ダッタカラ ,,Splash,,// Semen,,// 私達 避妊;堕胎 選択肢持タナカッタデ ス ,,Angry,,//With,,//」

私は 返信した

「I have always been a Single Man え、なぜかって? 数回の恋人は
すべて Already Married 孤独でもあったがそれは自然現象の様相でもあった」

旧友は〈その関係性が進展していったとして、今井さんにその結果 何事も受け止められる力はありそうですか〉とわたしに告げた
主治医は〈精神疾患を持つ患者にとってそれもまた依存の形ではないか〉 とわたしに告げた
フィリピン人の妻を持つ FB フレンドは〈そのお相手が、そうして日本人 に目を向ける理由は、日本国籍を取得して外貨を目的としている・・・・・・ ということはやはり否めないのではないでしょうか〉とわたしに告げた

「三度目ノ出産後 姦ルコトノホカ Lazy ノ X husbaund ヲ Papa ト兄 Lee ・・・・・・血祭リニシタ ,,Splash,,// Blood,,// 血祭リ、血祭リ、」
「ソノ後、Doha へ働キニ出タ
ソシテ 私ハ English Man ト恋愛ヲシタ デモ彼ハ Already Married ダッタ 私ハ激シク嫉妬シタ彼ハ言ッタ〈Let’s Leave Three daughters and get Married in London with Me〉私ハ English Man トノ関係ヲ辞メマシタ 彼ハ裕福ダッタガ〈Love is no Money〉and〈Important is the ability to make Decisions 決定力〉,,Splash,,// Decisions ,,// ,,Splash,,// Decisions,,//」

・・・・・・・・・・・・・・ How are you ? ・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・ How are you ? ・・・・・・・・・・・・・

夜明け前に mobile の窓を開きあってビデオ通話が始まる 働き終えて
華 (はなび) 美
化粧を落とした アルジェリー の褐色の顔は半ば敷布に沈み瞬きをしている
華 (はなび) 美

・・・・・・・・・・・・・ 〈Oyasumi,nasai〉 ・・・・・・・・・・・・ 華 (はなび) 美
・・・・・・・・・・・・・ 〈Oyasumi,nasai〉 ・・・・・・・・・・・・ 華 (はなび) 美

華 (はなび) 美 が ひかっていたんだ

 

 

 

風が時間を洗っている *

 

ひとりの女と
犬と

暮らしている

犬の名はモコという

風が
時間を洗っている *

時間は
見えない

そこにいるのに

見えない
子どもを連れている

歩いて
きた

遠い道を歩いてきた

風が吹いている
風が時間を洗っている *

モコの金色の毛が光っている

ことばは

時間は
尾をひいて

消えた

光っている
風が吹いている

 

* 工藤冬里の詩「あらゆる希望を超えて待ち望む」からの引用

 

 

 

黄ぼう

 

小関千恵

 
 

 

深夜バスの暗闇で

流れるまま書きつけていた

最後だけ ゆうれいのことば

かなしいゆうれいが 急にでてきて 元気になったら、とか 明日を見る、なんて

言って

そのまま
朝になるまでノートを握っていた

朝 光に映しても

読める文字だったので感心した

 

 

いつも光にかまけているね

そうして光の中で眠っているね

背中のいとの絡まりも見えないまま

光 さえ あれ ば かまけている わたしたちの

眠ってしまう からだの踊りよ

 

 

 

エノコログサの穂

 

駿河昌樹

 
 

上野駅の常磐線ホームの
後端というのか
他より空いているはずなので
最後尾の車両に乗ろうと
端っこのほうで待っていた

近い線路と
むこうの線路とのあいだに
ちょっとした園のように秋草が茂って
ことに
エノコログサが
まだ若い
きれいな穂をつけて
何本も
何本も
風に揺れている

昼間なので
陽はちょっと暑いくらいに射して
いい
眺めだ

エノコログサの穂というのは
なんというか
ちょうどいいかたちで
幸せだった子ども時代を
象徴してくれているように見える

ほんとうに幸せだったにしろ
そうではなかったにしろ
それほどでもなかったにしろ
エノコログサを見ていると
やはり
幸せというものはあったかのような
気にさせてくれる

何本も
何本も
風に揺れている

列車が
なかなか来ないのも
いい

何本も
何本も
風に揺れている

 

 

 

あらゆる希望を超えて待ち望む *

 

工藤冬里

 
 

タイムウィンドというよりウィンドタイムだ
風が時間を洗っている

風は時間よりも爽やかだ
内臓の岩に吹く
プレハブのモルタルの現在
フルートの管の中を
痛みを運ぶ
空白空0電気にのせて
翼は鏡に刺さり
ヨブはあたらしい陶片を手に取る


ぼくはもう何も期待していなかったし、期待できることは何もないと重々承知していた、現状に関するぼくの分析は完全で確実に思えた。人間の精神には知られていない領域があり、それはあまり開拓されていないからだ、幸いにもその領域を探索する羽目になる人は少なく、その作業を行った人は十分な理性を持たないがゆえに、これなら分かるという描写には至れないのだ。そのゾーンには、実際に思い出せる限りただ一つの表現、「あらゆる希望を超えて待ち望む」という、逆説的で不条理な表現を使うことでしか近づくことができない。それは夜と同義ではない、さらに悪い。そして、個人的に経験はないものの、実際、真の夜、半年続く極夜の中でも、太陽のイメージや思い出は残るのではという気がした。ぼくは終わりのない夜に入りこんでいたが、それでいながら、自分の憶測に何かが残っていた、希望と言っては言い過ぎの、不確実性とでもいうべき何かが。同様に、個人的に勝負に負けて、最後のカードまで出してしまっても、ある人たちにはーあくまでも全員にではないがー天で何かがもう一度状況を作り直し、新しいカードを恣意的に配分してくれて、もう一度サイコロを振り直してくれるという気持ちが残っている。神などというものの介入や存在さえ人生で一度も感じはせず、自分に好意的な神の采配に特に特に値しないと感じていても、そして自分が人生を構築する上で限りなく過ちを重ねてきたとみなし、誰よりもそのような采配を受けるに足らないと気がついていても。
ウェルベック「セロトニン」関口涼子訳

三番町のSAORI皮膚科で
処方されたジェネリックのステロイドのお陰で
眠気という采配を受ける

風は
臍にまで達する
血に至るまで抵抗したことのない胎児には
もどれませんよといわんばかりに

 

 

 

草の絮 タマシイ光りて 夜を跳ぶ

 

一条美由紀

 
 


揺れて 奥へ
ニゲテニゲテ

私はワタシを閉じ込める
扉は錆びつき、窓は小さかったけれど、、

 


私が卵だった頃

 


10月19日
ベルを押す指先は黒く腐っている。
でもなぜ?
彼は今幸せな開放感に満ちていた。

 

 

 

くり返されるオレンジという出来事 5

 

芦田みゆき

 
 

犬は球体を吐き出す。

夕暮れだった。
いや、空は重たい発色だが、それは昼下がりなのかも知れない。
ともかく、犬は球体を吐き出し、よだれを垂らし、こちらをじっと見ている。
吐き出された球体が少し動いた。動いた、ように、見えた。
次の瞬間、
犬は鎖を引きちぎり暴走する。
スクリーンから犬ははみ出し、
もう見ることができない。
雨が降りはじめる。
球体は身もだえるかのようにもぞもぞと揺れて、転がり始める。初めはゆっくり。次第に、次第に速く、速く、速く、犬を追うかのように速く。