狩野雅之
私は私が大嫌い。
暗闇で、鏡に映った自分を見る。
私って、こんな顔だっけ。
他人から見た自分を想像する。
たまらなくなって、鏡を拳で叩き壊す。
手に破片が刺さって、真っ赤に流血する。
私は私が大嫌い。
年をとるごとに、顔の肉はたるみ、体には余分な脂肪がついていく。
その上、狡くて思いやりのない人間になってしまった。
私って、こんなに嫌な人間だっけ。
先日、大好きなあの人とZoomで久しぶりに話をした。
Zoomの画面には、
格好をつけて足を組んだり、
後ろの壁にもたれたりする私の姿が映っていて、
品性の欠片もない、見るに耐えない代物だった。
どう映ればいいのかわからなかった。
私が話していることは薄っぺらで、
時折訪れる沈黙も耐え難い。
お互い顔が見えているのに、相手がとても遠くにいるみたいだった。
どうしても距離が埋まらない。
私は、以前の私ではなくなっていた。
あの人も、以前のあの人ではなくなっていた。
私は私が、大嫌い。
Zoomで話すことで、本当の友達がいない自分の孤独を知った。
本当の友達がいないのは、自分のせいだってことも。
二十歳くらいの頃、私が私を殺しに来たことがあった。
夜、「青空の部屋」で眠っていたら、急に身動きが取れなくなり
顔のすぐ近くに生臭い息遣いを感じた。
真っ赤な口紅を塗った女の口が、あった。私だった。
部屋の壁面にはポッカリと黒くて丸い空間が出来ていて、
青いネクタイをした黒いスーツ姿の3人の男たちがヒソヒソ話をしていた。
3人の青い男に分裂した、私だった。
赤い口紅の女が、私を殺しに来たのは明らかだったけれど、
少しも怖くなかった。
赤い女の息遣いに自分の下半身が熱く膨張して弾けて、
最高に気持ちが良くて気持ちが悪くて吐き気がした。
けれど、長い間自分がこうなることを望んでいたことも、知っていた。
収まらない苛立ちが、私を不安にさせる。
クリニックへ行く途中の電車の中で、今、
あなたときつく抱きしめ合うことが出来たなら、
どんなに心が楽になるだろう。
でもいつか私は、あなたの大切な人を階段の上から突き落とすかもしれないよ。
そうしたら私の人生は、ぐちゃぐちゃになる。
私の周りの人の人生も、ぐちゃぐちゃになる。
診察室のドアを出て、
これから一週間どう生きればいいのかわからないから、
先生のイスの後ろにある小さな窓から逃げようとしたけれど、
一発の銃弾が私の頭を貫いて、頭蓋骨がバラバラに壊れてしまった。
猫の遺骨を口に含んだ時みたいに、
私の命も、パリンパリンと簡単に砕けて、味がしないみたいだ。
床に静かに広がっている鮮やかな赤い血をぼんやり見ながら、
私は娘の言葉を思い出していた。
「おばあちゃんに、『ねむのおでこの生え際はママそっくりね』って言われたから、私、自分の生え際が好きなんだよ」
銃の引き金を引いたのは、もう一人の私。
鏡の中にあった私の顔は、
こっぱみじんになって無くなった。
でも、これでよかったんだ。
鏡の中の顔が泣いていたことを、
最早、知る術もない。
ただ、薄れゆく意識の中で、
もう何もかもどうにもならないっていうこと
それが無性に悲しかった。