塔島ひろみ

 
 

川は海の方角へ流れていたが
決して海には流れ込まず
また元の場所に戻ってくる
ゴーゴーと轟音をとどろかせ
泣く子を黙らせ、犬猫カラスさえもおびえさせ
一度流れにはまったら、永遠に逃れられず岸に上がることができないのだ

それが町を南北に分っていた

南側にはたくさんの町工場とアパート、家があった
北側にはそれらに加え、ボーリング場とカラオケ屋、他にいくつかの施設があった

南側に14階建のマンションが建つことになった
柵で囲われた巨大な空地にエノコログサが茂っている
大きめの板金工場が廃業し、隣接するアパートなどとともにK不動産が買い取った土地だ
その向いにH製作所があり、男はそこの主である
腰をかがめてトタン張りの工場前を掃除していた
川の音がここまで聞こえる
男はもうずいぶん前から念入りに道を掃いている
雨が降り出す
雨が少しずつ強くなる
男は掃除を続けていた
ちりとりでごみを取っている

北側に行くには一本の橋を渡ればよかった
橋に上がって空を見る
空は恐ろしい色をして 襲いかかってくるようだ
大粒の雨に橋下の流れは水かさを増し 大きく黒く膨らみながらも
更に速度を上げ、先へ先へと急ぐのである
橋を渡ると小さな居酒屋が2、3軒ある細道に出る
その更に先には少年センターと公民館などがある

男はこの川をいつも歩いて渡った
自由に南北を行き来していた
そしてあるとき車にあたり、右腕を失った

男は左手で丁寧に道を掃き終わると、H製作所の中に消えた
H製作所では 車の部品に使われるネジを作っている
キーンという金属音が川の音に重なって、聞こえてくる

国道14号 死亡事故現場
歩道橋を下りると、男の右腕が落ちている
何か大事なものを握り締め
そのまま硬直して 誰も開くことができない

 

(9月某日、江戸川区松江で)

 

 

 

It’s time to leave off work.
仕事をやめる時間だ。 *

 

さとう三千魚

 
 

evening

returned home

at that time
there was no moco

always
moco welcomes me at the front door

there was no moco

for homecoming from tomorrow
I left moco at the hospital hotel at noon

rice
pee
poop
hug
let’s play

lonely
funny

barking
talk to me

there was no moco

the dusk was in the house

It’s time to leave off work *

 
 

夕方

帰った

帰ったら
モコがいなかった

いつも
玄関で迎えてくれる

モコが
いなかった

明日からの帰省に
モコは犬猫病院のホテルに午後

預けてきたの
だった

ごはんか
おしっこか
うんちか
抱っこか
遊ぼうか

寂しいか
おかしいか

吠えて
話しかけてくる

モコが
いなかった

シンとした
夕闇が家の中にいた

仕事をやめる時間だ *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

更地

 

工藤冬里

 
 

病院から直接介護施設に送られ、家は処分されるので
大抵自分の家がもう存在せず、更地になっていることを知らない
センチメンタル・ヴァリューを伴う所有物が何の意味も持たない、というのはそういうことである
認知が入るともはや人間とは見做されず、感傷は更地にされるのである
アロマそのものは開かれているが調合の比率に独占が、つまり見えるものではなくバランスそのものに所有権が宣言されている
陰陽ではなく空想と現実のバランスに関するブレンドが介護施設で調合され、帰る帰ると言い続けるちぐはぐが祈りのように焚かれているのだ

 

 

 

#poetry #rock musician

You should read between the lines when you read the book.
その本を読むときは、行間を読むべきだ。 *

 

さとう三千魚

 
 

this morning

woke up late

I didn’t go for a walk

I offered water, tea and rice to the altar
offering incense sticks

I did the laundry
dried laundry

every day

I’m writing poetry

with Tori Kudo
every day

writing

there is nothing to write
I write that there is nothing

so

with the sea
with Moco
with a woman
with fragrant olive
with hydrangea
with Lapsanastrum
with a stray cat
with an angler

and
writing about no poetry

the lack of poetry means that the whole world is poetry.

I’m writing a poem that I don’t have

You should read between the lines when you read the book *

 
 

今朝

遅く目覚めた

散歩に
行かなかった

仏壇に水とお茶とご飯を供えた
線香を立てた

洗濯をした
洗濯物を干した

毎日

詩を書いている

工藤冬里と
毎日

書いている

書くべきものはない
なにもない

ということを書いている
それで

海と
モコと
女と
金木犀と
紫陽花と
ヤブタビラコと
ノラと
釣り人と

ない詩のことを

書いている
詩がないということはこの世の全部が詩なんだということなんだけど

ない詩を書いている

その本を読むときは、行間を読むべきだ *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

知床

 

工藤冬里

 
 

中洲を避けて下りてくる光に暫し包まれ
てはいたが
それは胃の外側を流れていった

乳搾り上手いですか
どうかな
朝は三時半起きで
零下二十度でした

国後が見えます、と約束のように付け足した

 

 

 

#poetry #rock musician