家族の肖像~親子の対話 その62

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、神社、テンプルでしょ?
そ、そうだよ。よく知ってたね。

ミエコさーん、ハスはジュンサイによく似てるよねえ?
似てますねえ。

シンキンコウソクって、なに?
心臓から酸素が無くなってしまうのよ。

ボク、ハス好きですお。
好きだよね、コウ君は。

お母さん、平和って、なに?
みんながしあわせに暮せることよ。

お母さん、むかし「ふきのとう舎」だけだったよね?
そうね。あとから「向生舎」なんかが出来たのよね。

お母さん、どこ行ったの?
さてどこへ行ったでしょう?当ててごらん。
セイユー?
ブ、ブー。
なにがつくもの?
キだよ。
キシモト歯科!
あったりーー!

「ボク、サトイモ好きですお」
そうなんだ。
サ、ト、イ、モ、サ、ト、イ、モ

海水は海みたいですね。
そうですね。

オサナナジミって、なに?
小さい頃からのおともだちよ。

車体構造って、なに?
車の中の様子よ。

お父さん、「ドクターヘリ」、録画してね。
分かりましたあ!

お父さん、「ドクターヘリ」見ますお。
分かりましたあ!

ぼく、アオさん好きですよ。
そう、良かったね。

お母さんね、ここで躓いて倒れてね、血がいっぱい出ちゃったの。
そうお。良くなってくださいね。
お母さん、すぐにお父さんと病院行ってね、ここんとこ、縫ってもらったの。
早く良くなってくださいね。

お母さん、良くなってください。
分かりました。
早く良くなってください。
だんだん良くなります。

お母さん、良くなってね。良くなれ、良くなれ。
分かったよ、
明日お医者さんにみてもらう?
見てもらうよ。

ぼく、ひとりでトウキュウいきましたお。
え、東急。いつ行ったの?
今日、行きましたお。
そう、偉かったね。

お母さん、こんど、ユカリさんに会いたいですお。
そう、会おうね。

 ―コバヤシ散髪店にて
おじさん、エモトアキラ好き?
好きだよ。
おばさん、エモトアキラ好き?
好きだよ。
おねえさん、エモトアキラ好き?
好きですよ。
コウ君、エオトアキラ好き?
好きですお。

ミワさん、いなくなったね。
亡くなっちゃったね。

「千の風に乗って」、亡くなったときでしょう?
そうだね。

お父さん、お母さんは?
当てててごらん。
おばあちゃんチ。
ピンポーン。

お母さん、きょう、サケご飯とピーマンの肉詰にしてね。
分かりましたあ。

今日はコウ君、ごはん何にしますか?
コーンスープですお。コーンスープにしてね。
分かりました。

お父さん、お母さんには、朝6時に電話しますお。
お、うれしいね。よく覚えていたね。5時台は早すぎるからね。
分かりましたあ!

お父さん、あさってビデオ撮ってね。
分かりましたあ。

みんな、いなくなっちゃったねえ。
そうねえ、いなくなっちゃったねえ。
お母さん、そんなこといわないでください。
はい、分かりました。

お父さん、あしたビデオ撮ってね。
分かりましたあ。

お父さん、今日ビデオ撮ってね。
分かりましたあ。

お父さん、きのうビデオ撮ってくれた?
撮ったよ。コウ君がおうちに帰ったら、一緒に見ようね。
分かりましたあ。

ぼく、映画村好きですお。
そうなんだ。

いつ買いに行きますか?
来週のどこかで。
分かりました。

あした、図書館と西友へ行きます。
分かりました。

ままならない、って、なに?
いろいろうまくいかないことよ。
ままならない、ままならない、ままならない

ぼく、今日休みますお。
なんで?
台風だから。

コウくん、今日は何の日?
きょうろうの日ですお。
敬老の日でしょう。敬老の日はどういう日?
ええと、ボク、お父さんとお母さんを助けますお。
助けてくれるの?
そう。

イメージって、なに?
こんな感じ、っていうことよ。

お母さん、今日の夜ごはんは?
お彼岸だから、お赤飯とマーボナスよ。いいですか?
いいですおー、いいですおー、イイデスオー。

さまようって、なに?
ふらふらしてることよ。

てごわい、ってなに?
つよいなあ、ってことよ。

お母さん、今晩のおかずはなに?
今日はお赤飯と、クリームシチューと、肉詰めピーマンです。いいですか?
いいですお。

こらえる、って、なに?
我慢することだよ。
コウ君、こらえてるの?
いませんお。

お母さん、ドクダミ、おうちにある?
あるよ。
ぼく、ドクダミ好きですよ。
そう。お母さんもよ。

お母さん、ぼく、あしたセイユウいきますお。
いきましょうね。

ぼくレンブツさんとフクモトリコ、両方好きだよ。
そう。

 

 

 

陽はまた昇る

 

原田淳子

 
 

 

骨をも腐らす、ながい雨の時代だった

緑の陰で溺れ、背には甲羅が生えた
もう、三百年生きた
望みという友もいない

亀は海に還るまえに光をみにいくことにした

闇の眼ではなにもみえず、光の匂いを辿った
這いながら泥を舐めた
それは微かにまだ記憶に残る
三百年前の水の味がした

峠を這い、
頂きの朝、
甲羅に全方位に亀裂が走った

未来という頂きに鳥が舞う

眼から落ちた鱗は光の粒
真珠の首飾り

“すべてが美しく、
 傷つけるものはなにもなかった”

ヴォネガットの墓に刻まれたその言葉を甲羅に刻んだ

亀は海に還ることにした

石に導かれて、浜を漂い
青く寄せる波に甲羅は溶けた

声の方角に風が吹いた

幻の石がひとつ、浜に遺された
峠の光のいろ

大菩薩峠にきょうもまた陽が昇る

 

 

 

前へ

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 20     reiko 様へ

さとう三千魚

 
 

姉が好きといっていた

裏山にも
咲いていた

夏の終わりか

咲いていた
ように思う

桔梗か
帰郷なのか

どちらにも青さがある
痣のよう

内側から
青く

帰郷か
桔梗なのか

青い空に
白い雲が

ひとつ

ぽかんと
浮かんでいた

流れていった
流れていく

山道を歩いていく
傍らに

姉の桔梗は咲いているだろう

前へ
前へ

歩いていく

 

 

memo.

2022年10月17日(月)、自宅にて、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」として作った詩です。

お名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、その場で詩を体現しプリント、押印し、お送りしました。

タイトル ”前へ”
花の名前 ”桔梗”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

אּיזָ֫בֶלイゼベル

 

工藤冬里

 
 

安倍川餅をわさび醤油でて
ソマリアではいつも肉と野菜を食べていた
難民キャンプで支給される小麦粉に慣れてなくて
粉ミルクと間違えて赤ん坊を死なせる母親もいた
10年経って渋谷系は昆虫食とほんとうに結びついた
אּיזָ֫בֶל
それでイザベルとかミセス・ジョーンズとか名前を連呼して悶えるタイプの曲はだめだということになった
猫の方が良い顔をしていることが多い
五十代警備員女性が足を折ったので
刺青ok即入居可の工場求人も詳細に調べ
短歌の返礼もする
gridからずり落ちる一年前に、「顔の記憶」というアルバムも出していて
志乃釉を詩の釉と言い換える
陶芸史とは憧れを持ってしまったことによる石粉の苦闘
エリヤに与えられた仕事と対になった慰め
焼けた石の上に乗せられた丸いパン
弟子になろうとする人はみな迫害されるんですよ
リベラルに縋っている
まだ生きてることになってる55年生ベルリンの明石政紀さん変更されてないまだ生きてることになってる
まだ生きてることになってる

 

 

#poetry #rock musician

ミュウちゃん、ホワイト・マジック、

 

長田典子

 
 

ふわふわ ゆらふら
春めいて 暖かい日は
サバトラ雌猫ミュウちゃんのお散歩日和
ミュウちゃんはもうすぐ十八歳
ふわふわ ふらふら のっそり のっそり
まずは大好きなカレックスの葉をめざす
首を傾げながら葉を噛み 引きちぎっては食べている
ミュウちゃんの尻尾の先には
ホワイト・マジック、白い薔薇の枝が伸びて
新芽が やわらかい刃物のように
わたしの胸をすーっと切り開く
ズキズキ鈍い痛みが胸をかけ降りる
ふるふる ふわふわ ゆらゆらりん
まだ冬の気配を孕む冷たい風が胸の奥まで沁みて
あのとき仔猫だったきみの前足がふみふみするから
痛みをこらえ そうっと息を吐き出し春の名前を呼ぶ

ユキワリソウ、スノウドロップ、シュンラン、スイセン、マルメロ、
ミュウちゃん、ミュウちゃんの白くて温かいお腹、ホワイト・マジック、


この庭できみは生まれた
ホワイト・マジックの枝の下を
ととととっと駆け回ったきみはその足の速度で
わたしより早く季節をまたいで行ってしまう
もう遠い晩秋の庭にからだを濃く染めて
どんどん先を歩いて行ってしまうミュウちゃん
このごろ背骨が突き出て痩せてきたミュウちゃんを腕に抱きあげ
土臭くて 毛繕いする唾液の混じった白いお腹に
唇をあてながら
唱える

マジック、ホワイト・マジック、
ユキワリソウ、スノウドロップ、シュンラン、スイセン、マルメロ、
ホワイト・マジック、白い薔薇、ミュウちゃん、わたしの春、
マジック、ホワイト・マジック、
ふっくら大きい白い薔薇、
また咲かせてよ
ミュウちゃん、

呼ぶと
どこからともなく
跳び出してきたあのころ
きみの季節を ひっくりかえしたい
マジック、ホワイト・マジック、
白い薔薇、

ふるふる ふわふわ ゆらゆらりん
ホワイト・マジックの新芽が仔猫の前足になって 
胸の奥底をふみふみするたびに
たくさんの時間がよみがえる
スリッパよりも小さいのに回虫でお腹をぱんぱんに膨らませて庭に蹲っていたきみ
アイビーが手におえないくらい繁茂していた
いつも遅く帰宅して食事をしながら新聞を読み足の裏できみの背中を撫ぜていた
モッコウバラが枝を絡ませ華やかに花びらを飛ばすのも
きみが喉を振り絞ってわたしを呼ぶ声にも気付けなかった日々
アガパンサスが長い陣痛から解き放たれたように花開いた夜遅く
帰宅するときみは尻尾の毛を全部抜いて鋭い目でわたしを威嚇した
きみの尻尾は長いミミズのようでテーブルの下には猫毛がどさっと落ちていた
でも寝るときは喉を鳴らしてベッドに入ってきた
わたしの二の腕の内側 いちばん柔らかい場所に爪をたて ふみふみしながら
痣ができるまでちゅうちゅうちゅうちゅう吸っていた 
ミュウちゃん、ママの乳首が欲しかったんだね
エゴノキに小鳥がくるたびに目を見開き
き、き、き、き、き、と小さく声を出して低く身構え
野生の血をたぎらせていたっけ
ホワイト・マジックが大輪の花を咲かせていたよ
きみは気性が荒くて
獣医さんをいつも手こずらせてばかり
ホワイト・マジック、白い花びらがゆれていた

ふらふら ふるふる ゆらゆらりん
ミュウちゃん、
ミュウちゃーん、
マジック、ホワイト・マジック、
陽で温もったウッドデッキに寝そべるきみの横に
わたしもからだを伸ばし骨ばったきみを抱きしめる
白いお腹に顔をうずめる
きみの唾液の匂いが混じった尖った乳首
土臭くてやわらかいお腹のあたりに
唇をくっつけてぷはぁーっ、と息を吐き出す
ぷはぁーっ、ぷはぁーっ、ぷはぁーっ、
マジック、ホワイト・マジック、白い薔薇
もっともっとあったかくなぁれ、まあるくまあるく膨らんでよ
マジック・ホワイト・マジック、
きみの秋から ここの春の新芽まで戻っておいで
夏にはまた大輪の白い薔薇を咲かせてよ
きみは目を細め 毳だつ白いお腹で 
子を慈しむように
大きなわたしを受けとめる

ミュウちゃん、
小さな乳首に唇を押し付けて
ちゅうちゅうちゅうちゅう吸っていたい
いつまでもいつまで甘い匂いを嗅いでいたい
あったかいお腹にいつまでもいつまでも顔をうずめていたいのに
するり
わたしの腕から抜け出し
おばあちゃんが腰を曲げて歩いて行く
のっそり のっそり ふらふら ふわふわ ゆらゆらりん
背骨の影をいっそう濃くしながら
ウッドデッキの隅っこに
よっこらしょっと肘を張り
まえあし うしろあし じゅんばんに折り曲げて
ゆっくりゆっくり寝そべると
茶色くしぼんだ花びらみたいに
ひげぶくろをふにふにさせてから
春の青空に向かって
大欠伸ひとつ

ミュウちゃん、
ミュウちゃーん、

マジック、
ホワイト・マジック、
マジック、

 

 

 

また旅だより 50

 

尾仲浩二

 
 

フランス国境に近いスペインの美しい港町に、もう2週間ほどいる。
ここで毎年開かれる写真フェスティバルに招かれ、今回撮影した写真で来年も展示する事になっている。
ところがこの町は美しすぎる観光地で、どこを撮っても絵葉書のようでなかなか手強いのだ。
町中はとてもじゃないが敵わないと郊外に逃げ、サボテンだらけの山道を歩き、なんとか撮れたような手応えを感じた。
3週間滞在できると聞いたので、そうお願いしたのだが、広くはないこの町はもう歩き尽くした。
早く戻りたい気持ちを抱えて、もう1週間どう過ごそうか。

2022年10月14日 スペイン カダケスにて