אּיזָ֫בֶלイゼベル

 

工藤冬里

 
 

安倍川餅をわさび醤油でて
ソマリアではいつも肉と野菜を食べていた
難民キャンプで支給される小麦粉に慣れてなくて
粉ミルクと間違えて赤ん坊を死なせる母親もいた
10年経って渋谷系は昆虫食とほんとうに結びついた
אּיזָ֫בֶל
それでイザベルとかミセス・ジョーンズとか名前を連呼して悶えるタイプの曲はだめだということになった
猫の方が良い顔をしていることが多い
五十代警備員女性が足を折ったので
刺青ok即入居可の工場求人も詳細に調べ
短歌の返礼もする
gridからずり落ちる一年前に、「顔の記憶」というアルバムも出していて
志乃釉を詩の釉と言い換える
陶芸史とは憧れを持ってしまったことによる石粉の苦闘
エリヤに与えられた仕事と対になった慰め
焼けた石の上に乗せられた丸いパン
弟子になろうとする人はみな迫害されるんですよ
リベラルに縋っている
まだ生きてることになってる55年生ベルリンの明石政紀さん変更されてないまだ生きてることになってる
まだ生きてることになってる

 

 

#poetry #rock musician

ミュウちゃん、ホワイト・マジック、

 

長田典子

 
 

ふわふわ ゆらふら
春めいて 暖かい日は
サバトラ雌猫ミュウちゃんのお散歩日和
ミュウちゃんはもうすぐ十八歳
ふわふわ ふらふら のっそり のっそり
まずは大好きなカレックスの葉をめざす
首を傾げながら葉を噛み 引きちぎっては食べている
ミュウちゃんの尻尾の先には
ホワイト・マジック、白い薔薇の枝が伸びて
新芽が やわらかい刃物のように
わたしの胸をすーっと切り開く
ズキズキ鈍い痛みが胸をかけ降りる
ふるふる ふわふわ ゆらゆらりん
まだ冬の気配を孕む冷たい風が胸の奥まで沁みて
あのとき仔猫だったきみの前足がふみふみするから
痛みをこらえ そうっと息を吐き出し春の名前を呼ぶ

ユキワリソウ、スノウドロップ、シュンラン、スイセン、マルメロ、
ミュウちゃん、ミュウちゃんの白くて温かいお腹、ホワイト・マジック、


この庭できみは生まれた
ホワイト・マジックの枝の下を
ととととっと駆け回ったきみはその足の速度で
わたしより早く季節をまたいで行ってしまう
もう遠い晩秋の庭にからだを濃く染めて
どんどん先を歩いて行ってしまうミュウちゃん
このごろ背骨が突き出て痩せてきたミュウちゃんを腕に抱きあげ
土臭くて 毛繕いする唾液の混じった白いお腹に
唇をあてながら
唱える

マジック、ホワイト・マジック、
ユキワリソウ、スノウドロップ、シュンラン、スイセン、マルメロ、
ホワイト・マジック、白い薔薇、ミュウちゃん、わたしの春、
マジック、ホワイト・マジック、
ふっくら大きい白い薔薇、
また咲かせてよ
ミュウちゃん、

呼ぶと
どこからともなく
跳び出してきたあのころ
きみの季節を ひっくりかえしたい
マジック、ホワイト・マジック、
白い薔薇、

ふるふる ふわふわ ゆらゆらりん
ホワイト・マジックの新芽が仔猫の前足になって 
胸の奥底をふみふみするたびに
たくさんの時間がよみがえる
スリッパよりも小さいのに回虫でお腹をぱんぱんに膨らませて庭に蹲っていたきみ
アイビーが手におえないくらい繁茂していた
いつも遅く帰宅して食事をしながら新聞を読み足の裏できみの背中を撫ぜていた
モッコウバラが枝を絡ませ華やかに花びらを飛ばすのも
きみが喉を振り絞ってわたしを呼ぶ声にも気付けなかった日々
アガパンサスが長い陣痛から解き放たれたように花開いた夜遅く
帰宅するときみは尻尾の毛を全部抜いて鋭い目でわたしを威嚇した
きみの尻尾は長いミミズのようでテーブルの下には猫毛がどさっと落ちていた
でも寝るときは喉を鳴らしてベッドに入ってきた
わたしの二の腕の内側 いちばん柔らかい場所に爪をたて ふみふみしながら
痣ができるまでちゅうちゅうちゅうちゅう吸っていた 
ミュウちゃん、ママの乳首が欲しかったんだね
エゴノキに小鳥がくるたびに目を見開き
き、き、き、き、き、と小さく声を出して低く身構え
野生の血をたぎらせていたっけ
ホワイト・マジックが大輪の花を咲かせていたよ
きみは気性が荒くて
獣医さんをいつも手こずらせてばかり
ホワイト・マジック、白い花びらがゆれていた

ふらふら ふるふる ゆらゆらりん
ミュウちゃん、
ミュウちゃーん、
マジック、ホワイト・マジック、
陽で温もったウッドデッキに寝そべるきみの横に
わたしもからだを伸ばし骨ばったきみを抱きしめる
白いお腹に顔をうずめる
きみの唾液の匂いが混じった尖った乳首
土臭くてやわらかいお腹のあたりに
唇をくっつけてぷはぁーっ、と息を吐き出す
ぷはぁーっ、ぷはぁーっ、ぷはぁーっ、
マジック、ホワイト・マジック、白い薔薇
もっともっとあったかくなぁれ、まあるくまあるく膨らんでよ
マジック・ホワイト・マジック、
きみの秋から ここの春の新芽まで戻っておいで
夏にはまた大輪の白い薔薇を咲かせてよ
きみは目を細め 毳だつ白いお腹で 
子を慈しむように
大きなわたしを受けとめる

ミュウちゃん、
小さな乳首に唇を押し付けて
ちゅうちゅうちゅうちゅう吸っていたい
いつまでもいつまで甘い匂いを嗅いでいたい
あったかいお腹にいつまでもいつまでも顔をうずめていたいのに
するり
わたしの腕から抜け出し
おばあちゃんが腰を曲げて歩いて行く
のっそり のっそり ふらふら ふわふわ ゆらゆらりん
背骨の影をいっそう濃くしながら
ウッドデッキの隅っこに
よっこらしょっと肘を張り
まえあし うしろあし じゅんばんに折り曲げて
ゆっくりゆっくり寝そべると
茶色くしぼんだ花びらみたいに
ひげぶくろをふにふにさせてから
春の青空に向かって
大欠伸ひとつ

ミュウちゃん、
ミュウちゃーん、

マジック、
ホワイト・マジック、
マジック、