かっぱ

 

塔島ひろみ

 
 

仰向けに寝転ぶと空が動く
ときどきヒヨドリが横切っていく
眠くなる 晴天の川の上で目をつぶる
満潮の水はゆっくり河童の体を上流へと運ぶ
いっしょに木切れとかペットボトル、パンの袋も流れている
ピシャンと音がして目を開ける
ボラたちのジャンプ 河童は体を元に戻し泳ぎ始める
岸や土手を歩いてるヒト、ジョギングするヒトを横目に
流れの力を借りてグングン スイスイ
あっという間に10キロほども上流のそこに河童は着いた
川と同じ色の体が 注意深く柵を乗り越え岸に上がる
秘密の場所に隠している服を着て ヒトに化ける
ヒトに会うため
ヒト社会で汚れ、傷つくために

夜中
そんなわけで傷と汚れにまみれたよたよたの河童が 岸に戻った
服を脱ぎ 靴を脱ぎ 水に入る 油汚れも 血も 合成化学物質も たちどころに夜の川に洗われて
河童はそれらが溶け混じった濁った水の中で生気を取り戻し 颯爽と泳ぐ

河童を踏んだ
土手下の草道 わたしのくたびれたパンプスが
顔の辺りを思い切り踏んだ ぐしゃりといやな感覚があった
寝ていた河童はひっくり返り 苦しそうに咳をして
それから ゆっくり起き上がると 川へ消えた
夕暮れの薄闇の中へ消えていった
大きな 月があった
貨物列車が川を跨ぐ鉄橋をガタンゴトン大きな音を立てて走っていく
暗い川の中で 河童は生きているのか 死んだのか
プカンプカンと 透明のゴミらしきものが浮かんでいた
河童もこの月を見ているだろうか

路地の突きあたりの小さな金属加工所で 顔のつぶれた男が黙々と機械を操作している
ガッチャン、ガッチャン、大きな音が絶え間なく続く
それにかぶせて 表の道で学校帰りの子どもたちの騒がしい声
男は機械を動かしながら 目を細める

10月の空はあっという間に暮れ渡った
大きな月があった
河童の子どもが泳いでいる
音もなく 気持ちよく 
川と同じ色なので 私には見えない
何も見えない

岸には脱ぎ捨てられた子どもの衣服があった
よく見ると いくつもいくつも 大人の服も いっぱい いっぱい そこにも ここにも

川は静かにさざめいていた
私は汚れた岸に汚れた服を着て立っている
大きな月があった
月は なにを見ているだろうか

 
 

(10月某日、新中川で)