deepest fall

 

工藤冬里

 
 

色を選べる
目に映る色は選べない
このドームの端の寒さの中に
マスターは飛ばされ
色の心強さを蜜柑色のトラムにもとめる
どれも似ているマスターの物語made in chinaのボールペンで重ね書きする
地球はほぐれながら浮かんでいる
郵便配達員は熊の子を散らすように山に入った
名前の付いた神社たちに
ほつれた縄糸は張り巡らされ
二、三本足を失った親たちが逆さになって待っている
閃光除けのゴーグルをかけて
殺風なぬめりのある壁を背景にして
妄想が拉致される
犀のラインのマスクのまま
微妙な歳差に切り込め、
蒸発せよ、とバビロンに言う
南予のイントネーションで赤道辺りの蓋を開け
熱水による結晶を見せる
ホラホラこれがきみの中身だ
エリシャは王将に居たが
マスターに誘われると戻って肉を煮、餞別として人々に与えた
悲しみがどう表れるかは人によって違う
呼吸だけに集中とか言うけど目が詰まったマスクをしてたら苦しいだけだ
馬鹿な質問するんじゃない
子熊たちは散り散りになった

 

 

 

#poetry #rock musician

ポジティブ

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 21     michiru 様へ

さとう三千魚

 
 

やわらかい
花弁で

きみは立っていた

ピンクや
白や

紅い花の
きみがいた

風に揺れていた

さわさわ
揺れていた

わかい
わかい

きみがいた
光っていた

 

 

memo.

2022年11月6日(日)、静岡駅北口地下広場で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第六回で作った詩です。

お客さまにお名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、その場で詩を体現しプリント、押印し、詩の画像をメールでお送りしました。

タイトル ”ポジティブ”
花の名前 ”秋桜”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

帆をあげたる舟

 

駿河昌樹

 
 

来る冬。
まだ仕舞っていない団扇。
ヴェランダに出したままのアレカヤシ。
すぐ出せるが箪笥の冬物の引出しにしわくちゃになっているセーター。
夏も冬もズボンはだいたい同じだが夏物の短パンはそろそろ。
かなり死んだがメスばかりまだ生き残りのいる鈴虫。
冷蔵庫に入れなくてもよくなった飲みかけのワイン。
玉葱も馬鈴薯ももう室内に出しっぱなしでいい。
家の中でもTシャツより長袖のシャツを選ぶようになって。
足先はいつのまにか冷え始めているのにまだソックスを履かない。
急に温度が冷えた時のために一応スカーフをバッグに潜ます。
居酒屋ではおでんを求める客が出てきている。
朝少し冷えたので薄いコートを着て出ると駅では蒸して困る。
いつのまにか萩の花がちょんちょん口紅をさしている。
まだ草木は色づかず紅葉の頃もまだまだ遠い。
タンクから来て蛇口から出る水が下がった気温の中で温かい。

来る冬。
いなくなった人。
なくなった物。
私からいなくなった私。
私の内からなくなった何か。

 ただ過ぎに過ぐる物。
 帆をあげたる舟。
 人の齢。
 春夏秋冬。
       清少納言『枕草子』

 

 

 

餉々戦記 (名残り走りのふた椀 篇)

 

薦田愛

 
 

うなだれたいちめんの稲穂のはなつ香りが
あっという間に一枚またいちまい刈られ
あとが
ぽっかり広い
あるいて十五分
直売所の前に土日と祝日だけ店をひろげる魚屋さんでは
薄塩の干物やちりめんじゃこをよく買う
おじさんは私の顔を見るなり
カマスが入ったよとひと言 
ああやっと二枚ください 
ホッケはありますか身が厚くて美味しかった
でしょうとおじさん
ショーケースにはあったあったよ串を打った焼き穴子
月末ちかくで家計の財布にはちょっとゆとりがあるしそれに
私の誕生日だから
いいよねたまには贅沢
なにをやり遂げたわけでもないのにご褒美だ
隙あらばじぶんを甘やかすのは大人の特権
あのぉ穴子もください
誕生日だからじぶんにご褒美
あなごね 串ぬいとく? 抜いてください
はいよと抜いて どさりポリ袋へ
気持ちだけねと百五十円おまけしてもらってありがとう
あとで保冷剤たっぷりのバッグに魚たちを入れよう

直売所のなかへ踏み込み右ひだり
夏のはじめに売り場が増設
品物の種類もだいぶ増えたし何よりコーナーが細かく分けられて見やすくなった
なかでも目が行くのは
ブルーベリーの大小パックのち黒ぶどうや白ぶどう
そして大粒の丹波栗みっしり
追いかけるように黒枝豆の枝つきの束やら さやぎっしりの袋づめがひしめく
華々しい一角だけれど
通路をはさんで反対側にぽつり
えっ あれっ
幻じゃなかった時々ならぶと直売所のひとにも聞いていた
ちいぃいさなパックに一本ずつおさまったのが三つ
まつたけ、だ 
松茸、が
居るではないか
いつもより三時間はやく来られたから出くわしたのか
今度いつまた逢えるかわからない いやいや
たった今焼き穴子を手に入れたところ そのうえ松茸だなんて
滅相もない 
でも食べてみたい だって国産それも地元産
もちろん家計じゃなくじぶんの財布でなんて言っても背伸びもいいところ
と言うよりもし買って帰ったとしてそれらしく何かこしらえられるだろうか
春先ふきのとうを買ったものの冷蔵庫でしなびさせてしまったあと
甘酢漬けにしてみようかと買った新生姜も日の目をみることがなかった
どうしよう
パックの隙間からくんくん うん香る
女子高の同級生が信州で見つけたとLINEにあげていた
つぼみの松茸数本の写真が頭をよぎる
炊き込みご飯にしたと書いていたっけ
一本では炊き込みご飯には足りそうにないな
いやそもそも買ったことがないから
高いのかお買い得なのかさっぱりわからない
ほんの少し安い一本を手に取っては戻し
高いほうを取っては笠を覗いてみて戻し
ええい飛び降りてやるこの舞台 怪我するわけじゃなし
レジにえいっと籠を置く
そう安いほうを

家に帰るとパックのふたをあけてパチリ
誕生日に出くわしてつい、と書き添えLINEでクラスのページにアップしたら
くだんの同級生がさっそくレスポンス
お見事な一本と
けれどしかし炊いたものか焼いたものか
鱧松茸ということばを思い出しはしたものの
その鱧は骨切りのものが冷凍庫にねむっているものの はて困った
二十年ほども前のこと雑誌の編集部で働いていた
雑誌ががらりリニューアルされる時で
新連載のひとつを担当することになったのだけれど
それが
食にまつわるエッセイだった
月に二度送られてくる原稿を前にわからないことが山ほど
そのたびに著者の方にたずねると
大いにあきれながら多々教えてくださった
そこで鱧松茸ということばに逢った
子どものころ大阪にいたので鱧を知っていたとはいえ
鱧松茸はわからない きけば
夏の名残りの鱧と秋の走りの松茸の取り合わせだという
エッセイでは鍋で食されていた
なんて豪勢なという以前にとうてい想像も及ばなかったけれどのちに
職場ちかくにあった店で夏の鱧ちり蕎麦につづいて
秋に鱧松茸蕎麦の文字が墨書されるのを目にして
一度か二度ふんぱつしたのだったっけ 
たしかに たしかに美味しかった
けれどなああれはたぶん外国産
それに何しろふたりでこれ一本だもの
量ってみると五十グラムもない
むろん鍋は無理 蕎麦もどうかなあ
土瓶蒸しも美味しいけれど小さな土瓶がないし
ううむううむとLINEで唸っていると
かの同級生が
鱧松茸といえばお吸い物のレシピをネットで見かけたよと
待望のアドバイス
材料があれば作ってみたいけれど揃わないし
作ったらぜひアップしてねと背中を押すことば
おおお吸い物っ!
ふだん味噌汁ばかりでお澄ましほとんど作らないけれど
たしかにこの一本お吸い物ふた椀ぶんならちょうどよさそう

ネットをさまよえばレシピがひとつふたつふむふむ
地元産すだちも買い置きがある海老も冷凍してある銀杏はなくていい
三つ葉とこの際うすくち醤油を買ってくれば
できる、はずと腕まくり
直売所で迷っている時かざすと笠のうら孔のように見えるけれど何だろう
虫食いだったら だいじょうぶかなあ
あやぶんだのだった あやぶみながら飛び降りた
検索によると無害の虫がつくことがあり
放置すると食われてしまうので早めに処理したほうがいいと

などなど調べに調べるうち誕生日の日が暮れて翌日の日暮れどき
松茸の根元の汚れは鉛筆を削るように削ぐのだと幾つかのレシピにあるので
スラッと抜き放つ白刃さながら研ぎたてではない包丁は
ぼそっ ぽそっ 
かそけき一本をもいでしまいそうなので研ぎ機をセットああ泥縄だな
ぎぎっぎぎっ
しかるのちもう一度 すすっ
ふうむこのくらいかな
おお今度はうすく削げるな
ほんのわずかなレシピの段取りをスマホの画面でふたつみっつ
行ったり来たり ああ
肩ががちがちだよ
二階から下りてきたユウキに思わず
ねえ 慣れてないこんなものを扱うのって緊張するね
「うーんそれは慣れるしかないよね」
えっ もしもし 慣れるしかって松茸だもの
この次なんていつ来るか これっきりかもしれないよ
さてさて
匂いを損ねないよう水洗いは避け汚れはかたく絞った布巾で拭くにとどめてと
どのレシピにもあるけれど
やっぱり虫が気になるので拭いて縦に八分割それらしいカタチも跡もみえないけれど念のため
うすい塩水に五分つけ
切ってそこそこ嵩がふえたので二枚はグリルで炙ってみよう
骨切り鱧をふたりで十切れぶん ボイル済みの小海老を四尾
すだちをひとつ洗って真っぷたつ
昆布をひたした水を沸かし鰹節を投入ふつふついわせて火を止め茶こしで濾して
計量済みの新規参入うすくち醤油とみりんをあわせて煮立たせ
まずは松茸つづいて鱧と小海老くるっと丸まる骨切りの白からゆわりあぶらと海老の背の朱が
きれい と見入るひまなく刻んだ三つ葉と結んだ三つ葉をうかべるや
ふうっとたち揺らめくものに鼻がぬれ
いい感じ こんなかんじかな
スプーンに半分うん味はだいじょうぶかな
そうそう焼き穴子もカットしてたれをかけホイルで包みトースターで温めたし
昨日ユウキが剝いてくれた熟成済み丹波栗の半量で栗ごはんも炊いたから
どう見てもまとまりがないけれどとにかく今夜は
ごちそうの勢ぞろい
できたよ 食べられるよとインターホン
「はあい」と下りてきてユウキは
「いいねえ美味しそうだねえ」とリビングに運んでくれる
ぐい飲みふたつと冷酒の四合瓶も
いただきますと声をあわせるいつもの夕餉だけれど
どうかな
いつもはまず味噌汁を手に取るユウキは栗ごはんから
ほくほく甘く炊けてるよね
私はやっぱりお吸い物から ああ湯気にも香りがたっぷり
鱧の身は口のなかでほろほろくずれ
松茸はきゅっと噛むと香りたつ
海老は大きいほうがよかったかなあ
穴子に箸をのばす傍らユウキのすする音
「うん美味しいね 鱧もいいね」
松茸は
「松茸はまあ美味しいけどね また食べたいというほどでもないかな」
うんうん すだちを絞るとひときわ香る松茸に鱧のほろほろが美味しい
けれどたしかにどうしてもまた食べたいというのとは
ちがうのかもしれないね
ううむ たぶん
うすい塩水に五分ひたしたためでもなく
腕が未熟だったり味のバランスがとれていないからでもなく
あまりのご馳走を味わう舌がふたりにそなわっていないわけでもなく
たぶんこれは
ふたりの夕餉をどこかはみ出すひと品なのかな
などと思いめぐらすまでもなくテーブルの上の皿はみるみる
空いてゆくわけなのだ