塔島ひろみ
工場はいらないものになった
巨大なベルトコンベアも煙突も働く人も働く人が住む社宅もいらなくなり
ラインが止まり人が去った
建物と機械だけ残った
かつてこの会社に莫大な富をもたらし
そして物理的にもとてつもなく大きいそれらは
滅却されなければならなかった
重機を積んだ10トントラックが押し寄せ 壊し始めた
機械が機械を破壊している
すごい音だ
人間が作った機械が 人間が作った機械を破壊している
ものすごい音だ
恐ろしい音だ
おぞましい音だ
悲しい音だ
団地の4階通路からはそれが見える
寝ても覚めても窓の外に立ちはだかり続けた巨大工場が
恐竜のような重機にいとも簡単にやっつけられ
ぐしゃぐしゃにつぶされていくさまが見える
エレベーターが着いた
年寄りが押し車を押しながらゆっくり通路を歩いて
430 そう書いてあるドアの前で止まり鍵を開けて入っていった
向かいの荒れ地で行われている暴虐にまるで目もくれず入っていった
中でコトン、コトンと静かな音がする
まるで冷蔵庫の野菜のように
年寄りが430に収まっている
431も 432も 433も 444も
429も 428も 427も 426も 静かだった
電気がついている部屋とついていない部屋があった
食器用洗剤の形が見える部屋があった
傘が外に立てかけてある部屋があった
窓にひびが入っている部屋があった
冷蔵庫の野菜のように静かだった
団地の中庭は椿が咲き乱れ 落ちた花房がかたまって
血だまりのようになっている
歯が落ちていた
少し茶色がかった人間の 大人の
こんなところにあっても役に立たない
強くても立派でもフランクフルトも板チョコも人差し指もかみくだけない歯が
椿の赤い花びらの下で静かに春を待っている
轟音がして地面が揺れる
歯も揺れる
リモコンを押すとさっきまで得意げにしゃべっていた華やかな女が
グ とさえ発する暇も苦しむ間もなく
別れも告げず瓦礫も残さず
煙のように消えてしまった
もうどこにもいない
ダンプカーが屍をヘドロのように積んで走り去った
(2月某日 森永東京工場跡地前で)