広瀬 勉
#photograph #photographer #concrete block wall
いつも
はるかな…とか
遠い…とか
言ってたでしょう?
ぼくら?
それでいて
小さなカニとか
アサリとか
たまにはフグの子とか
獲ってばかりいた
あの頃が
いまは
はるかな…とか
遠い…とか
呼ぶべき
かなた
そうして
もう
「ぼくら」
とは言わない
言っても
だれにも届かない
きみは
あさ
って
言った
けど
麻じゃないとも
言った
あさの
花って
わからない
わからないで
祈ることもある
***memo.
2023年6月4日(日)、静岡駅北口地下広場での即興詩イベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第十四回で作った44個めの詩です。
タイトル ”しゅうきょう”
好きな花 ”あさの花”
#poetry #no poetry,no life
『tar』、或いはMonster Hunter Orchestra
指揮者にとってのモンスターはオーケストラだがハンターはモンスターの格好をした観客だった
オーケストラにとってのモンスターは観客だが、ハンターは指揮者なのだった
観客にとってのモンスターはハンターの恰好をした指揮者だが、ハンターはオーケストラだった
ハンターとモンスターとの闘いを誰もが担うが勝利できないのはそのためだ
『Pandemický Pieces』
去年水上音楽堂でやったパンデミッキーな仕事をそのままピアノで再現してみました
https://stand.fm/episodes/646589f806cfda46b91150f2
『Helmut Berger, 29 May 1944 – 18 May 2023』
よくDOLL主催のビデオコンサートで観たけどその頃の映像はもう転がってない。
https://youtu.be/xKg87SBFsEs
彼は70年に2本目のB級ドリアン映画に出たのであった。84年のに出ればもっと良かっただろう。
池袋で万引きの師匠だった戦旗派のナカジョーさんは彼にちょっと似ていた。敏子さんを公然と口説くので周りが困っていた。いずれにせよあの曲の前半のように皆半分タイハイしていたのだ。
『Aaron Boulogne (11 August 1962 – 20 May 2023)』
「ぼくはちいさな騎士なんだから
天にかけて恐れてはいけないって教わった
だから地にかけて父さんに会いに行く」
と解釈してみた
https://stand.fm/episodes/646c7d315dcad4ce4eaf7ee8
『Invisible Shark (2023)』
コージーがまたサメ映画放出したぞ
https://youtu.be/Eu5wxxzH7Lw
新しき枕に替へて寝ねたれば夢見枕と人は言ふなり
『Kenneth Anger 3 Feb 1927 – 11 May 2023』
真のデカダンとは?というのが、いまはそうでもないけど、あの頃はテーマだった。わたしだけ?というアルバムのジャケはこれを念頭に置いているとすぐ分かった
馬場に行けばいつでも上映していたのは今考えれば、考えなくても、ハッテン場だった
40年経っても、水は生きている、などと踊っているな
Eaux d’artifice https://youtu.be/yUO6Q9RQPG0
石垣は三支点を確保しながら積んでいく。佐田岬の緑泥片岩の積み上げはコツウォルズに劣らず見事なものである。隙間に手を翳すと蛇が出るよと脅されたものである。蛇の石垣の下から温泉が出たこともある。僕は石垣にセメンを詰めるのは反対である。隙間を作って生き物のアパートにしてやるべきである。
『アートで田んぼ』
https://youtu.be/zjJdRKSKSZM
すごい雨と言っても
水がすごいのか
音がすごいのか
それは近さなのか
大きさなのか
多さなのか
速さなのか
珍しさなのか
全部なのか
いや
言葉の惰性なのだ
雨なんてすごくない
所詮水の粒だ
粒の水はすごい
『アル中女の肖像』
冒頭飲むことは生きることで生きることは飲むことみたいなナレーションが流れて金子を思い出しその後は致死量ドーリスのタベアさんの表情を見ているだけで良くて最終的には壁崩壊前の表現としてよく引き合いに出されるHeroesやベルリン天使の詩よりも成功しているのではないかと思えた
『フリーク・オルランド』
宝塚を寺山修司が演出して松本俊夫が撮ったようなものだと思った
『タブロイド紙が映したドリアン・グレイ』
ドリアン・グレイというとキム・フォーリーの「ロックンロールのドリアン・グレイ」https://youtu.be/OuXXhTAuxj8が思い浮かび浦島太郎みたいな結末なのかと予想していたがドリアンの部屋の鏡が意図的に銀色に曇らされていて竜宮城だけの映画と知れた
ベルリン三部作まとめ
いかにもドイツっぽいかなしい大道具でファスビンダー組の妹バンド、みたいな先入主を確認する体験だったがただ執拗な男女入れ替わり強迫はオッティンガーだけのものでそれが今観るべき映画として選ばれた大きな理由なのではないか
こんな時にいやこんな時逆流
https://youtube.com/shorts/8AEITyiPaLo?feature=share
土砂降りに青梅踏みたる硬さ 哉
『小説家の映画』
小説家が映画を撮ると映画の人よりも遥かに指示が細かい、というセリフのある홍상수の映画を観て、各トラックごとに音質を決めるのが当たり前と思っていた頃の聖蹟桜ヶ丘のオープンリールのスタジオを思い出した。
「歌うラッパー」的な非常にメタな構造をもっているが、あくまでも小説的な一人称の処理が主題であり、LGBTQをだしに使った恋愛映画ともいえる。
水半ば澄んで晴れ間の暑さ 哉
雨でミモザが根本から倒れて出入りできなくなったんで土建屋を呼んだところ
#poetry #rock musician
ひろばでは
水の
流れる
音を聴いた
アンデスの
笛の
音も
聴いた
桜は
どんな
音がするの
花びらが
流れていく
たくさん
***memo.
2023年6月4日(日)、静岡駅北口地下広場での即興詩イベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第十四回で作った43個めの詩です。
タイトル ”おと”
好きな花 ”桜”
#poetry #no poetry,no life
川が海に向かって流れている
貨物列車が荷物を積んで北へ走る
川と線路に挟まれて
9丁目は動かないでそこにあった
ずっと前からそこにあった
公園も店もない 家だけが
日々の暮らしだけがそこにあり
ヒトが自転車を洗っている
土に 名前のない草が茂り 名前のない花が咲き
ネコがいる
大きな目で 前足をギュッと握って
甲の毛は汚れ
木のように動かない
何をつかんでいるのか
甲を引っ掻いても開かない
血が流れる
土に染み込む
ヒトが自転車を洗い終わる
外階段をのぼり 自転車を2階のベランダに干している
空に向かって干している
9丁目に来た
橋を渡って9丁目に来た
足を引きずって9丁目に来た
何も持たずに 誰にも言わずに
9丁目に来た
ヒトが ヒトと 話している
私の知らない言葉で
鳥の言葉で
羽はないのに
鳥の言葉で話している
風が吹く
片足を使えないネコが 木のようにそよぐ
名前のない草花たちも 風にそよぐ
貨物列車がまた走っていく
その音を聞いた
前足は爪が伸びて
ここまで歩いて 泥だらけで
その前足を静かに握ると
歩けなくなった
虫の一匹もキャッチできない
9丁目で
名前のない花のそばの地面の上で
見えない何かを抱きながらすわりこみ
北へ運ばれていくモノたちの音を
私は聞いた
(5月某日、奥戸9丁目で)