鳥渡から帰った

 

さとう三千魚

 
 

鳥渡から
帰った

もう2週間になる
帰って

なにもしなかった

鳥渡には
10日ほどいた

この10年ほどの
身のまわりの写真を壁に虫ピンでとめた

説明できるものや
説明できないものや

説明したくないものや

壁に
虫ピンで

とめた

鳥渡では
一度

詩人に会った

その人は詩人だとは言わなかった
死者の眼を持つことができたなら

とも
言わなかった

その人と
なにを話したのだったか

詩人だった
笑ってた

わたしも
笑った

鳥渡から帰って
毎朝

小川の傍を
歩いていた

たまにスマホで道ばたの草花を撮ってた

その人には

この世は
どう見えるんだろう

その人は笑ってた
その人は笑ってた

 
 

※鳥渡は、高円寺のバー「鳥渡」のこと

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

鳥渡

 

廿楽順治

 
 

ちょっと
と読むらしい

鳥のようによろよろとひとは
「そこ」を
渡らない

空や川はいつまでも
「そこ」なのだろうか

きみはかんがえるふりをして
(六十年間)
奇妙な味の酒をのんでいる

死んで
生きよ

「そんなことあるわけはない
 ちゃんと帰ってこい」

そういう妻も
きみも
(つまりわたしのことだ)
もう どこをも高く渡らずに

ほんのすこしだけ
夜の椅子で
たがいに羽のようなものを動かしている

 

   ※高円寺のバー「鳥渡」で

 

 

 

雨が奏でる正午

 

原田淳子

 
 

 

銀の三角を額に描いて船に乗る

壁から電気を盗んでるあいだに詩を書く

街頭で集めたティッシュで花をつくる

握り飯を食べたら歯が欠けた
人生のいちぶが破損して、セラミックが光ってる

石階段を駆けあがる

子どもたちが飛沫に歓声をあげる

水が手紙を運ぶ

雨が奏でる正午

きみの方角が白く濡れていた

 

 

 

母の習いごと

 

道 ケージ

 
 

門司の県営アパートでは
習い事はしていなかった
と思う
ペレスプラードを聞いたり

宗像に引っ越し
料理教室
変なおかずや
妙なお菓子が
小学校から帰ると
カゴ皿に並ぶ

箱入りがいいのにの
呟きを抑え

次はお謡いだったか
角の杉本さんちにいく
椿の垣根繁く
こけし飾る
お座敷で練習

黒地に金模様の謡本
表紙と草書に惹かれた

刺繍を始めたのはいつ頃か
すぐに
家の中が刺繍だらけ
丸枠のネジを締める係
トレペカバー
コースター
鳥と犬と花
物語はないの?

習字は大学に行った頃
父と二人暮らしのはず
段持ちで漢詩まで書く父に

草書でサラサラと
何を流した
東京への手紙は
読めない

短冊の月並み俳句
さくら、月、つつじ
花鳥風月を丸めて

父の死んだ後は
習い事はなかったのか
庭で菜園
野良猫に餌をやる

縁側から落ちもして
教えずに教えてきた

今、また教えるつもりなく教える
こうやって死んでいくんよって

曲がった指では
何も指させないけれど

 

 

 

<ササキマコト>の主題に拠る32の変奏曲

第1篇 第1変奏曲から第10変奏曲まで
 

佐々木 眞

 
 

第1変奏曲 4分33秒

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×

 

第2変奏曲 バナナ

むかしボクが東海道線に乗った時、東京駅から新橋、品川を過ぎて、大船から藤沢を経て小田原の辺で、バナナが生っているのを見つけました。

バナナは、ひとふさ、ふたふさ、みーふさ、ヨーふさ、全部でなな房ありまして、それらがだんだん色づいてくるのです。

白っぽい黄色から、次第に熟して濃い黄色になってくる。

そして、黄色みが増すに連れて、だんだんウマソーになってくるのです。

忘れもしない10月16日のボクの80歳の誕生日、

今日こそバナナを収穫しよう、と東京駅から東海道線に乗り、

新橋、品川を過ぎて、大船から藤沢、小田原を経て、熱海駅で降りて、

白い砂浜をサクサク踏んで歩き、ドンドコドンドコ黄色いバナナを探して歩きましたが、黄色いバナナは影も形もなかったのよ。

 

第3変奏曲

池田ノブオがジャンプ一番、教育勅語を破り捨てた。

 

第4変奏曲

世界一決定戦の後楽園ホールを飛び出して、帰宅しようとしたが、その途中文京区の古い家並をみて、「ここらへんで残りの人世を過ごそう」という意思を固めたが、半ズボンのチャックが開いて、我の陰毛が丸見えになっているのに今頃気付いて、素知らぬ顔で閉じたところです。

そこに東京駅行きのバスがやって来たので、飛び乗ったら、のぶいっちゃんとひとはるちゃんが座っていたので、「ひさしぶり、今日は後楽園で世界戦を見物していたんだよ」というたが、なぜかおらっちの話が、てんで分かっていないようだった。

そうこうしていると広島で抗争している生きのいいヤクザが、いきなりおらっちの腹の上を、2カ所もドスで刺しやがったんだが、幸いかすり傷で、なんとかかんとか事なきを得たんだ。

でも、駅での集会が終わってからが大変。西口の改札前で迷彩服を着た屈強な兵士にいきなり抱きすくめられたので、必死に藻掻いていると、彼奴がなにかもっと大切な用事を思い出したように手を緩めたので、なんとか振りほどいて東口方面に逃げることが出来たんだ。

 

第5変奏曲

急になにもかもが嫌になってきたので、料理長は、デザートの土佐文旦の皮を剥かないで、ナイフで細かく切り刻みはじめた。

 

第6変奏曲

われ、諸国一見の旅の途中

夕べ、珠洲の岬に立つと

おりしも熟柿のような

美空ひばりのような

真っ赤に燃える太陽が

山岡久乃のスプライトのように冷え切った

日本海の荒波に墜ちて

一瞬

ベルヌのように

ロメールのように

かの緑の燐光をば放ちながら、

ランボオのように

ベルモンドのように

ジュジュジュ!

マダムジュジュ!!

と叫んだので

これはいかん、このままでは頭がおかしくなってしまう

と心配になって

見知らぬ巡礼者に頼んで

われの額を小汚い草鞋で踏んづけてもらったら

思えらくそれが聖なる僧侶だったらしく

おのずからなにやらかたじけない情緒障害になって、

われは丹波の下駄屋の丁稚どん

今宵ここでの一休み

あしたからはえーえんに生きていけるような

そんなありがたい気分になったのでした。

 

第7変奏曲

女性歌手が「いつか」を唄っていると、男性歌手が「かなた」を唄って、夢のハーモニーが実現したのよ。

 

第8変奏曲

ロックポートの在庫見切り品を、9割オフで売っていたので、「三足まとめて買う」というたら、「本社までご足労願いたい」というので、川崎本社まで行ったら、社長がアジ演説していたので、帰ろうとしたら、「隣に平凡出版という本屋があるから、そこで新入社員の激励応演説をしてくれ」という。

仕方なくマイクを握って、かの偉大なる百科事典を褒めたたえていたら、「それはわが社とは何の関係もない平凡社の出版物だ」と苦情が出たので、「ライバルの平凡社に負けない、世界一の百科事典を世に贈ってくらさい」と、とってつけて逃げ出したのよ。

 

第9変奏曲

われは、いつものようにある意図を以て、ベルクの全作品を聞き始めたのだが、そのうちに、最初の意図などどこかに忘却してしまい、ばらばらに分断された脳細胞毎に、ベルクの音楽を、ひたすら聴き始めたのだった。ひたすら分散的に。

 

第10変奏曲

家の近所に、いつでも清冽な清水がふつふつと湧いている小さな泉があるので、私は詩を書こうと思うときには、いつもその泉に行って両手で清水を掬うと、直ちに1篇の詩が誕生するのだった。