興味を失くしたようだ

 

工藤冬里

 
 

ウーマンラッシュアワーのは漫才のネタではなく種である
ヤマザキパンのdoughはパンの種ではなくパンのネタである
アダムとエバの子孫は種ではなく彼らのネタである
豊後水道のアジは関アジと呼ばれる時寿司の種で岬(ハナ)アジの時はネタである
ジャズマンが転倒させた種はインスピレーションソースであった
ネタと種を往来しようとする試みを続けていた人類はこれから痴呆状態に入る
中世に戻るのだ

 
その星はずっと雨がびゃあびゃあ降っていた
光といえば欲望と裏切りが交互に点滅しているだけだった
言葉は呪いにしか使われていなかった
記憶はトラウマしか残っていなかった
技術を学習する者はいなかったので
音楽は単旋律に退化していた
女は全員同じ顔をしていた
全員安中リナという名前だった

 
興味を失くしたようだ
浜辺で立ち止まった
七つも頭があると
海から上るのも
彫刻像を作るのも大変だ
地から上るのは英語である
トモダチは皆離脱を支持する
呼気はカエルのカタチをしていて
元カレも元カノも召集される
ドロドロに踏み潰される
服を汚すなと言いながら
鉢の中身をぶちまける
海の中の生き物は全て死に
川と水は血になった

カウンシルハウスの上の雲は竜の形をしている
トモダチは屋上で野獣の旗を揚げる
券売場に反対の署名
赤鉛筆の立ち飲み屋で芯を剥き出しにする
睫毛が長すぎてピューと吹くジャガーさんみたいに目がないので
本心に立ち返る隙がない
障害があって結婚しない人が
忘れられている

 

 

 

いつまでも

 

佐々木 眞

 
 

ヨハン・シュトラウスⅡ世の「無窮動」op257を振り続けながら、
あの懐かしい指揮者、カール・べーム翁は「いつまでも」というた。

京都府綾部市西本町25番地の履物店に「品良くて、値が安うて、履きやすい、買うならことと、下駄は“てらこ”」と書かれた看板があったので、同級生のコガネ君とフマ君が「まだ売ってますか?」と尋ねたら、コタロウさんと、シズコさんと、セイザブロウさんと、アイコさんと、マコっちゃんと、ゼンちゃんと、ミワちゃんが、口を揃えて「いつまでも」というた。

夕方、鎌倉市十二所の光触寺の山門に愛らしいコダヌキが目を光らせていたので、「お前さん、いつまでそんなとこで油を売っているんだね」と尋ねると、「いつまでも」というた。

「さて問題です。我が家の太陽は誰でしょうか?」と尋ねたら、コウ君が「お母さんですお」というので、「では、ここでもう一つ問題です。太陽はいつまで輝くでしょうか?」と尋ねたら、「いつまでも」と答えた。

緒方貞子さん、中村哲さん、今井和也さん、柴田駿さん、巽光良さん………
今年も忘れがたい多くの人々がちょっと遠い所へ行ってしまった。

でも青空の彼方に思いを馳せるとき、彼らはまっすぐ地上に降りてきて、ただちに私らの胸によみがえる。

ああ天上にいます父よ、母よ、ムクよ、大勢の親戚、友人、知己たちよ!
できることなら、この不毛の荒地で懸命にもがき続ける私たちを、どうか温かく見守っていてください。

いつまでも。

 

 

 

grand finale

 

原田淳子

 
 

 

影も失くしたからだで
夢のくにの抽選
落伍者の船
ソドムの港

終わりにむかって鐘が鳴る
譜のパレード
波飛沫は眩しくて
戯けてみる

臆病さのかたまりで
頬は赤く腫れあがり
船は緑の泥に沈む
封印された文字が滲む

千切れた肌を縫う
コラージュ
傷みの地図

なつかしさもわすれて
仰向けに
天から降る降る滴

かみさま
降る降る

灰のなかで鐘が鳴る

燃えたのは、わたしだった

降る降るあなたのもとへ

灰の狼煙をあげよ

grand finale

 

 

 

「夢は第2の人世である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第79回 

 

佐々木 眞

 
 

 

「こちらは某国の王女様であるが、今日から1ヶ月間お前たちと一緒に仕事をして下さることになったから、万事よろしう頼むぞ」といわれたのだが、それから1ヶ月間、私らはてんで仕事にならなかった。なぜなら王女様は全裸の美女だったから。10/1

チューターとしての私は、意外にも結構まともなこととを喋ったとみえて、聴衆の中の1人の女性は、私の言葉にいちいち深く頷いていたので、私はゼミが終わってから彼女を隣の部屋に連れ込んで接吻したが、彼女がまったく抵抗しなかったので、性交しようとしたが、その時彼女に下半身がないことに気付いた。10/1

その頃の私は、毎朝無垢の人からの電話があるのを唯一の楽しみにしていた。その声を聞くと、なんとなく清らかな心持ちになるのだ。10/1

新米披露会に出席した私は、はじめは最後列に座っていたのだが、だんだん前の席に移動し、最後は最前列に躍り出て、出来たての新米を試食しみたが、とても美味だった。要するに腹が減っていたらしい。10/2

電通がデベロッパーになって、高田馬場早稲田辺の大開発をするという話を耳にして、それではまた、地下鉄にただで乗ったり、学バス利用者を実力で阻止したり、半日で5万円のカンパを集めたりできるのか、とぬか喜んだりした。10/2

私は生まれて初めて芝居の演出をすることになって、役者にいろいろな指示を与え、「さあ行ってみよう!」と叫んだが、なにも起こらなかった。それもそのはずで、まだ脚本が出来ていなかったのだ。10/3

12時から試験だというので、学友諸君と一緒に教室で待機していたが、担当教官のヒラオカが来ないので、みなメシを食いに行った。30分遅れでやって来た彼奴は、「半からだと思っていた。みんな戻ってくれよ」と、泣きながら訴えたが、みな知らん顔していた。10/4

新曲の録音でスタジオに缶詰になっていたら、突然頭が痛くなった。他のミュジシャンもそうだというので、神主を呼んでお祓いをしてもらったが、全然効果がないので、結局別のスタジオで録音することになった。10/5

曾祖父なんか知らないけれど、祖父と祖母が死んで、父と母が死んで、伯父伯母叔父叔母みんな亡くなって、私ひとりが取り残された。10/6

私の名前が、私が作製した文書からことごとく失われたので、2台のパソコンと3個の外付けHDDの中を大捜索して、見つけ出そうとしているところだ。10/7

お昼にランチを食べようと、会社からかなり離れた定食屋に入ったら、私の課のY嬢が、営業部の男たちに交じって女一人でサンマを食べていて、「お前はどうして自分の仲間とメシを食わないでここに来るんだ」と聞かれて「ほっといてよ」とそっぽを向いていた。10/9

台風の被害に遭った私の寺は、軍の移動テントのすぐ傍にあったので、兵士たちはすぐに修復してくれた。10/10

「家族A」は「家族B」に対して、かつて天人許すべからざる残虐行為をなしたことがあったので、しばらくは慙愧の念から大人しくしていたが、しばらくすると何事も無かったかのような顔をして、傍若無人に振る舞うようになってしまった。10/11

50行に及ぶ彼の大長編詩の冒頭は、「それから私は」という言葉だった。10/12

諸君、喝采し給え。若き天才建築家の登場だ。10/13

ボクは、毎晩世界のラグビー選手が集る居酒屋で呑み食いしていたので、段々彼らの強さの秘密について知るようになっていった。10/14

ストックホルムだかヘルシンキだかで、母が列車に乗っている、という情報に接したので、急いで追いかけたのだが、ついに見つからず、返す返すも残念だった。10/15

私の職場では、怒り狂った社員が、朝から晩まで滅茶苦茶に電話を掛けまくるので、煩くてたまらないが、私だけ何もしない訳にはいかないので、取り合えず5か所に電話した。10/16

障碍者の親の会の打ち合わせに、どういう風の吹き回しか、成人後見人を名乗る男が登場し、自分がその後見依頼者ともども仏蘭西に行った折りの話をベラベラしゃべり出したので、皆の顰蹙を買った。10/17

初めて中国を訪問したら、周恩来首相が3千年の過ぎ来し行く方を懇切丁寧に解説してくれたが、その言い方では、過去から現在までの道行が絶対化されてしまうので、現政権に対する批判が出来なくなってしまう危険がある、と思った。10/18

もういいだろう、と思って外に出ると、例の男の子と女の子が、私を捕まえて、どこにも行かせてくれないので、私はエンエンと泣いた。10/19

私たち6人兄妹は、3人の伯父叔父の家に別々に引き取られて、お互いに会うことも無く育ったが、半世紀ぶりに再会したら、それぞれが能や歌舞伎や文楽の歌舞音曲にかかわる仕事をしていたので驚いた。10/20

「机の上の余分な物は全部捨ててください」と言われたが、昔の手帳だけは捨てられなかった。10/21

夜の11時から、池袋のスカラ座で試写会があるのだが、山手線が駅の手前で止まってしまい、焦りまくっている私。しかし、池袋にスカラ座なんてあるのだろうか?もしかして新宿の間違いではないのだろうか?10/22

ふと気がつけば、万人が万人に対する戦争の時代に入っていたので、及ばずながら、私も武装したのだった。10/23

インフルエンザからセキリ、エキリ、コレラ、エイズまで、何にでも効く万能予防注射が発明されたので、全国民が皇居前広場に集まって、「早く注射しろ!」と叫んでいるが、希望者があまりにも多く、長蛇の列になっている。10/24

オレが、ブッシュにからまったPCを探していると、5時から6時ごろに、不意を突いてオレをやっつけようという僚友たちのひそひそ話が、耳に入ってきた。10/25

原住民たちが、思いがけず我々に反抗したので、私は部下に対して、全員から武器を取り上げ、抵抗するようなら即銃殺するよう命じた。10/27

昨日エイギョウから依頼があって、なんたらかんたらフェアをやるので、その製作物を、という話だったので今朝シゲハラ印刷の担当者に来てもらったのだが、それを具体的に詰めようとしても、なんたらかんたらの実態が分からないので、手のつけようもないのだった。10/28

世界の終りが迫っていた。私は妻と一緒に電子辞書だけ持って、着のみ着のまま裏山に逃げ出し、「世界名言集」を検索しながら遺言を考えていたのだが、突然辺りは真っ暗闇になり、液晶も切れた。それが世界が終った瞬間だった。10/29

バルカン半島の緩衝地帯で衝突があり、現地駐在の日本大使館が「日本資本主義」という旗印を掲げていたので、私は急遽「日本国憲法」に差し替えた。10/30

ソロス君は、自分の子飼いの部下を、破格の高給で、自分が管理運営する秘密プロジェクトのメンバーに任命して、ますます実権を積み重ねていった。10/31

 

 

 

死の香り *

 

日曜日の午後に
出かけて

いった

もう
おとといか

ロジャー・ターナーと
高橋悠治の

DUO
“たちあがる音楽” に

いった

青嶋ホールという
コンクリートの打ちっぱなしの音楽堂で聴いた

ロジャー・ターナーのドラムス・パーカッションと
高橋悠治のピアノのDUOだった

ロジャーは
シンバルにフォークを突き刺した

キーキー
引き裂いた

高橋悠治はピアノをピアノで無化していた

そして

無音に
帰る

意味がなかった
無意味とも違う

佇む

ヒトがいた

星空を

過ぎる風が
いた

流れる乳白の星雲がいた

いつまでも
なつかしい死者たちの横にいて沈黙の音を聴いている

女たち
男たち

ヒトの生は死の香りがする

 
 

* 工藤冬里の詩「捕虜となった私」からの引用

 

 

 

捕虜となった私

 

工藤冬里

 
 

凱旋の辱め
前列からの分断
同じ花でも
死の香り

線の細いピカチュウの描画が
ミスドの包み紙にコラボされているが
油はその線の中で完全な勝利を収めており
線の細さも油からその香りを引き剥がすことはできない

死刑執行を命ぜられた兵士は自殺する

油も線の細さも私を死から引き剥がすことができない
糾弾の雹は直径15.5センチ
部屋に
イカの甲(フネ)の凹みが現れ
3D画面に吸い込まれる
私は自分の舌をかみはじめた

それにしても贅沢な浪費!

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その44

 

佐々木 眞

 
 

 

ええとお、お母さん、「巣だちの歌」印刷して。
分かりましたあ。

お母さん、シャッターチャンスって、なに?
ちょうどいいときよ。

同窓会って、なに?
同じ学校出た人が集る会よ。
ドウソウカイ、ドウソウカイ。

蓮の花見るだけにするの?
どうしたいの?
見るだけにしますよ。

停電怖かったですお。
そう。どうしてたの?
懐中電灯ついてたお。
そうなんだ。

二人乗り禁止だよ、と言ったよ。
誰が?
ヒロシさんが。
いつ?
むかし。

ヤブコウジ、お正月でしょう?
そうだね。

お母さん、たかみねの花って、なに?
どんな字を書くの? あ、それは高見の花。手が届かない所に咲く花よ。

お父さん、停留所は止まるところでしょ?
そうだよ。

電車は、ホームの中ほどで待つんでしょう?
お父さんは、いつも端っこで待つんだけど、誰が言ったの?
駅のおじさんが。放送で。
あ、そうなんだ。

―小林散髪屋でトイレを借りて
おばさん、ネコいますお?
うちのネコだよ。
うちの息子は犬とか猫が怖いんです。
そうなの。

さて問題です。耕君がジュースを買いに玄関を出たとき、まずどこを見るべきでしょう?1番まんなか、2番右、3番左。
1番!
ブブー。
2番!
ブブー。
3番。
ピンポン。左からやってくる車を見ないと轢き殺されちゃうよ。
分かりましたあ。

お母さん、もうすぐ「なつぞら」終わりますよ。
そうね。今度何をやるのかしら?
「スカーレット」ですお。
そうなんだ。

ハスは、水張ればいいでしょ?
そうね。
どうやって張るの?
水を入れればいいのよ。
じゃああ、と入れるの?
そうよ。お水をじゃああ、と入れるのよ。

お父さん、日光、東照宮でしょ?
そうだね。

解消って、なに?
元に戻すことよ。
停電解消だってよ。
そう、良かったね。

途中下車って、なあに?
途中で降りることよ。

お母さん、ぼくムクゲ好きですお。
お母さんもよ。
うちにムクゲある?
ありますよ。庭に咲いてますよ。

クイズタイムショック、好きでしたお。前。
そうなんだ。

お父さん、「しかし」の英語は?
Butだよ。

ぼく、薔薇の花、好きですよ。
お父さんも。

お母さん、疑うって、なに?
ほんとのことかなあ?よ。

 

 

 

放射

 

道 ケージ

 
 

そのとき放射が起きるのだった
下り沈み落ちゆく
娘はほっとしたように悔恨を包む

私の脂肪の臭気はこの深海では
ネクトンを呼ぶ
小さな蟹たちがよってたかって
つまんでくれる
かゆくないのに

「なぜ嫌いだったのだろう」
娘は考え、波は答えず目を背け
「せいせいした」と下の娘がおどける

放射と見まごうのは
イガイ科ヒラノマクラの蝟集
「マカロニに覆われてるみたい」

ガスで膨れ皮膚は障子のように破れ放題
骨までくずれ醜く臭い
圧力か、どうも動きづらい

それでも忘れないでほしい
と言うことを忘れてしまった
浮かべねぇなぁ

サンパウロ海嶺水深四二〇四mの海底における
鯨骨生物群集
四十一種の生物はほとんどが新種である
深海熱水噴出口と同様、シオリエビが群着
ベントスは鰓で適当を過ごす
正義はないから
硫黄酸化細菌と硫酸還元細菌およびメタン菌に頼る
任せた
腐りきっているから

そのとき放射は肉を裂き
腐食性多毛類の幾千
「静けさに堪えよ。幻に堪えよ。生の深みに堪えよ。
堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ。
一つの嘆きに堪えよ。無数の嘆きに堪えよ」
とは原民喜である

琴クラゲは皇帝の好み
わが目玉に
触手を伸ばしている

 

 

 

トポ氏散策詩篇 Ⅳ〜Ⅶ

 

南 椌椌

 
 


©k.minami+k.soeda

 


トポ氏がやって来た
15年ぶりくらいの来訪だが
そんな素振りは些かもなく
窓からひょいと入ってきては
少し休ませてくれと
いきなり ごろりと横になった
そう 手土産だといって
焼津の桜えびを ほいと置いた
軽いいびきを立てて
秋のふかまるにまかせ
三日ほど眠っていただろう

トポ氏は夢をみていた 
夢をみていた 哀しいような 
いやそうでないような
トポ氏の仮装の父さんが 
踊りながら帰ってくる
酔っているのか 傾いたまま 踊ってる
西からの放射状の光が 
踊る父さんを射る 射る
you go home alone と歌いかけて
さざめいている 父さんすすり泣き 
トポ氏が眠る部屋で 夢が交換され 
あふれていた 


さて トポ氏も父さんも 
キリバスには行ったことがない
南太平洋の小さな島 共和国
広大無限な水域に
33の環礁が散らばっている
平均標高2メートル 椰子の木がそよぐ
想像力は360度 水平線の向こうからやって来る
人口は11万人を少し超えるくらい
椰子の実から採るコプラ油が 外貨を稼ぐ
2004年からオリンピックに参加しているが
選手団はいつも数人 もちろんメダルはないが
重量挙げのカトアタウ選手は記録よりも
競技後のダンスで知られている

2007年 キリバスのアノテ・トン大統領は
遠くない将来 温暖化現象の海水面上昇で
キリバスは海の中に消滅すると 危機を訴えた 
そして5年後のことだが
フィジー共和国のエペリ・ナイラティカウ大統領が
そんな事態になったら
キリバスの国民すべての移住を受け入れる
と声明を出した すごいことだ
人口80万人のフィジーが
11万人のキリバス人全員を
どうやって受け入れるのか
アノテ・トン大統領とエペリ・ナイラティカウ大統領は
1000人乗れるような貨客船を
遠い異国の 造船所に発注したかどうか
それなら100往復くらいで済むだろう
島の港から貨客船まで 艀で2000往復
時間は まだ少しある 少し


キリバスの先住民の血をひく人々の
踊りを見たことがあった
女たちは腰を振り まわしゆらし 
手や顔の表情は多くを語らない 
笑みを浮かべ おおらかで愛らしい
男たちも腰を振り 屈伸し跳び跳ねる
ユーモラスな仕草で笑いをとる
そもそも 笑うしかない
歌も太鼓も 腰を振って笑っている
いかにも南太平洋の音楽だ
カトアタウ選手は
16位というそこそこの成績をおさめたが
そんなことより 笑いのうちに
母国の水没の危機を訴え
キリバスダンスを踊るのだ

トポ氏はもう一度 寝返りを打ちながら 
口角筋を少しあげて(笑)
夢の日録に こう記した
この世紀の只中に ノアの方舟が 
南太平洋の奇跡を 綾取りしながら 
繰り返し 果てしなく 船出した


ところでトポ氏が見ていた夢は
キリバスとフィジーから
やがて霧バスの風景にかわる
キリバスと霧バス 安直な駄洒落だろうと
思ってくださって結構
だって そうだから

霧バスは霧で出来ている
霧の森を 音もなく走っている
鹿や リスや 野うさぎや 蛇いちご
咲きほこる 花たちの花粉も 霧の霧
運転手も あまねく 霧でかたどられ
紺の帽子と 白い手袋も 霧
トポ氏は 夢見ながら
なんて幻想的なんだ 
こうなったら 思い出も 霧だ
預言者の寝言も 霧だ
係累も 罪も死も 霧だ
反芻しながら また寝返りをうった

霧バスには ひとりだけの客
前から3番目あたりの席にちょこんと
小さくて軽そうな おばあさん
やっぱり 霧で出来ている おばあさん
フェリーニの 道の 
ジェルソミーナのようだけど
ミニヨンのママ フカサワさんだ
誰にでも さっぱりと 飾らない口調
素朴な花をいけて 店を飾り 
2000枚以上のLP盤のなかで
モーツァルトのピアノソナタ
誰の演奏が一番好きだったの
リリー・クラウス? ギーゼキング? ヘブラー? 
聞いたような気がするけど 忘れた
グールド? 近頃だれもが グールドっていうね
あたしゃ 好きじゃないよ
音楽も 霧でできている
グールドも 霧のようだけどね

霧バスのジェルソミーナ 
どこへ行くのだろう 
ヤマナシのふるさとか 
秋のおわり 深い霧 陰翳の森
ジェルソミーナ・フカサワをのせた
霧バスが 帰ることのない 道をゆく

 
 

空空空空空浜風文庫 次回に「トポ氏散策詩篇 Ⅷ Ⅸ Ⅹ 」を掲載予定。

 

 

 

浅い墓に埋める *

 

朝から
波多野 睦さんの

歌う

“溺れた少女のバラード” を聴いている

ブレヒトが

右翼に殺されて

運河に投げられた
ローザ・ルクセンブルクを悼み

書いた
詩に

クルト・ヴァイルが曲をつけた

天はオパール色にかがやいた **
神は(ゆっくり)忘れていった **

一昨日
姉と

電話で話した

秋田の西馬音内では
雪がたくさん

降って

朝4時に
起きて

雪かきをしてるといった

雪かきをしていると
姉はいった

去年まで
義兄がしていた

アフガニスタンでは
その医師も

銃撃され死んだ

浅い墓に埋める *
浅い墓に埋める *

そこにいつかはいる
そこにいつかこの男もはいる

今朝
庭のハクモクレンの花芽は雨に濡れて光っていた

いつか浅い墓にはいる

 
 

* 工藤冬里の詩「幻羊/浅い墓」からの引用
** 波多野 睦のCD「猫の歌」所収「溺れた少女のバラード」からの引用