家族の肖像~親子の対話 その42

 

佐々木 眞

 
 

 

去るって、なに?いなくなること?
そうだよ。

駅構内は?
駅の中よ。きっぷ買って入るとこよ。

お父さん、保土ヶ谷、保土ヶ谷区でしょう?
そうだよ。

お母さん、ゼンジさんねえ、近鉄丹波橋でお仕事してる?
そうよ。

お父さん、ご無沙汰って、なに?
お久し振りですね、のことだよ。

お母さん、ジョウトってなに?
譲り渡すことよ。
そうよ、そうよ、ジョウト、ジョウト。

テレビで新木場って言ったよ。ぼく今度、新木場行きますよ。
そう、いつ行くの?
わかりませんお。

お母さん、くつろぐって、なに?
ゆっくりすることよ。

お父さん、ロープウエイ、止まってますよ。
どこのロープウエイ?
大涌谷の。
ああ、箱根のね。

愛子さん、平成14年に亡くなったよ。
平成14年って、西暦なんねん?
2002年だお。
コウ君に聞くと、なんでもすぐわかるから便利でいいわ。

お父さん、それからの英語は?
アンドだよ。
それから、それから。

コウ君、この葉書、出してきてくれる?
いいですよ。
車に気をつけてね!
わかりましたお。

お母さん、居酒屋ってなに?
お酒を飲むところよ。

ご先祖さまって、なに?
おじいちゃんとかおばちゃんとかよ。

ホソカワさん、社長だったでしょう?
そうだったねえ。

お父さん、やりにくいって、なに?
それは、やりにくいことだよ。コウ君分かるでしょ?
分かりますお。

お父さん、左足の英語は?
レフト・フットだよ。
ひだりあし、ひだりあし。

お父さん、完成ってつくることでしょ?
そうだよ。でもなかなか作れないんだよね。

お母さん、予感って、なに?
そういう気がすることよ。

お母さん、感じるって、なに?
思うことよ。

座布団、綿でしょ?
そうだね。

お母さん、申すと甲、違うでしょう?
違うね。

お母さん、申し込むって、なに?
お願いします、のことよ。

結構、いいことでしょ?
そうだね。

お父さん、難しいの英語は?
ディフィカルトだよ。
デエフィカルト?
ディだよ。ディフィカルト。
デエフィカルト、デエフィカルト。

明日、西友行きます、お母さん。
分かりました。

離山好きですお。
離山って?
大船の。
ああ、ウダさんちのあるとこね。

ぼく、オオツカ先生好きだお。
そう。良かったね。

絶対離れちゃだめだお。

ぼく、ジュンサイ好きですお。
そう。
ジュンサイ、ハスに似ているよ。
そうね。

ミエコさーん、ぼく、さいたま市すきですお。
そう、お母さんも好きですよ。今度一緒に行きましょう。
いやですお。サイタマシ、サイタマシ。

お母さん、ぼく心配ないですよ。
何が?
マスイですお。
マスイ、できそうですか?
できそうですお。

お母さん、下らないってなに?
つまらないことよ。

遅れてるって、なに?
遅れてるってことよ。

だからって、なに?
それだから、よ。

コウ君、きょう夕飯なににしようかな?
コンスープがいいですお。コンスープにしてね。
分かりました。

お母さん、いかんにたえないってなに?
残念、残念ということよ。

お母さん、孤独ってなに?
ひとりのこと。耕君、孤独ですか?
孤独じゃないよ。

ワタナベさん、逗子に引っ越したの?
そうよ。

お父さん、スーパーワイドドア、凄いですよ。
そうなんだ。

お父さん、ケイタイ無くしました。
どこで?
ふきのとう舎の2階で。
あったの?
無かったお。

「若し」は若いっていう字でしょ?
そうだね。

お母さん、抜群って、なに?
ほんとにすごいことよ。

お父さん、ぼく地下鉄す好きですお。ブルーライン、ブルーライン。
ブルーラインてなに?
横浜の地下鉄ですお。坂東橋、坂東橋。

お母さん、御無沙汰って、なに?
長いことお目にかかっていませんね、よ。

 

 

 

夏の終わりに

 

みわ はるか

 
 

コスモスはあんなに細い茎なのに真っすぐ長く背伸びするように存在している。
一番てっぺんにはあんなにも可愛らしい花を咲かせる。
仲間と共に集団で並んでいて、不思議なことに多少の強風には身を任せるだけで折れている所をほとんど見たことがない。
風に吹かれてゆらゆら揺れている姿にはか弱い印象ながらもあるがままを受け入れるたくましささえも感じる。
その上空には早くもトンボが飛び始めていた。
秋はもういつの間にかやってきたみたいだ。

9月の1回目の3連休、わたしは地元の友人宅に招かれてバーベキューをした。
メンバーは3人で中学を卒業してからは疎遠になっていたが、それぞれが大学生のころから定期的に再開するようになった。
そこで必ずやるのはトランプの大富豪だ。
わたしがトランプ係になぜかなってしまったのでいつも忘れないように気を付けている。
掌サイズの小さいもので、裏にはクリスマスの時にかぶるような帽子をかぶったクマがデザインされている。
「Merry X’mas」と大きな文字で書かれてもいる。
かれこれ10年近く使っているのでボロボロになってしまった。
小さくてシャッフルしにくいとか色々ぶつぶつ文句もでるけれどどうしてもわたしはそれを使い続けたい。
思い出に勝るものはなかなかないと思っているから。
だからその日持って行ったトランプももちろんそのボロボロのトランプだった。

雲一つない青空、気温も容赦なく昼に近づくにつれ上がっていった。
外の木陰にいるにも関わらず次から次へと汗が滴り落ちる。
炭と着火剤を使って火をおこすとあっという間に炎が姿を見せる。
せっかく奮発していい飛騨牛を買ったのにみるみるうちに黒焦げになってしまった。
みんなでトングをせわしなく動かして肉を救出した。
貝殻の上にのったホタテはいまいち火が通ったのか分からなかったのでひっくり返して貝殻が上になるようにしてみた。
そしたらなんといい具合に焦げ目がついて醤油を垂らすとそれはとっても美味しかった。
殻ごと焼いた大きなエビは手をベタベタにして殻をむいて食べた。
まるで子供みたいに体裁を気にせずかぶりついた。
肉、野菜、海鮮・・・・・・、様々な新鮮な食材を網に並べると色鮮やかできれいだった。
炎天下の元、ジューといい音が食欲をそそった。
みんな笑っていた。
それはわたしが昔から、ずっとずっと昔から知っている友人の笑顔だった。
大人になった分顔も少しは変化する。
だけど、笑った時にできるえくぼ、生まれた時からずっとそこにあるほくろの位置、切れ長になる目。
変わらない部分を確認できたときものすごくほっとするのはわたしだけだろうか。
どんなライフステージにいてもやっぱり人間笑っている顔が一番いいなと思った。
それが自分の家族や友人、大切な人ならきっとなおさら。

〆のラーメンを食べた後、エアコンで涼しくなった部屋の中でもちろんトランプをした。
それは3時間程に及んだ。
ずーっとほぼ大富豪。
たまに飽きてきたら7並べ。
それの繰り返し。
よく飽きないなと言われるけれど、みんなの顔色をうかがってカードを出していくゲームはただ単純に面白い。
たまには何時間も熱中してアナログのカードゲームをするのも悪くない。
色んな事、ぜーんぶ忘れてただ目の前のカードの数字に集中する。
勝利を確認してニヤっとしたり、逆転されて本気で落ち込んだり、敢えてカードを止めてちょっと意地悪してみたり。
そんな時間は何にも代えがたい宝物になる。

「stand by me」という映画がある。
幼少の頃の友情は貴重で永遠で、二度と戻ることはできないけれど忘れるとこはできない瞬間である。
そんなメッセージを伝えているものだ。
わたしは古い友人に会う時、この映画をよく思い出す。
古い友人と言える人がいてくれてよかったな、それだけで人生は豊かだなと思える。
これからはもっと会う頻度は減っていくと思うけれど、みんなの心にはきっと薄れることのないそんな日々が残っている。
それだけできっと十分だ、そんな気がする。

 

 

 

ラッパと長靴

 

塔島ひろみ

 
 

ゴルフ練習場から球を打つ音が聞こえてくる。
その裏に沿い神社へと続く道は行商豆腐屋の通り道で、
今日もラッパを吹きながらバイクを低速で走らせていると
「お豆腐屋さーん!」と声がかかった。
それは古い木造アパート脇の静かな場所だ。
高齢の男性が2階から声をかけ、タッパーを手に降りてくるまでの間に豆腐屋はバイクを降り、スタンドを立てると、チョコレート色のガードレールに近づいた。
おいしそうな色のガードレールが整然と続き、歩道を歩く人を交通災害から守っていた。
根元ではところどころにペンペン草がこんもりと茂り、生温かい風に揺れている。
豆腐屋はガードレールの上部を両手で持ち、長靴の足で強く、蹴りを入れた。
それから下の雑草の辺りも、ゴンゴンゴン!と、蹴り潰す。
豆腐屋の顔は戦争のように厳しく、暗く、一言も発さない。

高齢の男性が到着した。
その頃豆腐屋はバイクに戻り、荷台にくくりつけた冷蔵ボックスの蓋に手をかけて男性を迎える。
腰が曲がり、足の弱った男性をいたわり、体の様子を聞き注文を受ける。豆腐を男性の持ってきた容器に入れ、油揚げをポリ袋に入れて手渡し、金を受け取る。

すべてが終わり、男性は家へ、豆腐屋はヘルメットをかぶり直し、バイクにまたがる。エンジンをかけ、出発する。
プーププー。豆腐屋の息を含んだラッパの音は、次第に薄く、遠くなる。

代わりに、思い出したようにゴルフ球を打つ間延びした音が聞こえ出し、黄砂のように辺り一帯に充満する。

・・・・・

路肩に停車するオレンジ色のトラックのドアが、静かに開いた。
中でパンを食べていた犯人は、帽子を被り大きなマスクを装着し、
高齢男性と豆腐屋がいなくなった道にコソと降り立つ。
そして豆腐屋が蹴り飛ばしたガードレールのところへ行った。
ガードレールは傷はなく、汚れてさえいない。
雑草は少し折れているが、もともと折れていたのかもしれない。枯れ始めて汚らしい雑草だった。

犯人はしばらくガードレールを触って豆腐屋を思った。

 
 

(9月28日、新小岩サニーゴルフの裏手で)

 

 

 

Mobile Destiny

 

今井義行

 
 

ボブ・ディラン は、1964年に
「時代は変わる」と言った そして、いまも、時代は 変わり続けてる

≪I miss you≫ ≪I need you too≫ ≪I promise≫ ≪I promise too≫

小室 哲哉(引退) は 、Electro Meister 堕ちたと言われても 再評価 間違いない
世界進出を 目論まなかったのが 良かった 旋律に日本語を 載せ切れた人だ
「1990年代後半から 表現への接しられ方が
決定的に変わってきてしまった」と 2017年に 言って る

≪I need you≫ ≪I miss you too≫ ≪I promise≫ ≪I promise too≫

「ストリーミングの時代になり シャッフル再生が 当然 と なり
アルバムの 曲順構成は もう 意味を 成さなくなった」 と ────

≪Just be patient and careful to yourself… think good things in life that can happen to us… smile and be happy… I wanna be with you for the rest of my life!≫

と いうことを 考えると 「詩集」 という 器 の中の 詩の 並び順
と いうのも 今後 おおきな 意味を 成さなくなるので はないかな?
気に入った詩から読み、そうでない詩は、あとにまわす
気に入った詩は 読み、そうでない 詩は、スキップしてしまう。

スキップ!!

アルジェリーは、ドーハで 会社秘書を している フィリピン人 女性
わたしは、東京の 江戸川区で 暮らしている 日本人
出会いは Facebook上の一瞬の出来事 昔から知ってる者同士みたいな気がした

はじまりから メッセージや ビデオコールの 送受信を 1日も 絶やしていない
Mobile Destiny
私は 私たちの関わり方を そう名づけた

アルジェリーとわたしの ビデオ対話は 1日 僅か5分
それは とても尊い 5分・・・・・・・・
わたしは 彼女との コミュニケーション能力を 高めたくて
毎朝3時から4時までを
スマホでの(ベッドで横たわったままの)
英語学習に 充てて る

そのとき アルジェリーから「Good Night, My Yuki」という
メッセージが届き 対話がはじまる。
時差があるから わたしは「Good Morning, My Argerie」だ

「I miss you」 「I miss you too」 「I want you」 「I want you too」

対話をしなから ふと 液晶パネルを 見ると
アルジェリーが 泣いている ことがある 「Naze,Crying?」
「Watashi wa ,Lonliness………」「Lonliness………? 私は、ここにいるよ!」
共有時間を 多く持てないことも あるかもしれないけれど
聞けば 彼女には9人のボスがいて それぞれ国籍が異なり
1日中 おこられどおしで 仕事が終わることもあるらしい

「Watashi wa ,Lonliness………」
「Take Care, よくねむれますように………」

≪I wanna be with you for the rest of my life!≫

アルジェリーは 表通りを 忙しく 歩き回る時 おそらく 笑顔の綺麗な 楽天的な
女性だろうとおもう だから、多くのことを 任され過ぎるのだと おもう
3人の娘たちの教育費 実家への送金 なみだを晒してもらえるのは嬉しい

スキップ!!

2009年 4月11日
Britain’s Got Talent に出場した 垢抜けないおばさんが
レ・ミゼラブルの ≪夢やぶれて≫を 朗々と歌い上げて
観客や視聴者の気持ちを 鷲掴みにした
≪夢やぶれて≫どころか その日 夢はかなったのだ ──

Susan Magdalane Boyle の話 そんな人もいる

スキップ!!

アルジェリー、私たちが 結婚して 日本で暮らすなら
富めるときも 貧しきときも 健やかなるときも 病めるときも

、、、、、、、 いや、富めるときは、ない。
いま 私は 困難な問題に 直面しているのですか

もしも わたしたち ここ での
Mobile Destiny もとめるなら まだるっこしい 助詞は要らない
わたしたち  深まるため  方法  覚えあう
覚えあう

「We pray」  「We pray」  「We pray」

アルジェリーの 宝物は 家族 家族への愛の 還元が、私を含む
家族 みんなを いかしめる

私は、3人の娘を養女にするつもりです、アルジェリー
3人の娘は 5人家族に なりたがって る
愛しあっていれ ば あたりまえの こと でしょう ・・・・・・・?

富めるときも 貧しきときも 健やかなるときも 病めるときも

、、、、、、、 いや、富めるときは、ない。
いま 私は 困難な問題に 直面しているのですか

みんな しあわせ なりたい けど
いま 私 困難な問題に 直面 しています ───

多くの// 人が// 越えて// 生きたいと おもってる

スキップ!!

フィリピンのカーニバルのエレポップが聴こえてくる
駅の階段の下には

乞食が 死んでも いるだろう

今年のクリスマスから 来年のニューイヤーに
かけては フィリピンで 過ごす予定

それが 最期に ならないことを いのる

 

 

 

雀は地面に落ちる *

 

高速バスで出かけていった

金曜日
午後

由比の港を見て
車窓から駿河湾の平らに光るのを見ていた

中野のギャラリー街道の羽鳥書店で小島一郎を買った
ほしかった写真集だった

それから
高円寺のバー鳥渡でビールを飲んだ

もう一軒
行った

翌日は

また
街道で

尾仲浩二さんの写真集”Faraway Boat”を買った

雨の中
おんなが歩いていた

それかららんか社のたかはしけいすけさんに会い
“オレゴンの旅”をいただいた

これもほしかった本だ

銀座に出て曽根さんと会い
原さんの絵を見た

神田で曽根さんと日本酒を飲んだ
ラグビーで騒がしかった

馬込の曽根さんのアパートに泊まらせてもらった
部屋には版画の鉄の機械が置いてあった

翌日は日曜日だった

恵比寿の写真美術館で”Her Own Way”という展示を見た
ポーランドの女性作家たちの展示だった

アイマスクをしたおんなが「教授!教授!教授!教授!教授!」と何度も叫んでいる映像を見た

雀は地面に落ちる *
落ちるように降りる *

雀が土の上のパン屑を拾って飛び去るのを四谷三栄町の公園で見たことがある

 

* 工藤冬里の詩「愛の計量化の試み」からの引用

 

 

 

愛の計量化の試み

 

工藤冬里

 
 

目を閉じて
色を思い描こうとするが
●目を閉じると
●マチエールは思い描けるが
色を思い描
色は思い描けなかった
色は思い浮かばなかった
●色を思い浮かべることはできなかった
●目を閉じると
●色は記号化されていた
目を閉じると
色は思い描けなかった
脳内に言語として貼り付けられているだけのように思われた

目を閉じて
色をひとつひとつ
ひとつひとつ色を思い浮かべようとしたが
目を閉じると
色を思い浮か
色は思い浮かばなかった
目を閉じると
色は記号化されていた
色は言語
色は記号化されている
目を閉じれば
色は記号化されている
●瞼を閉じれば
●色はただ記号なのであった
目を閉じれば
色はただ記号
目を閉じると
色は
瞼を閉じれば
色は記号化されていることがわかる
色は目
色は
脳に貼り付けられている
瞼を閉じれば分かることだが
色は
脳に貼り付けられた言語である
なぜ放置されていたのか
色も折れるのか
気持ちが沈んでいるのではないか
どうしたいと思っているのか
再建させてください
家は荒れているんです
壁の色を思い描けない
焼かれたままになっているのに
見たことのない輪郭に色はない
そのオブジェに色をつけることは出来る
ただそれよりも
瞼の裏の残光が強い
記号は光ではないからだ
弁当箱の昆布の佃煮のような声だったから
黒だが
前にもこんなことがあった
記録はスマホで

空白空白空0

また同じ場所

また同じ場所で
上と下に伸びて行く
根も実もないが
手負いの獣のように
宙空に出現する

空白空白空0

考えに高低があること
天と地ほどに差があるということ
傷付いたので言う
何種類の昆虫を見たか
感覚の拡張
光に縁取られた葉
太い線でうちそとを分けるタイプの
薄い色のマシン
犠牲で測る大きさ
考えに高低があるように
愛は計量化される
撫肩の威厳
すべての撫肩の威厳よ
すべての役割語の語尾よ
鉤括弧の外の句点 中の句点
髪の毛の数と色
雀は地面に落ちる
落ちるように降りる
十万本
数える
ユダの長所
字が綺麗
ぶしゅぶしゅと世の空気が入った巨躯
心を大小で計量する
血管の膨らみ
人によって異なる川
川が踵を返して青く逆流してくる
つまらなかった
トキ
遅れ
早まり
金土
頭の形で国を識別
SFの映像
ユキは脆い石像のようだ
両生類の声
錦帯橋の堅牢
筆致にも高低がある
太い線細い線 赤
両生類と思っていたが ハギ
畑に耳を植える
威厳というソース
血管
カーテン
白粉(おしろい)
胴回り
城門
信頼
手の窪み
白い鞘の中に寝そべる

濁った海水
釣り上げる
赤い下地こわい
細い木目
弱い
91
35
きらいだけれども幸福
汚れ仕事
黒が濃すぎる
ていうか 浮いてる

きらいだけれどもたのしむ
信頼を計量化できるか
名前の移行は緩やかに行われた
母は百五歳

 

 

 

虫の音でミタス

 

正山千夏

 
 

夜の公園を歩く
虫の音の充満する9月の終わり

夏草から枯葉に変わりはじめた草
ざくざくと踏み

虫の音の向こうには
高速道路クルマ走る唸る声

夕暮れから夜に変わりはじめた空
まだうろこ雲が見える

頭の中ぎゅうぎゅうに詰まった
ツマラナイ刺激のループ手放せば

入り込んでくる虫の音で
私が満たされていく

 

 

 

秋が近づくとわたしは

 

ヒヨコブタ

 
 

秋が
近づくとわたしは
秋がうつくしいことも
冬への準備が始まっていることも
見たくなくなってしまう

落ち葉となる葉を選んで踏み歩くというのに
そのこころは軽やかになるはずと知っているのに
なぜだ
すっとしみる記憶の日々が連なる秋が
いつも
すこしだけ見たくなくて
けれども
冬に続くその時季を
ほんとうは
愛していると

ゆれる
ずっとずいぶんゆれる
こころがゆれる
ゆらす手は
わたしの手だと
知っていても
すこしだけいつも
こわいとも思うのは
うつくしさもかなしみも両方なのか

だいじょうぶ
ほんとうは知っているのだから
うつくしさのある世界を

 

 

 

鎌倉三文オペラ<全4幕>

音楽の慰め 第34回

 

佐々木 眞

 
 

序幕

 
亡年亡日
昔ひとりのあきんどが、諸国一見の旅をしながら、屑払いの仕事で僅かに口を糊していました。

わいらあ、しょこくいちげんの屑はらい
クズイイイ、くずいい、おたくのどこかに、屑はないかいなあ
いままでみんなが捨てていたあんなもの、こんなもの、みーんなまとめて超々高値で引き取りまっせ

いくらで引き取るかって?
例えば、初代のリカチャン人形→、5万円以上
ビックリマンシール「スーパーゼウス」、10万円以上
壊れたオーディオ機器、8万円
昔使っていたバイクのヘルメット、1万円
状態によって金額は前後するけど、このように意外な品物に意外な金額がつくことが、ほんまにしょっちゅうありまっせ

んで、おたくにこんなもん、あらしまへんかいな

毛皮のコート、スーツ、洋服全般、ジーパン、デジタルモンスター、ブランドバッグ、ブランド洋服、参考書、鉄道チケット、ゴルフ用品、ウクレレ、貴金属、使い古したアクセサリー、片方のピアス、石の取れた指輪、イミテーションアクセサリー、ネクタイピン、カフス、ピンバッチ、エアコン、車のバッテリー、シンセサイザー、こけし人形、贈答品のお皿類、亀の剥製、火鉢、革製品、自転車、車のパーツ、電子ドラム、ウオシュレット、スポーツ用品、お酒、ワイン、ブランデイ、ウイスキー、芝刈り機、圧力鍋、包丁、ミキサー、ギター、釣り竿、ルアー、キャンプ用品、筋肉マン消しゴム、レゴ、ファミコン、プレステ、ネオジオ、pcエンジン、ゲームソフト、古いキューピー人形、美容器具、健康器具、TOMY、市松人形、キャラクターカード類、切手、収入印紙、コイン類、レコードプレーヤー、オープンリールデッキ、望遠鏡、三味線ばち、ハッピーセットの景品、映画の半券、期限切れの仕立券、トランシーバー、カラオケセット、昔の携帯電話、電子ピアノ、ブランデーの空き箱、炊飯器、サーフボート、リモコン、カタログ、取り扱い説明書、ポイントカード、懸賞応募シール、芸能人記載の新聞紙、象牙、サックス、パイプタバコ、シルバニアファミリー、リカちゃん人形、ペコちゃん人形、マルちゃん人形、エースコック人形、壊れたエレキギター、古いバイオリン、フィギュア、ヒーローものオモチャ、使えなくなったカメラ、骨董品、鉄器、鉄瓶、茶器、銀盃、香道具、日本刀、学生制服、様々な業種の制服、天然流木、古びた漫画、チョロQ、ミニカー、アンプ、昔のapple製品、ビックリマンシール、ギザ10、MDプレーヤー、ポケモンカード、テレフォンカード、フロッピーディスク、ウオークマン、壊れたカセットレコーダー、昔のカセットテープ、ブランデーの空ビン、南京虫(婦人用時計)、古いアンプ、昔のベータテープ、工具、壊れたパソコン、鉄製のミシン、壊れた時計、使い古しの化粧品、香水、ブランド品の空箱、F1ポスター、欠品プラモデル、のこぎりの刃

などなど、なんでも高値で引き取りまっせ

 

第2幕 片方のピアス

 
亡年亡日
昔沖縄で結婚式を挙げた時に、白い砂浜に片方の青いピアスを忘れてしまった八島洋子ちゃんは、小町通りを左に折れた鏑木清方記念美術館の前で、赤瀬川原平氏と連れだって歩いていたこおろぎ嬢と出会った。

左の耳に青いピアスを付けた八島洋子ちゃんは、朝顔の柄の浴衣を着て、紅いぽっくりを履いたこおろぎ嬢めがけて、ぐんぐん近づいていく。

こおろぎ嬢の右の耳には、青いピアスが小町通りの夕陽にキラキラと輝いていた。

 

第3幕 期限切れの仕立券

 
亡年亡日
若い母親たちから、憲法9条についての講演を頼まれた劇作家の井上ひさし氏は、御成小学校の中にある木造校舎の一室で、レジュメを出そうとしてポケットの中をさぐっていた。

すると、昨夜書いた講演会のためのレジュメの代わりに、皺くちゃになった紙切れが出てきた。

それを広げて良く見ると、銀座三越の特選スーツの無料仕立券であったが、生憎ちょうど昨日で期限が切れている。

井上ひさし氏は、チエっと舌打ちすると、その仕立券を丸めて、部屋の片隅にあった屑籠にポーンと投げ入れた。

 

終幕 壊れた時計

 
亡年亡日
新橋の内幸町のNHKホールで大道具のアルバイトをしていた、当時慶應義塾大学商学部4年生の加藤幸吉君は、「歌のグランドショー」の裏方の仕事を夢中になってやっている間に、父の形見のオメガの銀時計を失くしてしまった。

加藤君は「歌のグランドショー」の空舞台の最前列で、「こんちくしょおおお! こんちくしょおおお!」と、何度も何度も悲痛な声で嘆き悲しんだが、いくら探しても、いくら叫んでも、時計はとうとう出てこなかった。

それから何十年も経ち、リタイアしてから鎌倉に住む加藤君は、市立中央図書館の帰りに、ニンニクもニラも入れない山本餃子の餃子をお昼に食べようと思いついた。
餃子の本場中国では、ニンニクもニラも入れないのである。

狭い山本餃子の横一列のカウンターには、幸い一人しか先客はいなかった。

やれうれしや、とグラグラと不安定なイスタンドに腰を下ろした加藤君は、いつものように餃子9個入りの「餃子定食中」を頼んでから、ふと隣の客を見ると、加藤君とほぼ同年代の後期高齢者が、次々に餃子を平らげている。

しばらくして加藤君は、その男の左腕に、古いオメガの銀時計が嵌っているのを認めた。
さっきから秒針はまったく動いていないので、きっと伊達時計だと思われるが、その時計は、昔むかし若き日の彼が、内幸町のNHKホールで失くしたオメガに、じつによく似ていた。

気がつくと加藤君は、すでに勘定をすませて店の外へ出ようとするその男の左腕を、ムンズと掴んでいた。

 

*この作品は、我が家に配達された「珍品新聞号外」の文章を、出張買取「トータル」の代表、坂根太郎さんのお許しを得て一部リライトして使用しました。

 

 

 

私にだけ支えがない *

 

おとといの夜に
帰ってきた

女は
シンガポールから

帰ってきた

飛行機は台風の渦の外側に沿って
飛んできたのだろう

日曜の夜
酒を飲まず

男は車で駅まで迎えにいった

土曜日と
日曜日と

ソファーでモコと横になっていた

一度だけ
水曜文庫に行って

矢川澄子を買った

美しい女だ
美しい女がいた

奇跡のようだ

どこかに美しい男もいるのだろう

美しいは
ヒトの

感情だろう
鮮やかで快く感じられ

綺麗と
場合によっては

口に
するだろう

どうなんだろうか

十年くらいは通用するだろうか
一万年くらいは通用する感情だろうか

矢川澄子は美しい

死んでいった
死んでしまった

蜂のような うなり声がする *
蜂のような うなり声がする *

それは 男のうなり声だ
グールドのようにうなっている

私にだけ支えがない *
私にだけ支えがない *

男のうなり声は宇宙を吹き過ぎる風だ
男のうなり声は宇宙の暗黒のふるえる声だ

 
 

* 工藤冬里の詩「裏返った初夏の凄惨」からの引用