曽根さんに
誘われた
どう
そう
言われた
それで神田で
飲んでしまった
温燗を飲んだ
深夜
雨の道を帰った
朝に
目覚めて
雨の音を聴いていた
水道から
コップに水を出して飲んだ
冷蔵庫の
冷えたプラムを食べた
美味しかった
美味しかったな
曽根さんに
誘われた
どう
そう
言われた
それで神田で
飲んでしまった
温燗を飲んだ
深夜
雨の道を帰った
朝に
目覚めて
雨の音を聴いていた
水道から
コップに水を出して飲んだ
冷蔵庫の
冷えたプラムを食べた
美味しかった
美味しかったな
背丈よりも高い草が山道をふさいでいる
かきわけて進む
山陰に入り草が途切れてようやく視界を確保
もう六月の半ば
若々しい緑は濃い色に変わっている
イタドリも山ウドも太い茎に
樹木に変身しようとしている
陽当たりのよい斜面に生えている太いワラビは
どれも折り取られて傷口は黒く変色しているから
この山道に人が来たのはずいぶん前だ
水の音がする
そろそろ滝が見えるはず
数十メートルの垂直な断崖を大量の水が落下する
この山道から遠望するだけだが
水滴をふくんだ風を感じる
あたり一帯 山また山
車道から全く見えないので
滝を見ようとするとこの山道しかない
去年の春もこの山道から滝を見た
五月の終わり、雪がまだ残っていた
明るい緑に包まれ
勢いよく雪解け水がザアザアと滝を落下している
静かな春の山のなかで荒々しい水音だけが響いている
滝を眺めつづけた帰りに
ホトトギスのさえずりが聞こえたから
山道をはずれて木々のあいだをわけいる
三本の漆の木が目印だ
道はないから草を踏みしめ
奥へ
奥へ
クサソテツの若芽が群生して
明るく開けた場所にふっと出た
ホトトギスの声がやんだ
まんなかの窪地に池がある
底まで澄みきった透明な水が満ちている
その水の中を
真っ黒い魚が悠然と泳いでいる
金魚のようなひれ
鮒と金魚のあいだで宙づりされたみたい
透明な水の底にはサンショウウオが数匹動いている
ゼリー状に包まれたカエルの卵のようなものも
絡まるホースになって池のなかを揺らいでいる
池の周囲のシダ類 クサソテツも揺れている
ゼンマイの綿毛も
人はきたことがないようで魚もサンショウウオもゆったりしている
しばらく見つめつづける
帰ってもなお
私のなかを落下する水
私のなかに静かに横たわる水
揺れているもの
今年も行こうと
生い茂る草
道そのものが薄れ
滝は成長した木の枝葉でさえぎられ
一部しか見えない
落下のかけら
池の入り口をさがす
三本の漆の木がない
何度道を上り下りしても
もう
「オレの生徒にクズはいねえんだよお!」
耕君、それなあに?
ドラマの「GTO」ですお。
「お父さん、体が悪くなったら病院でしょ?」
「そうだよ。耕君どこか悪いの?」
「悪くないお」
「悪くなったらお父さんにいうんだよ」
「はい、分かりました」
「お母さん、ぼく常磐線好きですお」
「そう、じゃあ今度乗ろうか?」
「嫌ですお」
「アイラブユーって好きなこと?」
「そうよ」
「アイラブユー、アイラブユー」
「バージンロードって結婚するとき?」
「そうよ」
「バージンロード、バージンロード」
「ビッチョビチョ、ビッチョビチョ。ビッチョビチョって、汚いことでしょ?」
「そうだよ」
「ビッチョビチョ、ビッチョビチョ、ビッチョビチョ、ビッチョビチョ」
「めちゃすきやねん、めちゃすきやねん」
「なにそれ?」
「お母さん、のんだくれってなに?」
「お酒を飲みすぎて迷惑をかけることよ」
「のんだくれ、嫌ですねえ」
YMCA GO GO GO!
YMCA GO GO GO!
お母さん、ぼくYMCAのリーダーですよ!
「お母さん、たしなめるってなに?」
「そんなことしちゃだめよっていうことよ」
「お母さん、たしなめる、たしなめよう、たしなめておくれようってなに?」
「君をなくしたら悲しいでしょ?」
「悲しいですよ」
「君、君、君」
「営業ってやることでしょう?」
「そうだよ」
「営業なんて、営業なんて、営業運転されることになりました」
「ついては」ってなに?
「それについては」ということよ。
「車体構造ってなに?」
「車体の構造だよ」
「車体構造は、ほぼこうなっています。6扉車登場ね」
なんで緒形 拳「しゃべるな」っていったの?
苦しいからでしょ。
しゃべると気持ち悪くなるからでしょ。
「お母さん、ぼくはしあわせになります」
「耕君、しあわせなの?」
(無言で2階に消える)
「お母さん、お金は買い物するときでしょう?」
「そうよ」
「買い物するのはぶたぶた君だお」
「気象情報って、天気予報のことでしょ?」
「そうだよ」
「お父さん、仮面ライダー好き?」
「好きだよ」
「ぼく、仮面ライダー好きですお。こうたろうさん、好きですお」
「お母さん、おもてなしってなに?」
「気持ちよくすごしていただくことよ」
「そ、そうですよ。そうですよ。おもてなし、おもてなし」
「お母さん、気まぐれってなに?」
「自分の好きなことばかりしていることよ」
「気まぐれ、気まぐれ、気まぐれですお」
ふきのとう舎へ行く時は、桜ヶ丘駅で、降ります。
藤沢から各停に乗るか、急行で乗り換えることができます。
長後から出発して、急行に乗ったら、大和まで行ってしまいます。
ふきのとう舎に行くに時は、大和まで行かないようにしましょうね。
「お父さん、6のさかさまは9?」
「そうだよ」
「お父さん、ごきげんようの英語は?」
グッドバイ、シーユーツモロー。
「お母さん、黙祷ってなに?」
「目をつぶって祈ることよ」
「ぼくキシモト歯科いきませんお、いきませんお」
タクちゃん「しあわせになろうよ」みた?
きっとみたと思うよ。
「しあわせになろうよ」は黒木メイサでしょ?
「お父さん、お母さん治ってほしいですねえ」
「そうだねえ、治ってほしいね」
「お母さん、早く良くなってね」
「お母さん僕は協力しますよ」
「なにに協力するの?」
「キョウリョク、キョウリョク」
たまもりゆうたですお。「幸せになろうよ」、の。
「お父さん、今年も旅行でお土産買いますお」
「ああそう。よろしくね」
「分かりました」
ハッケヨイ、ノコッタ、ノコッタ
お相撲ですよ。
「ヒロタカ君、クミコさんと結婚したんでしょう?」
「そうだよ」
「お父さん、セイザブロウさん、綾部の下駄屋でしょう?」
「そうだよ」
「ぼく、下駄好きですお」
「ぼく、のぞみ幼稚園好きですよ」
「のぞみ幼稚園、誰が通ってたの?」
「タクちゃんとリョウちゃんですお」
お父さん、ぼく「どんと晴れ」のナツミさん、好きですお。
「お父さん、ぼくアジサイ好きですお」
「何色が好き? 青? 赤?」
「両方ですお」
「お父さん、5はいつつですお」
「そうだね」
「お父さん、横浜線の205系はどこ行きましたか?」
「どこへ行ったの?」
「インドネシアだお」
「へええ、インドネシアかあ」
「お父さん、ぼくクワイ好きだお」
「そうかあ」
「サトイモ好きだお」
「お母さん、ぼく今日ハス見に行きますお」
「はい、行きましょうね」
「お父さん、そんなことないの英語は?」
「ノットアットオールかな」
「お母さん、そんなことないって、どういうこと?」
「ぼく、がっかりしなかったよ」
「なにをがっかりしなかったの?」
「お母さん、がっかりってなに?」
「お父さん、遅くなったらだめでしょう?」
「遅くなってもいいよ」
「お母さん、ごきげんようってさようならのこと?」
「そうよ」
「ごきげんよう、ごきげんよう」
「お母さん、誘拐ってなに?」
「ひとをつかまえることよ」
「誘拐いやですねえ」
「お母さん、心臓飛び出したら?」
「びっくりですよ」
お母さん、杉浦さん「トイレットペーパーそんなに使わないでください」て言ったよ。
そうなの。
「お母さん、簡保は簡易保険でしょ?」
「そうよ」
ぼく「ぶたぶた君のお買いもの」好きですお。
お母さんも好きですよ。
高橋さん、「またあした」っていったお。
そうなの。
お父さん、渡辺千尋君ね。ぼく順子さん。
「千尋、ダメダメ」
「お母さんごめんなさい」
「先生」と呼んだらダメですよ。「さん」と呼ぶんだよ。
「お母さん、これオオバギボウシの葉っぱでしょ?」
「そ、そうよ。驚いた! 耕君よく知っているのね」
「このオオバギボウシ、どうしたの?」
「昨日小田原のオオバさんから頂いたのよ」
「オオバギボウシオオバギボウシオオバギボウシ」
「耕君、人生楽しいですか?」
「楽しいよ」
20年前に書いた詩が一つ見つかったんで、
これって、
俺っちが
ほんとに書いたのかいなって、
驚き。
まっ、
なんとか生かしたいってんで、
この詩、
ここに書き写しちゃおうっと。
「浜風文庫」に、
発表しちゃおうっと。
ぶぶん、じゃんじゃん。
今日からは
あらゆるものがタダという
日が来た
パン屋では
店に置かれているパンは
すべてただ
つまり、
お金を払わないで持っていって
もいい
八百屋でも
キュウリ、トマト、レタス
みんなただ
スーパーにも
品物がいっぱいあって
ぜえーぶただ
欲しいだけ持っていっていい
16ミリフィルムも
ただだし
カメラもただ
現像もただだから
映画もすきにできる
店の人たちは
持っていかれれば
いかれるほど
喜んでいる
電車もただだから
好きなところへいける
ただの温泉旅行に
行って
ゆっくりと
勤めの人たちは
給料はもらえないが
仕事を面白がって
やっている
工場は
ただで資材を持ってこられて
製品をどんどん作っている
ただの温泉旅館で
ゆっくりと
湯につかっている人もいる
なにしろ
今日から
あらゆるものが
ただなのだ
ってね。
これって、
貨幣経済の否定じゃんか。
ぶぶんん、じゃんじゃん。
パン屋さん、ニコニコ、
八百屋さん、ニコニコ、
スーパーの人、ニコニコ、
主婦たち、ニコニコ、
子どもも、ニコニコ、
勤め人さんたち、ニコニコ、
いいじやんか。
ぶぶん、じゃんじゃん。
俺っちって、
なに考えてたんだ。
忘れちゃったよ。
なんで発表しなっかったんだろ。
分からないっちゃ。
いつ書かれたのか、
やぶかれたノートの切れ端には、
「窓辺の構造体」ってメモがあるから、
そのタイトルの詩が「ユリイカ」に発表された
1996年9月後の
この詩の冒頭の「10/15」ってことは、
10月15日に書かれたんだ。
二十年前だっちゃ。
忘れてちまって、
わからない。
ぶぶん、じゃんじゃん。
なんでこの詩を書いたかも
忘れちゃったけど、
まあ、面白い。
ぶぶん、じゃんじゃん。
ぶぶん、じゃんじゃん。
そう言えば、
俺っちって、
詩って、
どんどん書いて、
どんどん忘れるってこっちゃ。
ぶぶん、じゃんじゃん。
ぶぶん、じゃんじゃん。
注 この詩が見つかったいきさつ。破かれたノートの切れ端に書かれていた。そのノートはちょとメモ書きして、放り出してあったそのノートで、麻理が病気上がりの猫が食べた餌の量を記録するの使うというので、初めからのメモの12ページを切り取った。そこに書かれていた、発表されたこともなく、捨てられるかもしれなかった詩だ。このノートの切れ端の初めのところに「窓辺の構造体」というメモがあるので、この詩が書かれたのは、おそらく「窓辺の構造体」が1996年9月に書かれたので、詩の頭に10/15とあるからその10月15日に書かれたと思える。
デルタの町の
川沿いを
わたしたちは
自転車で走った
今朝は
本読みながら自転車こいで
行き過ぎたの って
講義に遅れた
たわいのない友のはなしに
笑いころげた
夾竹桃の
咲く
あの道
あれから
わたしたちは
別々の川を行った
わたしの川には
夏が終わると
光るすすきが
あたらしい季節に向かって
旅立ったが
友の川には
いつも
夏のアザミが
繁っていたらしい
夫とともに住んだ
ラテンアメリカの国では
言葉に不自由な
孤独な生活であったと聞いた
帰国して
穏やかな日々であろうか
あの川沿いには
今も あの
あかい夾竹桃は
笑っているだろうか
2016年7月
ピアニストのYoriko Hattoriさんとのコラボ作品です。
https://m.youtube.com/watch?v=Y7ZmCzYs5HA
蚊に刺されて目が覚めた。
ブタの形をした蚊取り線香に手を伸ばしスイッチを入れる。
しばらくするとその特有の臭いが漂ってくる。
不思議とこの臭いは嫌いではない。
日用品の買い物に出掛けた。
エアコンのフィン用のスプレーや、日焼け止め、花火等が入り口近くにたくさん並べてある。
本当に夏が来たんだと視覚的に感じられる瞬間だ。
かごに必要なものを入れ、レジに並ぶ。
列の先頭にはいくつか商品が入ったかごを前に清算の準備をする70代くらいのお婆さんがいた。
きれいな短めの白髪に、少し腰の曲がった小柄なお婆さん。
たまごボーロ、米製品のおかし、角砂糖がまぶしてあるいかにも甘そうな煎餅。
ふと突然に今は亡き祖母を思い出した。
祖母もこんなようなおかしをよく買っていたなと思い出した。
孫にも厳しい性格の持ち主だった。
ちょっと近所に足を運ぶのにも身なりをきちっとしていきなさいと諭すような人だった。
近所のドラッグストアにラフすぎる格好で来ている今のわたしを見たら叱責されそうだ。
少し冷や汗が出た。
だけれどもものすごく会いたくもなった。
ローラースケートにはまっている。
河川敷沿いにきれいに舗装された道がある。
タイムを計りながらランニングしている人、犬の散歩をしている人、キックボードをしている人男子小学生、しろつめ草で冠を作っている保育園児。
思い思いに仕事終わりや学校終わりの明るさが残るわずかな時間をそこで過ごしている。
そこで、赤い小さな自転車に乗る、これまた赤いヘルメットをかぶった小さな男の子に出会った。
年を聞くと4才だと言う。
何に興味を持ったのか、ローラースケートで滑るわたしの後を一生懸命ついてくる。
ほんわり優しい気持ちになった。
遠くでその男の子の付き添いで来たと思われる白髪のおじいさんがにこにこ縁石に座ってこちらを見ている。
軽く会釈をした。
汗だくになってきたわたしは地面に座り込んだ。
ヘルメットをとって休憩していると、その男の子がじっーとこちらを見ながら「お姉ちゃん、頭べちゃべちゃじゃん。」と笑った。
思わずケラケラわたしも笑ってしまった。
子供は思ったことをストレートに言えていいな~と羨ましくなった。
大人になると愛想笑いや思ったことも言えない窮屈な場面がたくさんあるなと悲しくなる。
わたしが「まだ自転車乗るの!?」と訪ねると「まだ頭べちゃべちゃじゃないもーん。」とこれまた心に突き刺さるようなことをずばっと言われた。
またケラケラと笑った。
男の子に大きく手をふって別れた。
またここに来たら会えるといいなと心から思った。
入道雲がもこもこと空を覆いつくす夏が来た。
どこか前向きな気持ちにさせてくれるこんな空が大好きだ。
夏は始まったばかりだ。
某月某日
地下道ですれ違おうとした男が、いきなり私の腰に腕をまわしてエイヤとぶん投げようとしたので、そうはさせじと、こっちも彼奴の腰に腕をまわしてナンノナンノとこらえていると、いつのまにか周りに人だかりができた。
すると男は急に力を抜いて「いやいやこれは失礼つかまつった。ほんの冗談、冗談。許されよ、許されよ。アラエッサッサア」と言いながら一礼し、すたこらさっさと立ち去った。
某月某日
さすが日本を代表する大手メーカーの大展示会だ。広大な空間をフルに生かした様々な物販ブースが何百と設営され人だかりができている。私たちもすぐに入場したいと思ったが、なんせ招待状を持っていないからどうしようもない。
必死でもぐりこむ口実を考えていたら、O社の吉田氏が通りかかったので、これ幸いと大声で呼び止め「吉田さん、吉田さん、ちょっと中へ入れて下さいよ。生憎記者招待券を社に置いてきちゃたんで困ってるんですよ」と頼み込んだ。
すると吉田氏は「なんだ佐々木か。お前なんか、ウチにとってなんのメリットもないからなあ」と嫌みを言うので、「おや、そんなことないですよ。なんならおたくがいま喉から手が出るほど欲しいものを言ってみなさいよ。たちどころに希望を叶えてあげるから」と返した。
すると吉田氏は声をひそめて「じつは渋谷の専門店百貨店情報が入ってこないんで弱ってるんだ」というので、「なんだ、そんなこたあお安いご用ですよ。手元に渋谷流通協会の報告書があるんで、よろしければお貸ししますよ。お代はお任せしますから、そちらで適当に値をつけてもらえばいいですよ」というと、吉田氏はこちらへすっ飛んできて中へ入れてくれた。
某月某日
「私Adogの田村ですが」という電話が掛かってきたので、いったい誰だろうと訝しく思ったが、すぐに先週名刺を交換した取引先の女性だと分かった。
「なにかご用ですか?」と尋ねると「送って頂いた企画書の件で直接お目にかかりたい」というのだが、私はそんな企画書を送った覚えはないので、はてどうしたものかと思い悩んだ。
某月某日
かつて友人だった男が脳こうそくで倒れたので、その代理に私が呼ばれて、彼が復帰するまで、「名前だけの社長」を務めることになった。
某月某日
大阪のデザイナーたちは「東京のデザイナーなんか最低。なんとかしてください」と、みんな声を揃えて新社長の私に言い付ける。
私が「名前だけの社長」になったお祝に、A男とB子が、私を銀座の料亭で接待してくれるというので、喜んで出かけたのだが、酒や料理はそっちのけで、やおら販促物のパンフレットを持ちだして、これについてなにか意見を述べろ、と強要する。
その口調が変なので、よく見ると、彼らはもうきこしめて、ぐでんぐでんに酔っぱらっているのだ。こんな連中と打ち合わせなんて、とんでもない。「想定外のコンコンチキだ!」と捨て台詞を吐いて料亭を飛び出したが、2人はどんどん後を追ってくる。
瞬く間に追い付いた男の顔をよく見ると、なんと前の会社にいた日隈君ではないか。彼は「佐々木さん、そんなに大急ぎで逃げ出さなくてもいいじゃありませんか。せっかくあなたの昔の恋人を連れてきたのに、一言も言わずにほおっておくんですか」という。
じぇじぇ、それではあの酔っ払い女がそうだったのか、と思わずその場で立ち止まると、「ほおら、急に態度が変った。それじゃあ僕たち先に東京タワーに行っていますから、あとから来てくださいな」といいざま姿を消した。
某月某日
5年前に会社を辞めた井出君が突然やって来て、「ただ同然の値段で高級別荘地が手に入るから、いますぐ現地へ行きましょう」とせっつくので、「いまから会議があるんだよ」と断ると「この絶好のチャンスを逃したら、もう二度と手に入りませんよ」となおも勧誘する。おいらはしつこいひとは嫌いだ。
某月某日
取引先のL社の宣伝部へ行き、次シーズンのテーマを尋ねたら「アリゾナ州のイメージだ」という。「アリゾナ州のどんなイメージなんですか」とまた尋ねたが、ただ「アリゾナ、アリゾナ」とオウム返しに答えるだけで、具体的な内容がある訳ではないことが分かった。
「そもそもアリゾナ州ってどこにあるんですか?」と聞いたが、それすら理解していないようなので、あきれ果てた。「いったい誰がそんなテーマに決めたの?」と尋ねたら、カンという人物だという。
「カン氏はどこにいるの?」と聞いたら、「あそこです。あそこでふんぞり返っています」というので、見るとどこかの国の官房長官そっくりだったので、私はカン氏には会わずにL社を出た。
L社を出たら、そこはアリゾナ州だった。見渡す限り荒涼とした砂漠が広がり、風がヒューヒュー吹きすさんでいる。ふと見ると、大勢のインデイアン、もとい、アメリカ先住民の子供たちが、私を取り囲むようにして迫ってくる。
怖くなった私は、彼らから逃れてどんどん高い山に登っていくと、円陣を組んだリトル・インデイアンたちも、どんどん私を追って高い山のてっぺんまで登ってくるので、「困ったなあ、どうしよう」と立ち往生してしまった。
ところが、たまたまそこに居合わせた大正時代の着物をきたおばさんたちが、やはり円陣を組んで、リトル・インデイアンたちの円陣にまともにぶつかっていくので、「嗚呼助かった!」と喜んだ私は、その間に沖縄の亀甲墓のような建物の中に入り込んだ。ここならきっと安全だろう。
某月某日
私たちが乗った世界一大きな風船が、熱帯夜の赤道上空に差し掛かったので、窓を開けると、月の光と共にわずかばかりのそよ風が吹き、極彩色の鳥が舞い込んできた。
昨夜は最終の新幹線に乗れなかった
三島行きに乗り
沼津にぬけて
ホームライナーに乗った
電車には
酔ったサラリーマンたちが乗った
仕事の後で
酒を飲んだのだろう
不機嫌な精神がある
生きることを
忘れて働く
今朝
白いご飯に納豆を載せた
広瀬さんは
おなじ場所を
通り
通り過ぎたり
佇んだりしてる
それでまた
ブロック塀の前に佇ち
シャッターを押す
記憶に
佇んで
記録し
記録を出て記憶に佇つ
ブロック塀には滲みがあり
地面には
小さな白い花のかたまりが咲いていた