夜の瞑想

 

鈴木志郎康

 
 

雨の夜
窓のカーテンを
閉めて
わたしは
テーブルに寄りかかり
昼間の庭に
ビョウヤナギの黄色い花が
咲き揃っていたのを
思い浮かべて、
瞑想する。
今日も
充分に食べて用も達した。
下剤無しでは排便できないってことも、
こんな風に
わたしは生きて行くのだ。
ビョウヤナギの沢山の花は
咲いては
散って行く。
この先、
わたしは
何年生きるのか。
家の中で
歩行器無しには
歩けない。
外に出るってこともない。
ベッドで
テレビの画面に映る
世間の出来事に、
現を抜かしているってこと。
これが、
今の、
このわたしつてことよ。
しつっこいぞ。

 

 

 

嘘っぱちでも進め

 

ヒヨコブタ

 
 

嘘っぱちなじぶんにうんざりしないうちに歩き出せ

まだ慣れていないじぶんがもどかしくて
変えていくじぶんをどこかでうっとうしく思って

もっとシンプルになればいい
もっと素直になればいい

簡単なことがもどかしいとき
ぽろぽろなみだ

それでもぐいぐい気持ちだけはぐいぐい歩き出せ
よたよた歩いていたとしても
着実に進めるんだよじぶんしだいで

 

 

 

体と体

 

辻 和人

 
 

ぼくの体を包んだ
車の体
高齢の父がもう運転しないからって譲ってくれた
スーパーの駐車場にのろのろ侵入
ラッキー、空いてる
失敗しても隣の車を傷つける心配がない
かれこれ30年以上運転していないぼく
慌ててペーパードライバー講習受けて
時には助手席のミヤミヤから怒られながら週1回は運転を続け
すこーしは上達したかな
近所であれば何とか走れるくらいにはなったんだけど
トホホなのが駐車
今日は駐車の練習にここに来てるってわけ
よし、このスペースがターゲットだ
一旦止まって周りの様子をうかがって
まず右にハンドル切る
車の体はのろのろと
ぼくの体を包んだまま
右斜めに移動
ちらっと左のミラーに見えてきた白線の先端
それ、今だ
ギヤをバックにして今度は左にいっぱい
ピィー、ピィー、ピィー
のろのろ左後ろに旋回
車の体に包まれた
ぼくの体
運ばれてく
ただただ運ばれてくぞ
ストップ、この辺かなあ
窓開けてきょろきょろ、タイヤまっすぐにして
ピィー、ピィー、ピィー
ゆっくりゆっくり後退
ちっ、こんちくしょう
ぼくの体を包んだ
車の体
右に寄りすぎ
しかも30度も斜めに傾いてるぞ
しょうーがない
前進してハンドルを右、右、あ、ちょっと左
やっと白線と並行になった
窓開けて、タイヤまっすぐにしますよ
ピィー、ピィー、ピィー
車の体に包まれた
ぼくの体
運ばれてく、ただただ運ばれてくだけ
くっ
後輪が微かに留め具に当たる感触だ
やっと所定の位置に止まりましたよ
バタンと
降りて
外の空気を吸ってみる
ふぅー、ふぅー、ふぅー
大きな買い物袋抱えたおかあさんを小走りで追っかける
風船片手の男の子の姿があるなあ
安心・安全そのもののだだっぴろいスーパーの駐車場に
薄黒い緊張に縛られたままの2つの体が
5月の風に吹かれて立ち尽くす
ぼくの体を包んだ
車の体
お疲れさま
車の体に包まれた
ぼくの体
お疲れさま
いつか2つを合体させられるように頑張るから
どうか今しばらく練習にお付き合いくださいね

 

 

 

新・冒険論 05

 

この世を
生きてきた

着想もなく

生を
受けて

この世を生きてきた

黒い蚊が右眼の視線の外にいる
視線の外に

断崖から平らな海をみたことがある

この世も
平らだろうか

この世がデコボコに見えるとそのヒトはいってた

今朝
モコと散歩した

燕たちが曲線を曳いて飛んでいた

 

 

 

麻理が笑っている

 

鈴木志郎康

 
 

麻理が笑った
笑っている
隣のベッドで
テレビを見ていて
芸人の言葉に
声をあげて
笑っている
笑っている
その声に
わたしは
急に
奥深い
悲しみに
襲われる
何時か訪れる
進行性難病の
麻理が
いなくなったときの
悲しみの
前触れだ

 

 

 

新・冒険論 04

 

蚊が
飛んでる

右眼の視線の外にいる

このまえ
映画をみた

ON BODY AND SOUL
ハンガリーの女性監督の作品だった

夢のなかに鹿がいた
食肉処理場で牛の首が落とされた

そこに
男と女はいた

どうなんだろうか

着想がないという着想だった

今朝
物干場で磯ヒヨドリの声を聴いた

 

 

 

八十三歳の優しい気持ち

 

鈴木志郎康

 
 

庭のビョウヤナギの花が
次々に咲いて、
初夏の
爽やかな風に揺れている
2018年の、
五月十九日の
今日、
わたしは、
八十三歳になった。
なってしまった、
ね。
ね、
相手に向かった、
ね、という終助詞。
そのねの相手って、
誰なんだろうね。
ね、
っていうと、
優しい気持ちになってくる。
八十三歳で、
優しい気持ちになってくる。
なんか、
いいね。

 

 

 

新・冒険論 03

 

今日も

着想がない
ここのところ

チェット・ベイカーと
パッヘルベルのカノンを聴いている

戸川純も歌ってた

昼過ぎに眼医者から帰った
飛蚊症だそうだ

右眼の視線の外に
蚊が飛んでる

黒い蚊がいる

そこに
林があった

霧が
風に流れていった

着想がないという着想だった

 

 

 

白いカーネーション

 

長田典子

 
 

こどものころ
母の日に
白いカーネーションを胸につけた子がいた

あのころ
わからなかった
わからなかったなぁ
その白が
どんなにふかい哀しみの色だとは
わからなかったんだ

ごめんなさい……

40歳をとっくに過ぎているのに
ベッドに横たわる
あなたの胸に顔を押し付けて
うれしい?
と聞くと
あなたは、こくん、と
うなずきました

脳幹梗塞で倒れ
手足も動かず口もきけず
耳だけが聞こえるあなたのために
あの年は
パジャマを買うことにしました
レジに並ぶ前から
涙が止まらなくなりました
母の日のプレゼントに
なぜ パジャマしか選べないのかと
包装されたリボンの箱を抱えて
泣きながら歩いて帰りました

西日の射す部屋から
わたしはあなたによく電話をしていました
気持ちが塞ぐと
成人してからさらに 20年以上も経つのに
あなたへは電話ばかりしていました

あの午後
あなたは
なんだか ぼんやりしていて
もう何もやりたくない、と言うのです
ちゃんと「御焼きの会」に出なくちゃだめだよ、
お習字とお茶のお稽古にも休まずに参加して、と
わたしが熱を込めてしゃべればしゃべるほど、返事があいまいになってきて

その数日前に電話をしたときは
頭が痛くて痛くて横になってる、と言っていたのです
すぐに病院に行ってと言ったら
今日は誰もいなくてね、と

あの午後は
経営する工場の事務所にいて
事務員さんたちとお茶を飲んでいる最中で
わたしはすっかり安心していたのに

電話を切ったとたん激しく嘔吐したという
布団に入って横になったまま
翌朝には呼びかけても返事もできず

そのまま

5年以上ベッドに横たわっていた母
仕事で忙しかった日々の母からもらえなかったものを
とりかえすみたいに
母のベッドの横に座るたびに
わたしは
母の胸に顔をうずめては
うれしい?と聞いたのだった
いつも かすかに汗の匂いがした
あの匂いを
母の日になると思い出す
来年は遅ればせながらの13回忌

わからなかった
わからなかったのだ
母の日に
胸に白いカーネーションをした子の気持ちを

今ならわかるなんて
言えない
言えるわけがない
あのころ
あの子は5才だった

ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい………

わたし
こんなにおばさんなのに
白いカーネーションの寂しさを
受けとめきれないのです