人がいるから

 

辻 和人

 

 

ピピッ
ピピッ
予定すれば当日がやってくる
やってくる、やってくる
やってきた
ピピピッ
アラームに起こされるまでもなく
5時
「おはようございます。結婚式当日ですね。さ、気合い入れて頑張りましょう。」
オハッ
オハッ
晴天なりぃ
晴天なりぃ
光線君も大きく頷いてるよ
見よ、光線君の朝の輝き
ひたっひたっー、さすがに力強い
ファミちゃん、レドちゃん、頑張ってくるからね
気合い入れてカーテン開けて、気合い入れて顔洗って
気合い入れてトースト食べるぞ
ミヤコさんも気合い入れて足湯にGO!

神田明神に着いてまずはお参り
ここは平将門が祀られているんだっけな
将門様、本日はどうぞよろしくお願い致します
2人並んで手を合わせる
すると、シュホッ
浮かび上がった将門様の首
あーりゃりゃ、随分とデカいねえ
ほっこりほっこり微笑んでる
昔罪びと扱いされたことはすっかり忘れちゃってるんだねえ
口をしっかり結んだ光線君がひたーっひたーっと首の周りを回転していい感じ
「晴れて良かったですね。将門様も私たちに味方してくれたんですね。」
そんな様子に気づきもしないミヤコさんもいい感じだ

打ち合わせを終え、さてお着替え
更衣室に入ると羽織袴がデーン
うっへぇ、これ着るのか
ファミちゃん、レドちゃんなら必死で抵抗するだろう
引っかかりのいい素材だし爪とぎしちゃうかも
係の人に手伝ってもらって3分で変身終了
「お似合いですよ。」と言われて鏡を見ると
えーっ、これぼっくぅ?
これから仮装大会でも行くんですか?
コントにでも出るんですか?
我慢我慢、これが「式」って奴なんだ
係の人がそそくさ出て行こうとするので
「すみません、髪が乱れているみたいなので櫛、貸してもらえませんか?」と聞いたら
忙しそうに袂からぽいと櫛を出して「使い終わったらそこの棚に置いて下さい。」
やっぱ結婚式に男は添えモノなんだな
ソエモノー
ソエモノー
光線君が頭上をくるくる回りながら嬉しそうに連呼
その目は大きな黒丸で口の部分は大きく撓んだ逆への字型
よーし、今日は添えモノなんだ添えモノでいいんだ
添えモノとしての役目
気合い入れて頑張るぞ

広間でしばらく親戚とダベッているとお呼びがかかり
新婦の控室へ
そこには黒引き振袖姿のミヤコさんが!
カコワァーン、カコワァーン
鳴いている
黒々した生地の中、翼を広げた鶴が高い声で鳴いている
和モダン風にアレンジした日本髪の真っ白な花飾りが
唇の紅と眩しく衝突
晴天なりぃ
晴天なりぃ
伏し目がちだが「見てよ」と言わんばかりの強い強い表情だ
主役はやっぱり違う
主役としての自覚がある生身のど迫力
「和人さん、どうですか?」
「ああ、すごくきれいだよ。おめでとうございます。」
おめでとうは変だ、だけど思わず言ってしまった
あれ、光線君
空中で固まっちゃってる
目は×印で口の部分が消えてるぞ
華に打たれたかな
おいおい、ぼくも固まってるじゃないか
しっかりしろ

晴天なりぃ
晴天なりぃ
親族紹介の後は参道を行進ですって
雅楽の生演奏つきですって
巫子さんの先導つきですって
うわっ、もうスタート
前方でカメラを構えてる男性は海外からの観光客かな
日本の神前式結婚式が珍しいんだろう
バシャバシャ何枚も撮ってる
旅の思い出の一コマとしてブログにでもアップするんだろうか
なるようになれ!
横目で見るとミヤコさんはまっすぐ背筋伸ばして凛として歩いてる
着物の長い裾をモノともしない着実な歩きっぷりだ
見習わなくちゃな
慌てないで一歩ずつ
オハッ
オハッ
落着きを取り戻した光線君が黒目をぐりぐり動かして鼓舞してくれる
ぽかぽかした陽気で気持ちいいじゃあないの
もうすぐ桜の季節なんだなあ
へへ、ちょっと余裕も出てきちゃったりして

神殿に入りました
花嫁さんと向かい合って座りました
親族も皆着席しました
式の本番中の本番がここから始まる
しぃーん
再び緊張
ファミちゃん、レドちゃん、よろしくね、と
困った時のファミレド頼み
しゅわしゅっっしゅわしゅっ
神主さんが御幣を振りかざす音が聞こえてきた
空気を裂く音が耳に突き刺さって鼓膜と心臓が
びくっっびくっ
この雰囲気、いつだったかの説明会の時とは大違い
祝詞を唱え始めた
言ってることは全く不明だけどその抑揚の帯が
ぐねぐねぐねぐね
波打っては裏返る
裏返ってはもんどり打つ
神主さんは神殿の方を向いてるからどんな動きしてるかよくわからないけど
何だか怖い
ぴひょーっ
笛の音が聞こえて巫女舞が始まった
長い髪を後で結び
白い衣装、赤い袴の2人の少女が
榊を持って空中に半円、逆方向にまた半円
そろりそろりとした2人の動きは気味が悪い程ぴったりだ
おい、光線君、今どうしてる? と呼んでみたけど
反応がない
光線君は天井の隅っこに張り付いてしまって出てこない
巫女さんたちがこちらを向いた
無表情な顔には少女らしい闊達さの欠片も見られない
まるでお面以上にお面のような

ああ、この人たち
神様に呼びかけてるとかそんなもんじゃない
生身をぐいっと差し出して
生身をがばっと投げ出して
神様に宿っていただいている
人がいるから神様が降りるんだ
生身がそこにあるから神様が現われるんだ

シャンシャンシャン
巫女さんたちが鈴を振り終わり
下げていた頭を恐る恐る挙げると
ようやく少し空気が緩んできた
ミヤコさんもほっとしたような顔をしているよ
結婚式ってのはおめでたい行事であるより前に
まずお祓いの行事なんだろう
そのために真っ黒い災いをわざわざ予期して
生身に神様を宿らせて
エイヤッ
災いを祓ってみせる
と勝手に考えて
ねえ、そうだろ? と同意を求めると
ソーカモソーカモ
ふらっふらっと伸び縮みできるようになった光線君が小さな声で応えてくれた

晴天なりぃ
晴天なりぃ
神殿に外のぽかぽかした空気が流れ込んでくる
次はお決まりの三三九度の盃ですよ
ちょいちょいちょい
急須みたいな奴を上げ下げしながら注ぐ
注ぐたびにちっちゃな神様が現われては
盃の中に溶ける
注いでくれる巫女さんの表情、さっきに比べると随分柔らかだね
新婦と交互に神様入りのお酒を飲み干して
少し気分良くなってきちゃったかな
ミヤコさんも頬っぺにもちょこっと紅が差している
(食いしんぼのレドちゃん、幾ら興味があったとしてもお酒は絶対ダメよ)
お次は指輪の交換
キリスト教の習慣を借りるのに躊躇しない柔軟性がいいね
神職の方が三方に乗せて指輪を運んでくる
ミヤコさんの関節がガッチリ気味の薬指にすんなり指輪を嵌められてひと安心
お次は誓いの詞の奉読
ここまでの儀はみんな男性であるぼくが先に行うことになっててね
神社のしきたりって随分男尊女卑なんだなあと思ってた
奉読も男性が行うことが多いらしいけど
ぼくたちは声を合わせて一緒に読むことにしたんだよ
光線君、ここが役目とばかり
顔を真っ赤にしてふらーっふらーっ応援してくれる
「今日の善き日、私たちは神田神社の御神前に於いて、
夫婦の契りを固く結ぶことができました。」
はーあ、うまくいった
ありがとう、光線君
お次は結び石の儀
こいつは神田明神独特の風習でね
石に新郎新婦の名前を書いて奉納するのさ
筆ペン持って、赤く「寿」と書かれた字の下に
うう、平たい石とはいえ意外と書きづらい
ちょっとトホホな字になっちゃったけどまあしょうがないか
書き終わった石を神職に返す時
ぼくのトホホな「辻」の字に沿って
ピカッと神様光る
親族盃の後、再び雅楽の演奏
さあ、最後の関門、玉串拝礼ですよ
神前に供える時、玉串の向きを逆にするのがちょっとしたプレッシャーなのさ
光線君、ぼくがしくじらないかどうかお目々をまん丸黒目にして見守ってる
ふぃーいーふぃと高らかに鳴る笙の音に合わせてそろりそろり歩き
ミヤコさんと軽く顔を見合わせて
うんっしょ
やったあ、ちゃんと決められた通りの向きにお供えできたぞよ
参加者全員で二礼二拍一礼
光線君も見よう見真似で、ふらーっふらーっ、二礼二拍一礼だいっ

頭を上げた途端
天井に浮かび上がる、巨大な
お前
平将門様
応援の肩の荷が降りた光線君
口をしっかり結んでひたーっひたーっと首の周りを何度も回転していい感じ
ファミちゃん、レドちゃん、ありがとう
無事結婚の儀式は終了したよ
いやー、今回は随分勉強になったね
神様ってさ
初めからそこにおられるんじゃなくて
生身の人間の強い強い念に惹かれて
降りていらっしゃるもの、だったんだね
将門様も生身の人だったわけだしね
神主さんも生身の人
巫女さんも生身の人
ぼくもミヤコさんも生身の人
ファミちゃん、レドちゃんは人じゃないけど生身の猫
光線君は……生身の……とにかく
生身ってすごいなあ
さあさ、生身同士集まって記念撮影だぞ
晴天なりぃ
晴天なりぃ

 

 

 

自己防衛大臣答弁

 

もり

 

 

ばあちゃんが 孫の肩を もんでいる

教科書はどんどん重くなる
忘れてはならないこと
今日もまたマシマシ
江戸時代の町民は
遠いお国の飢餓戦争
知ってか知らずか
ええじゃないかパレードで反撃
偉人の数は最多記録を日々更新
試験範囲は宇宙です、
ボボボボボボボボ膨張です
偉くなんかならないで
玄孫の肩から 悲痛の叫び
なにがユトリストサトリストだ
ばかにしてんのか ほら

ばあちゃんの 指 もう 限界だッッ

 

 

 

beat たたく 打つ

 

詩を三つ残して
逝った

坂の上の家
いのり
生きる  ※1

最後に

ときには暴力的に
境界線上にいた人びとも引き裂いて
心たちのすみかをつくる  ※2

と書いた

だから俺は叩く
だから俺は何度も叩く

花は咲いた
川は流れた

ヒトはいた

心たちのすみかに

 

 

※1:渡辺 洋さんに浜風文庫は三つの詩を寄稿いただいた。

浜風文庫:渡辺 洋さんのページ
https://beachwind-lib.net/?cat=26

坂の上の家
2015年1月29日
https://beachwind-lib.net/?p=4762

いのり
2015年2月4日
https://beachwind-lib.net/?p=4842

生きる
2015年2月20日
https://beachwind-lib.net/?p=4987

 

※2:渡辺 洋さんの詩「生きる」から引用しました。

 

 

 

闇のよろず屋

 

長野充宏@黒猫.

 

 

神は何時も
理不尽だ
家族で旅行や
トイレで首吊りも

どれだけでも
不幸にすればいい

不幸よ俺に集まれ
俺が全部包み取る

犠牲者は一人でいい
よろこんで犠牲になるよ
人を悲しませるくらいなら
代わりに泣いてやる
代わりに苦しみをくれ
貴方が楽しいならば

一人くらいバカが必要だろ
苦しくないんだ慣れたから
歪んだピエロだからさ

星が綺麗だな。

 

 

 

縄文語がいろんな民族語と語り合って日本語が。

 

鈴木志郎康

 

 

ちょ、
ちょ、
ちょ、
ちょっと、
ちょっと、
縄文人が使ってた
縄文語、
それが
原日本語だってさ。
その一音語って、
を緒や矢み箕ゐ井。
二音語
いとひもなはつなあみ。
そして、三音語に加えて、
助辞、助動辞の
三千年、四千年。
その原日本語が
新来の民族の持ち込んだ諸言語と
語りあったってさ、
そうして、
今の日本語が
出来たんだってさ。
藤井貞和さんが書いてるさあ。
頭の中に青空が、
スーッと広がるっす。
ひい、
ちょっと。

陽射しがめっきり春らしくなってきました。
藤井さん、
しばらくお会いしてないけど、
どういう日々を送っていられるか。
ひい、
ちょっと、
ひい、
ひい。

 

 

注:この詩は藤井貞和さんの「日本文学源流史」からの引用で出来てる。

 

 

 

引き出しを開ける

 

白鳥信也

 

 

引き出しを開ける
ファイルをかたまりごと机にあげる
たしかにここに入れていたはずだけど見つからない
ここでもない次のでもないその次にも別の引き出しを開けるファイルを出してパラパラとめくり探すタイトルを黙って読み上げる見慣れたタイトルが次々ととびこんでくるこれでもないそっちでもないたしかに言葉を精査して作成したはずだ抽象化したうえにいくつか意味を包含させた記憶がある引き出しの奥にはさまっていないかガサガサ音をたてて探すここでもない引き出しの下にも落ちていない周囲の人間がなにをしているんだという視線を放っている気がする身体がカッカしてくる集中しなくてはだけどみつからない別の引き出しにもないどこにはさんだのか思い出せないこんなときはラクダだゆっくりと安全に進むに限る書類戸棚だろうか割り当てられた棚の扉を開けてファイルを引き出してめくり探すここじゃないここにあるのは昨年度のものだここにあるはずがないロッカーだろうかいやあそこにあるのは分野が違うほんとうに書類を作ったのだろうかあやふやになってくるラクダのようにいななきたい存在しない書類を探しているんだろうかそんなはずはないそれとも夢だったのだろうか自分を信じられる信じられない書類はあるないほそくうすいすきまを記憶がはばたいて遠のいてゆくあらかじめうしなわれた書類をさがしているのか書類が僕をふりきってコーナーを曲がって姿を消す消える場所はアラビア半島だ汗が流れる喉が渇くここは砂漠だ手の中から砂のように書類がこぼれ落ちてゆく暑い汗がぽたぽた流れ落ちファイルの山ファイルからこぼれた書類がひろがってゆくここは砂丘の底だ熱い喉が渇く砂丘の脇の茶碗を手に取るとお茶はすでに消失している茶碗の底には逃げ水の跡がくっきり書類も逃げたのだ喉が無性に乾くとぎれとぎれの記憶の書類を探している蜃気楼のように書類の幻影がみえては逃げてゆく砂の山のなかから紙らしきものが急いで砂を掘り手にすると書きつけらしきものがあるけれどもどこか知らない国の象形文字のようなものが踊っているあたりはざらざらと砂粒がまいあがり熱風がふきつける遠くで砂塵がうねりながらこちらに向かっている砂嵐の予感がみちている

 

 

 

へえ、詩って自己中なのね、バカ詩人さん。

 

鈴木志郎康

 

 

トロリン、
トロリン、
トロリン、
ヘッ。
ある男を、
その連れ合いが、
なじった。

ヘッ。
バカ詩人!
そっちじゃなくてこっちを持ってよ。
こっちのことを考えてね。
詩人でしょう、
あんた、
想像力を働かせなさい。
バカ詩人ね。
男は答えた。
仕方ねえんだ。
書かれた言葉はみんな自己中、
言葉を書く人みんな自己中、
詩人は言葉を追ってみんな自己中心。
自己中から出られない。
自己中だから面白い、
朔太郎なんか超自己中だ。
光太郎も超自己中だ。
えらーい、
有名詩人なんぞは、
みんな超自己中なんだぞ。
書かれた詩はみんな超自己中だ。
超自己中だからみんなが読むんだって。
何言ってるのよ。
それとこれとはちがうわよ。
バカ詩人、
バカ詩人、
バカ詩人。
へえ、
詩って超自己中を目指すのね、
バカ詩人さん。

ワッハッハッ、
ハ、
ハ、
ハ。
その男と、
連れ合いは、
揃って笑った。
トロリン、
ヘッ。