水のひまわり

 

萩原健次郎

 
 

民家の向日葵

 

水尾根、水脈が見える。この川の流域に広がる田畑に
流れている、ほんとうにひんやりとした水の流れや行
方を見つめてみる。叡山の、たくさんの行者である修
行僧が、あるときは、急登、急降の…………

…………
むらさきの さきの なすの
たねの わたされた 白紙の たたまれた ことばの

空0脈搏
静脈
空0脈管
山脈
空0命脈
乱脈

この民家の前を通るとき、なんだかそちら側に遙かが
見えるようで不思議だなあと思っていた。
季節ごとの小さな花が、絶妙なバランスで植え揃えて
あった。規則正しくではない。だからバランスと言っ
ても均整がとれているという意味ではない。

――わたしの住んでいる家の前の景色をこしらえまし
たという意味で、ある種の創意で、庭がしつらえられ
ていた。
夏になったから、目前にぱっと暴かれたかのように、
ひまわりが立っている。
そんな趣向を、その人は持ち合わせていなかった。

おばちゃん、死んだんやろか。
水の峰に、かすんだんかなあ。

そういうことをしらせにくるんだよ
空0
空0
打ち返してくる、静かなドラミング。

奥深いところでは、きんきんに凍えている。
地上に出て
きつい日差しに溶けて
なんだか、かすかな…………

ふるるるる、かちりん、しなに
しなに、しなん。ぴ、ぴ。ぴっぴん、

夏に、立っている。
黄色くなった人。

 

 

 

baby 赤ん坊

 

ハハと
チチと

赤ん坊と

愛はいた
411号室にいた

愛は休日に散歩した

愛は風が吹いた
愛は雨が降った

愛は青空に白い雲が浮かんだ

チチは電車に乗り働きにいった

赤ん坊はキャッキャ笑った
赤ん坊はキャッキャ笑った

赤ん坊は白い前歯が二本はえた

 

 

 

song 歌

 

暑いので
雨戸を閉めて

エアコンをつけた部屋で

悠治さんの
インヴェンションとシンフォニアを聴いてた

シンフォニア11で
佇ちどまる

小さい時に
ことばの遊びをはじめて

終わらず
まだ

遊んでる

迷惑もかけた
母は

小さくなって死んだ

歌は小声で歌う

 

 

 

時間

 

坂根 秀

 
 

七時に彼女に会うことになっている
無我夢中の一日
喫茶店で待っていたのは
七時だった

夜は一時に寝ることにしている

ベッドに行くと彼女がいた
君はここにいたのか
とベッドに入ると
一緒に寝そべったのは一時だった

いつも時間が私を待っている
私を待つのは時間ばかりだ

 

 

 

糞詰まりから脱却できて青空や

 

鈴木志郎康

 

 

俺っち、
腰を痛めちまってさあ、
寝返りするにも、
アイタタ、
起き上がるには、
上半身横にすると、
腰に力が入って、
アイタタ、アイタタ、
電撃の痛みが背中から
全身に走るっちぁ。
そこで、
息を詰めて、
両手で支えを掴んで、
エイ、やあー
イテテテ、イテテテ、
ベッドから立って、
二本杖で身体を支えるっちゃ。
そしてトイレに行くが、
腰が痛くて踏ん張れないから、
糞が出ないっちゃ。
それで糞がたまっちまって、
どうにもこうにも糞が出ない。
糞詰まりってこっちぁ。
先週の土曜に、
とうとう電話して、
訪問看護師さんに来てもらって、
固くなっちまった糞を掻き出してもらったっちゃ。
俺っちは横になってるから、
彼女の手元は見えなかったけど、
白いゴム手袋をした手の指が肛門から差し込まれ、
指の先が固い糞の固まりに届いたっちゃ、
おお、届いた、
俺っち、感じまったっちゃ。
「息張ってください」
の声に、
俺っちは息張ったが、
くそ、糞が出ないっちぁ。
固くなっちまって、
出ないっちぁ。
ふっふう、ふうう、ふう。
「浣腸を入れて、座薬で溶かしましょう」
って言う声で、
浣腸が注入され座薬が挿入され、
数分待って、「さあ、息張ってください」
の掛け声で、
俺っち、下腹に力を入れたっちゃ。
指が挿入されて、
糞をたぐって、
糞の固まりを指先でつかまえて、
ようやくのことで、
詰まった糞が掻き出されたっちゃ。
ふっふう、ふうう、ふう。
気持ちが晴れたっちゃ。
腰はイテテでも、
青空や。
看護師さん、ありがとうっちゃ。
ありがとうっちゃ。

八十年生きてて、
糞詰まりを掻き出してもらったっちゃ、
初めての経験だっちぁ。
俺っち、
こんな詩を書いちまったぜ。
シャラリン、ボン。

 

 

 

八月のいちばん明るい日に

 

Hitoha Nao

 
 

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ふとんを抱き上げ えいっと
背伸びして 物干しに
投げかけた

ふとんの上で
おひさまが輝いて
わたしは一瞬 目が眩み

それから

ひなたの匂いに
ふとんが萌えだすことを
おもった

その日 おなかのなかで
おひさまの栓は 抜けた

重いふとんを
持ちあげたからか

あなたが ぽんと
内側から蹴って

出てくる合図を
送ったからか

おひさまの水は
溢れだし 溢れだし

わたしのおなかは 痛んで

草いきれのぼる 真昼
積乱雲の下

あなたは 呼吸した

空白空白空窓のない暗い箱のなかで
空白空白空今 息苦しく
空白空白空出口をさがす あなた

空白空白空八月のいちばん明るい日に
空白空白空生まれた人よ

空白空白空あの日のように
空白空白空蹴ってみてよ

空白空白空渾身の力で
空白空白空生まれてきてよ

空白空白空そして

空白空白空どうか ひとつ
空白空白空また明日
空白空白空ひとつ と

空白空白空花を つけて

 

🌠ピアニストのYoriko Hattoriさんとのコラボです❣️
https://m.youtube.com/watch?v=24_deFn4eXg

 
 
 

離脱せよ

8月の歌

 

佐々木 眞

 
 

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厭離穢土、欣求浄土
極楽証拠、正修念仏
離脱せよ、離脱せよ
ひとり限りなく遠くまで、行くんだ。

離脱せよ、英国。
離脱せよ、離脱せよ、英国。
EUから離脱して、ひとり限りなく遠くまで、行くんだ。
まだ誰も行ったことのない地平まで。

離脱せよ、沖縄。
離脱せよ、離脱せよ、沖縄。
日本から離脱して、ひとり限りなく遠くまで、行くんだ。
まだ誰も行ったことのない地平まで。

離脱せよ、ニッポン。
離脱せよ、離脱せよ、ニッポン。
米国から離脱して、ひとり限りなく遠くまで、行くんだ。
まだ誰も行ったことのない地平まで。

離脱せよ、わたくし。
離脱せよ、離脱せよ、わたくし。
私から離脱して、ひとり限りなく遠くまで、行くんだ。
まだ誰も行ったことのない地平まで。

離脱せよ、地球。
離脱せよ、離脱せよ、宇宙船地球号。
太陽系から離脱して、ひとり限りなく遠くまで行くんだ。
まだ誰も行ったことのない銀河の彼方へ。

厭離穢土、欣求浄土
極楽証拠、正修念仏
離脱せよ、離脱せよ
ひとり限りなく遠くまで、行くんだ。