虚構について

 

長尾高弘

 
 

世界のなかのできごとは
決して反復せず、
同じことが繰り返されたように見えても、
それは細かい差異を無視したから同じに見えただけなのに、
できごとを表す言葉は、
まったく同じ形で反復することができる。
寸分たがわず同じ言葉が、
何度でも出現できる。
無視された細部は、
無視されるに値する
取るに足らないものだから、
無視しても構わないと言っても
いいのかもしれない。
差異は瞬間的に無視され、
というか気付かれず、
消えていってしまう。
私たちに残されたのは、
何度でも反復できる言葉だけだ。
私たちは世界で直接考えることはできず、
反復可能な言葉でしか考えられない。
ときには意識される差異さえ無視して、
異なるものを強引に同じだと言うことによって、
何かがわかったような気になる。
いや、そうしなければわかったような気になれない。
そのような言葉が、
現実にある世界とは別の
虚であり実でもある世界を作り出してしまうのは、
当然なのかもしれない。

 

 

 

あなたはだれ?

 

駿河昌樹

 
 

みんな
なにものかであろうと
見せようとして
かわいそう

みんな
なにものかであるかに
信じ込もうとして
かわいそう

だれひとり
かたちのない
思いも
こころも
ことばもない
あそこへ戻っていくとき
残りはしない
これっぽっちも
やり遂げた
などと
信じようとする
ごたごたの
ものの世界の
がらくたの
片鱗
さえも

かたちでもない
思いでもない
こころでもない
ことばでもない
信でもない
ものしか残らない

もちろん
もの
でなど
ないもの

その時
あなたはだれ?
あなたはなに?

あなたはだれ?

かたちもない
思いも
こころも
ことばもない
信もない
その時

 

 

 

待ち合わせ

 

みわ はるか

 
 

人と待ち合わせをしているとき、たいていはどちらかが先に着くのだけれど、相手がその人に気づいたときの表情が好きです。
ほっとしたような、嬉しいような、ほころんだ顔。
その人めがけて小走りになるそんな瞬間が好きです。
必死に遅れた言い訳をする姿は愛らしいです。

様々な待ち合わせ現場を見るのも好きです。
駅の改札でそわそわ待っている男の人のところには、たいてい可愛らしく着飾った、お化粧ばっちりの女の人が合流する。
喫茶店でおしぼりで手を拭きつつぼーっとしながら待っている年配の女性のところには、やっぱり同じくらいの年の気心知れたであろう年配の女性がどかどかやってくる。
中学生ともなると部活仲間だろうか、バス停にぞろぞろと集団で集まってきてがやがやと会話が止まらない。
会社の上司と部下なのか、待たせてしまった上司にわびながら急いで汗をふきながら頭を下げている現場も見た。
みんな誰かに会うという目的を持って待ち合わせ場所へ行く。
色んな待ち合わせがあって楽しい。

この人に会うから(たいていは異性になるのかもしれないけれど)、新しいワンピースを買おうとか、少し高いナイトクリームを使おうとか、きちんとマニュキアを爪に塗ろうとか・・・・・。
そういう人がいるのはきっと人生を豊かにしてくれるんだろうなと思う。
テストで100点を取りたいとか、この映画を劇場で見たいとか、これを食べたいとか・・・・・。
自分一人で達成できるものではなくて。
誰かがいて完結できるもの。
ただただ、自分のためだけではない人生が選択肢にはあるんだなと。

自分のためだけに生きることに疲れることが最近結構あるような気がします。
自分が思うのと同じように自分のことを思ってくれることはなかなか難しいです。
たくさんの藁の中からたった1本の針を見つけるくらい難しいです。

何のために生きているのか自問したときに、具体的な誰かのために自分は存在したいと言えるのであれば、それはとても美しいと思います。

 

 

 

恐竜キッチン

 

塔島ひろみ

 
 

チーズの焦げる匂いがした
電子レンジのドアを開けると 中に子どもが入っている
私を見ている

「その子は明日から入院で、人工内耳の手術を受けるんです」
ハウスのスタッフが説明してくれた
バタンとドアを閉めてしまう

病気の子どもとその家族が、
自分の家にいるように自然に、
しかも孤立しないように、工夫をこらして設計されたキッチン
丸く成形されたハンバーグたちが、クッキングヒーターにおいしそうに並び
せっせと焼けながら、パンに挟まるのを待っていた

チリチリチリと終わりに向かってタイマーが動く

「チン」
「チン」
「チン」
あちこちで楽しそうな音たてて、仲間が生まれた

わたしは恐竜図鑑を持ってきてみんなに見せる
ほら、これがニンゲンだって
「優しそうだね」「強そうだね」

私たちはみんな同じクリクリの顔で、 食べられるのを待つ間
レゴでトリケラトプスを作って遊んだ
♪ジュージュージュ~
♪ほかほかほか~
ママの膝に乗っかって、歌を歌った

電子レンジのドアを開けて中を覗く
耳の聞こえない男の子が私を見ている
この子はまもなく人工内耳の手術を受ける
タイマーをセットしてドアを閉める

チリチリチリと終わりに向かってタイマーが動く
まもなくその子は自分が生まれる音を聞く

自分が焼ける音を聞く

 
 

(7月13日 ドナルドマクドナルドハウス東大で)