ゆきのあとに

 

峯澤典子

 
 

あさ 目覚めるまえの
窓辺に
小鳥たちが
濡れた花を落としていったから

ながいあいだ 会えなかったひとが
今日
そらを 渡っていったのだと わかる

交わしたことばよりも
交わせなかったことばは
ゆきに覆われた木の実のように
青いまま 残るから

夢のなかの
かじかんだ つまさきでも
さがせることも

あのひとは 聞こえない声で

さよなら と 言ったのか
おいで と 言ったのか

いつか
わたしも
ながい夢からさめ
そらを 渡りはじめる夜明けに

待ちわびた ゆきどけの窓辺で

ずっとさがしていた
青いままの ことばは
はじめて ささやく

さよなら
そして

おかえりなさい と

 

 

 

春宵三篇

 

佐々木 眞

 
 

人類滅亡まで終末時計残り100秒

 

「人類滅亡まで終末時計残り100秒」の声を聞いて、
こんな詩が出来た。

料理は、できない。
車の運転は、できない。
確定申告は、できない。
停電になると、どうしていいかわからない。
テニスは、できない。
仕事は、できない。
暗算は、できない。
外国語は、しゃべれない。
封は切れずに、指を切る。
缶詰は、開けられない。
スマホは、使えない。
古稀を過ぎ、ウインドウズが10になっても、捉音が打てない。
「ウっ」「グっ」「げっゲゲッ」「ぐっぐわッッ」

人類滅亡まで終末時計残り100秒
おらっち、人類滅亡残り3秒辺りまで粘りに粘って、
ゆっくり、ゆっくり、死んでいきたいな。

 

 

電光影裏に春風を斬る

 

一の太刀

少女が「大変、大変、大変よお」と叫んでいるので、
見に行くと、赤坂が、乃木坂と欅坂を、むしゃむしゃ喰うていた。

少年が「大変、大変、大変だお」と叫んでいるので、
見に行くと、赤坂を歩いていたキツネ、クジャク、オオカミ、ハクビシンを、
ヒトが、むしゃむしゃ喰うていた。

おばさんが「大変、大変、大変だよ」と叫んでいるので、
見に行くと、キツネ、クジャク、オオカミ、ハクビシンを喰うたヒトが、ヒトビトをむしゃむ喰うていた。

おじさんが「大変、大変、大変じゃん」と叫んでいるので、
見に行くと、ゴジラとキングコングが、ヒトビトをむしゃむしゃ喰うていたので、驚いた。

 

二の太刀

コウ君が「プールがプールを食べていますよ」というので、
見に行ったら、3月で閉鎖になるはずの栄プールを、
港南台プールが、がぶがぶ呑んでいた。

しばらく眺めていると、
その港南台プールを、
としまえんプールが、がぶがぶ呑んでいた。

ややあって、
ハリー・ポッターが、
としまえんプールを、がぶがぶ呑んでいた。

そんでもって、
クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が、
ハリー・ポッターを、がぶがぶ呑んでいた。

それでどうなったかというと、
クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号を、
トランプと安倍蚤糞が、がぶがぶ呑んでいたので、また驚いた。

 

 

世の中みんな、障ぐわい者

 

ぐわあい、ぐわあい、障ぐわい者
世の中みんな、障ぐわい者
健常者なんて、一人もいない

目が見えない人 手足がない人、
聞こえていても、しゃべれない人
名前を呼ばれても、微動だにしない、できない人

遺伝子に異常がある人、帯状疱疹で激痛が走る人
腰が痛くて歩けな人、頭の中が水だらけの人
ケガや病気でなくても、加齢で耳が遠くなった人

ガンのステージ4で、吐きながら抗がん剤を飲んでいる人
何の因果か新型コロナウイルスに感染して、死にかけている人
朝から晩まで身動きできずに、ベッドで垂れ流している人

生まれながらに障ぐわいのある人は、たくさんいるのよ
外から見ても、障ぐわいがあるかないか分からない人も、多いのよ
人はみな、歳をとれば、障ぐわい者になるのよ

だから、人はみな障ぐわい者
よしんば五体満足でも、きみがすんごく評価しているトランプはんのように
悪魔に魅入られて、狂気に取り憑かれた人もいるのよ

万が一、きみがまた街頭に躍り出て
障ぐわい者たちを、次々皆殺しにしたならば
地球の上には、誰もいなくなる

残ったのは、きみが一人
立派な純正健常者の、きみが一人
あんたが夢見た、理想の世界だ

ぐわい、ぐわい、障ぐわい者
世の中みんな、障ぐわい者
健常者なんて、一人もいない

 

 

 

むらさき落ツル

 

薦田 愛

 
 

「その、ジカビダキ、だっけ?」
――えっ?
「きみが言ってた、なんだっけ? 鳥の」
ああ
ジョウビタキっていうの。
オレンジ色の身体に黒い頭
スズメより少し大きいっていうんだけど
わたしが見たのはほっそりしてて
大きさもスズメと同じくらい
網戸に止まったり手すりにも
小首かしげて可愛いんだ
写真撮りそこねたけど
近づいてもすぐに逃げないよ
「ジョウ、ジョウビ、タキ?」
そう、ジョウビタキね
その子がどうも、ガラス窓に激突してるみたい
ゴツッ ゴトッ
ゴンッ コトッ

内側からユウキが貼ってくれた
紫外線防止フィルムのミラー効果で
じぶんの姿がうつったんだよ
ナワバリ意識のつよい鳥で
異性にまで攻撃しかけたりするんだってよ
「へええ、それはすごいね!」
だからじぶんの姿が映っているとも知らずに
ガラスに激突ってこと、よくあるみたい
そのストレスでフンを落としていくんだって
フン害報告はネットにたくさん
車のミラーやフロントガラスも危ないみたい
「ああっ」
まさか
「それだったのかあ! 汚れてた、紫の」
むらさき、の?
「だぁーっと流れてた、誰のしわざかと思ったら」
ああ、それ
ジョウビタキだ
でも、渡り鳥だから
十一月から三月くらいまでだって
春になるとどこか
たぶん北のほうへ飛んでゆく
「でも汚されるのはたまらないから
ミラー、たたんでおくわ」
そうだね、それがいい
それにしても
紫のおとしもののもとは
なんだろう
やっぱり紫なのだろうか
だとしたら
上の階のベランダには葡萄の棚らしいものが見えているけれど
グリーンぽいから違うなたぶん
そういえば
赤い鳥は赤い実を
白い鳥は白い実を
なんて唄もある
それなら
ジョウビタキはオレンジ色の実を
食べるんじゃないか
オレンジ色の鳥はオレンジ色の実を
いやいやカラスだって
ビワの実がなるとあんなに興奮する
食い散らかしがそこらじゅう
だから
紫色の実を食べたとしても
紫色の鳥にはならない
待てよ
赤い鳥は
赤いおとしものをするのだろうか
白い鳥は白いおとしものを

ある日地元の高校で
里山を歩くワークショップ
そして干し柿作り
坂の多い住宅街のひとすみ
こちらからも向こうからも
造成されて
ここだけ残ったのですよと
生物エコ部の松本先生
十年がかりの調査をまとめた里山マップによれば
アカマツクロマツモウソウチク
カワラナデシコアキノキリンソウ
茸だけでも百三十種
市内でここにしかない草木百般
案内される校内の
「裏山」と呼ばれる細長い里山エリアやハーブ園
立ち止まっては説明してくださるなかに
小暗い茂みのようないっぽんの木かたそうな葉
「これがシャシャンボです。
紫の実がなる。
和製ブルーベリーですね。
鳥が食べにくる」
むらさきの
ブルーベリー
これだったろうか
ジョウビタキの
むらさきの餌
おとしもののもと
小高い高校からヒトの足で五分のわが家へは
小柄なジョウビタキの翼でもひとっ飛び
きっと
冷たい外気のなか
干したバスタオルのまんまんなかを
深く染めた
むらさき、の
むらさき落ツル
あれはこの
シャシャンボの実
ついばまれた和製ブルーベリーのなれのはて
シャシャンボの――
メモする私は列から遅れ
湿りを帯びて傾く土の道の先
高枝伐りばさみを
ヤマガキの梢にさしのべる先生を囲んで
ワークショップは続いている

ヒヒ ピイヒ
ゴツ
ピピ ピイ ヒィ
ゴツッ
朝と言わず午後と言わず
来る日も来る日も
激突
「外側に貼ろうかな、クッション材」
結露対策に使った余りが少しある、とユウキ
いいかもしれないね
ぶつかって死んでしまうこともあるっていうから
映らなくなればもう
おとしものだって

けれどふいに
訪れは絶え
ベランダの
コンクリートに残るむらさきを
こそぎながら
耳をたてる
声をさがす
渡りの季節にはまだ早い
「別の餌を見つけたかな」
そうなのかな
べつの枝
べつの里山へ移っていったのだろうか
白く冷たいバスタオルは
よごれずに
かたく乾いた夜風をふくんでいる

 

 

 

暗闇RGB

 

原田淳子

 
 

 

とおり雨が去るのを待って
夜を渡る

胸さわぎで
溢れないように
拒絶しないように

影も映らぬ
窓を開ける

もういいかい?
もう鳥たちは眠ったよ

殻を外して
羽根を弄る

草葉の陰に
ことばを産む

シアンではない
黄混じりの暗闇
ミモザの騒めき

あぁ
蟲たちの羽音を聴く

慈しみを腐敗させないために

遠くへ

卑屈さを奏でない
哀しみに胸を灼くなら

遠くへ

蟲たちのように
屍はみせない

暗闇のRGB

ミモザの海

 

 

 

あきれて物も言えない 09

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

マスク外して海をみていた

 

「新型肺炎 国内感染が広がる」という見出しが新聞の一面に大きく出ていた。
ここのところテレビも新聞も中国から世界に拡散する新型コロナウイルスの感染被害について報じている。
ついに日本でも感染者は338人(2月16日現在)という、テレビで専門家はすでに数千の規模で日本でも感染者がいるだろうとコメントしていた。
中国では感染者が6万8,500人となり死者数がすでに1,665人だという。毎日100人以上が死んで行く。

最近では外出の際にはマスクをするようにしていた。
感染するのが怖いし他人に染すのも嫌だ。

ところでウイルスの直径は0.1マイクロメートルで、
1マイクロメートルは0.001ミリメートル、
マスクの網目は10マイクロメートル、
マスクの網目はウイルスの100倍も大きいのだから、おそらく、あまり、予防効果は無いだろうなと思いながら他人を怖がらせないためにマスクをしているようなところも自分にはあるのかな。

それで、日本ではマスクが品薄なのだという。

横浜港に停泊中の大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗員3,700人には感染が広がり、285人がすでに感染していて日々感染がひろがっているのだという。
それでアメリカは自国民、約380人をチャーター機で退避させるのだという。
アメリカや各国のメディアは「(日本政府の検疫は)感染を止めるものではなく、船内で感染を広げているという証拠が山ほどある」と専門家のコメントを紹介し日本を批判しているのだと新聞には書かれていた。

新型肺炎だけではなく、
中東やアフリカの紛争、難民、温暖化、気候変動、森林火災、環境汚染、経済の不安定化、などなど、
世界には問題が山積している。
全て、人間の問題だ。
地球という宇宙にとっては人間がもっとも危険な害毒であるのだろう。
そろそろ人間というリスクをどのように回避するのかを考えはじめているのだろうか。

そんなことを思いながら雨の日曜日、浜辺に出かけていった。

海浜公園には人影がなかった。
マリーナの隣の堤防で何人か釣りをしていた。

西の山が雨に霞んでいた。
水平線が横に伸びていた。
マスク外して海をみていた。
今朝の朝日俳壇の俳句を思いだしていた。

 

旅人の如くマスク探しけり *

 

さいたま市の齊藤紀子さんという方の句だった。

われわれはマスクを持たない旅人でありましょう。
明日さえも今日さえもわからない小さな旅人でありましょう。

あきれて物も言えません。
あきれて物も言えません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

* 朝日新聞 2020年2月16日「朝日俳壇」からの引用

 

 

 

母のことを

 

鈴木志郎康

 
 

母のことを、
おかあさーんと
呼んだことなかった。
ママなんて時代が違う。
おふくろとも呼ばなかった。
かあちゃんと呼んでた。
はらへったよお
かあーちゃん
なんて 甘えてた。
でも、かあちゃん
私が私立中学に上がるとき、
中学のえらい人に頼みに行った。
それが心に残って
固まっている。
固いしこり。
でも、その中学高校で
私は文学に目覚めて
友人を得たのだ。

 

 

 

私は純粋に遭難した *

 

ここ
二十年ほど

高橋悠治のシンフォニア11を聴いてます

ジャケットの
表紙には

和田誠さんの描いたピアノを弾く
高橋悠治さんの

イラストが使われています

この
シンフォニア11を聴いてきました

義兄が死んだとき
葬式の後で

内陸縦貫鉄道に乗りました

ひとり
青森の深浦まで行きました

それで
深浦の海をみた

詩を書いた

その詩をみた志郎康さんが
いいですね

そう
いってくれた

言葉をドライブすることができれば
“芯”は独りでに出てきますよ

そういってくれた

中村さんが死んだ
渡辺さんが

死んだ

和田誠さんが死んだ

あのヒトも福島で死んだ

母が死んだ
義兄が死んだ
義母が死んだ

言葉は
無力だった

母の骨は
味がなかった

私は白骨化しました *
言葉の届かない場所がありました

きみにも
かれにも
あなたにも

あのヒトにも

じつは届かない

届いていませんでした

きみも
かれも
あなたも
わたしも

いつか

わからないことがわかるだろう
この音は

骨のようです

今朝も
シンフォニアを聴いてます

 
 

* 工藤冬里の詩「spring without winter」からの引用