馬の首を折る *

 

姉と

甥夫婦が
週末に遊びにきていた

甥夫婦は

さわやかと
動物園と
駿府城と
海に
行きたいといった

それで車でさわやかに寄り海を見に行った

姉は
味噌と荏胡麻とふくだちを

送ってくれていた

納豆汁を
作ってくれた

ふくだちは湯掻いて食べてといった

秋田では
まったく雪が無いといった

めまいがして
このまえ仕事を休んでいたのだと姉はいった

日本平動物園では
チンパンジーと

ハイエナ

キリン
白クマ
ゴマフアザラシ
ジャガー
ライオンを見た

ペンギンも見た

どの動物も寒そうに丸まっていたが
ペンギンとゴマフアザラシは元気に泳いでいた

キリンは冬の空の下で長い首を捻り高い木の葉を食べていた

キリンは

どうしてそんな首が伸びたか
わからない

 

* 工藤冬里の詩「二月」からの引用

 

 

 

朝を感じる

 

みわ はるか

 
 

今年は全国的に雪が少ないらしく、寒さが大の苦手なわたしにとってはありがたいかぎりだ。
雪かきをすることもなく日々過ぎていく。
朝晩さえ我慢すればあとはわりと快適だ。
昔はあんなに雪が降ったのになぁ、兄弟でよくそり遊びをしたことを思い出した。
雪はきれいなんだと疑わなかったあの頃は、ガラスの器に雪をてんこ盛りにして、
夏に使いきれず冷蔵庫に残っていたブルーハワイの蜜をかけかき氷にしたこともあった。
当然冬に食べるのだからさらに体は冷えたのだけれど、なんだか特別なことをやり遂げたような
気分になって1人にやにや笑っていた。
当時飼っていた愛犬だけにはその姿を見られてしまった。
なんだか不思議なものを見るような目で小首をかしげていたっけ。

さて、そんな暖冬ということもあって最近職場まで歩いて通勤することにした。
歩くとおよそ20分かかる。
今年新調した超軽量登山用ダウン、インナーは超極暖、毛糸の帽子と手袋、リュックスタイルだ。
歩いてみると朝の空気は冷たいけれどとても心地よく背筋が伸びる。
顔だけは寒いけれどなんだか楽しい気分になる。
意外にも徒歩通勤の人も多く、だいだいわたしとほぼ変わらないスタイルで歩いている。
勝手に仲間だと思って心の中で「ニヒヒ」と笑う。
田舎道なので民家や商店が立ち並ぶ所を通過する。
みんな朝早いのに色んなことをしている人を目撃する。
まだ寝間着姿でなぜか必死に窓ふきをしているおばあちゃん、郵便受けから取った新聞を
その場で広げてしげしげと眺めている腰のだいぶ曲がったおじいちゃん、子供が言うことを
聞かないのか怪獣のようにわき目もふらず大声で怒鳴っている目の吊り上がったお母さま。
さらに民家やお店を眺めるのも楽しい。
看板の色が剥げに剥げて目を凝らしてようやく「クリーニング屋」だと分かる店、真冬だというのに
風鈴だけが数百個も並べられ売られている店(果たして需要はあるのか)、朝6時~夕方16時まで
モーニングセット提供とかかれた喫茶店(もはやモーニングではない時間帯だ!)、
早朝から年配の人が列をなし今にも開店するであろう大衆浴場。
こんなにも朝早くから人って動いてるんだなと思うとなんとも不思議な気持ちに包まれた。
ビュンビュン通る車をやり過ごしながら職場の近くまで来た。
わりと速足で歩いてしまうせいかいつも早目に着きそうになるのですぐ近くにある建物に入ることにしている。
なんとそこはとても大きいコインランドリーだ。
本当はコンビニとかそういう所が近くにあればいいのだけれどそういう類のものが全くない。
初めは抵抗があったけれど意外と快適なのだ。
ソファ、新聞、雑誌、テレビ、自販機となんでもあるからだ。
洗濯や乾燥をしに来る人が何人かいるのだけれど、朝の忙しい時間帯だからなのかわたしには見向きもしない。
ぐるぐると洗濯物が回っているのを遠目に眺めていると眠気に襲われる。
ついうとうとしてしまうのをぐっとこらえる。
もうここまでくると仕事に行くのが嫌になってしまうのだけれどなんとか重い腰を上げててくてくとまた歩き出す。
ふぅーと吐いた息は白い。
近くの工業高校では朝からカキーンとボールをバットで打つ音が聞こえる。
職場の真ん前の工事現場の人が魔法瓶に入った湯気の立つ熱々のお茶をおいしそうにごくりと飲んでいる。
みんな人間をちゃんとやっている。
毎日決まった時間に同じことを繰り返している。
晴れだろうが、雨だろうが、雪だろうが、必ずやってくる朝をきちんと迎えている。
人生は変わっていくものだから楽しいと誰かが言っていたけれど、わたしはこういう小さな変わらない日々も
結構好きだなぁと感じる。
なんだかそういうものに安心する。

大寒ももうとっくに過ぎたそんな朝の小さな物語。