ボディステッチ

 

村岡由梨

 
 

手のひらに刺繍しようと思って、
100円ショップで縫い針と赤い糸を買った。
手のひらの皮膚の、血が出ない痛みもない
ギリギリの深さまで針を刺して、すくいとる。
きれいな模様にしたいけど、
なかなか思い通りにいかない。
すごく惨めだけど、
きれいな赤だな、と思った。

手のひらを握って、私の「作品」を隠す。
みんな目に見える傷にしか気付かないんだね。
そういえば、縫い針って消毒したっけ。
ボディステッチって不潔かな。

だんだん赤い糸が引きつって、こんがらがって、
イライライライラする。
私の中のイライラとムズムズが
赤く盛り上がって白く膿む。
おでこ、鼻、あごの下。
頰にできたニキビは、
特に最悪で、
私を絶望させる。打ちのめす。
針の先っぽを、なかなか治らないニキビに刺したら、
白い膿がプツッと出た。

何度も何度も擦り切れるほど顔を洗っているのに
なかなかニキビが治らない。
これは私の数々の悪行に対しての、神様からの罰なのかな。
みんな私じゃなくて、私のニキビを見てるんだね。
醜いね。汚いね。
いちいち言われなくても、わかってる。
誰にも見られたくない。私を見ないで。
私が自分の醜さにどれだけ苦しんでいるか
お前らなんかにわかってたまるか、と心底思う。
能天気な笑顔の奴ら、みんな消えていなくなればいい。
中学の卒業アルバムなんて、とうの昔に捨ててしまった。
一人だけ背景の違う、歪に顔を歪めた顔写真なんて。
どこまで残酷なの。どこまで私を苦しめるの。

 

赤い糸が絡まる 絡まる ほどけない 助けて
糸をひく入れ歯。悪臭のする陰部。汗ばんだ手。
日常の些細な事柄が、
あまり気持ちの良くない思い出を引きずり出す。
私たちのせいで捕まった、哀れな男性のロッカーを開けたら、
裸のリカちゃん人形の写真がいっぱい出てきたんだって。
逃げられないように、
みんな両脚を切断されてたんだって。

思い出さないようにじゃなく、
思い出しても大丈夫になるために、
精神科に通う。薬を飲む。
先生、私に赤い薬をください。
両脚を失くした私は
汚い思い出から、なかなか逃げきれない。
数少ないきれいな思い出は、
誰にも知られないようにノートに書き留めて
枕の下に隠した。
誰にも知られたくない痛みは
カッターで太ももに赤く刻んで、
スカートの下に隠した。

夜、街を彷徨っていたら、
赤ん坊の叫び声みたいな
皮膚を切り裂くような音がキーンと聞こえて

夢を見た。
お風呂場で手首を切って
真っ赤な血がどんどん広がって
止まらなかった。
真っ赤な浴槽に浸かって、一人で泣いていた。
誰も私のことなんか気にかけない。
誰も助けに来てくれない。
そんな夢だった。

水洗トイレに座って、
赤い経血が一筋、滴り落ちるのを見た。
一本の赤い糸が便器の水たまりの中で
ゆっくりほどけて広がっていくみたいで
とてもきれいだった。

糸を縫い付けた手のひらが痙攣して、少し疼く。
明日になったら、針を刺したところから
少しずつ膿み始めるだろうな、と思う。

ひどく膿む前に
縫い付けた糸を抜いてしまう前に、
刺繍した手のひらを
本当は誰かに見て欲しかったな、
なんてね。
笑えないよ。
バカみたい。
最悪。最悪。最悪。

 

 

 

お知らせ 本日、2021年4月1日

 
 

本日、2021年4月1日より

 

2020年4月1日から開始した
広瀬 勉さんの写真、工藤冬里さんの詩、さとう三千魚の詩を、
月曜から金曜の毎日、公開する行為を完結することといたしました。

広瀬さん、工藤さん、ありがとうございました。

今後は、引き続き、
広瀬 勉さんの写真は月曜から金曜の毎日、公開し、
工藤冬里さんの詩、さとう三千魚の詩は毎週月曜に公開いたします。

毎月、月初に、辻和人さん、さとう三千魚などの批評を公開する予定です。

また、
沼恵一さん、薦田愛さん、塔島ひろみさん、みわ はるかさん、芦田みゆきさん、一条美由紀さん、駿河昌樹さん、小関千恵さん、松田朋春さん、萩原健次郎さん、陳式森さん、南 椌椌さん、道ケージさん、尾仲浩二さん、長田典子さん、Yoichi Shidomotoさん、ピコ・大東洋ミランドラさん、原田淳子さん、佐々木眞さん、狩野雅之さん、西島一洋さん、辻和人さん、Claudio Parentelaさん、白石ちえこさん、ヒヨコブタさん、正山千夏さん、松井宏樹さん、鈴木志郎康さんなどの作品、また他のゲストの作品を随時、掲載します。

日曜日はお休みです。

よろしく、お願いいたします。

 
2021年4月1日  さとう三千魚