今更ながらパパっていうこと

 

辻 和人

 
 

今更ながら
何なんだ?
2階に引き上げるミヤミヤ、ぼおっと浮かぶ
「かずとん、後はよろしくね」
午前1時のシフト交代
コミヤミヤとこかずとん、ぽおっと浮かぶ
オムツ替えてミルク飲んで
じき寝るかな?
次にぽおっと浮かぶのは
おっと、2カ月半の新米パパ
擦り切れたジャージ着て寝不足の目しょぼしょぼさせてる
パパって何だ?
一生独りでいくぞって決めてたよな
なのにひょんなことからノラ猫かまうことになって
ひねった首で舐め舐めしあう冷蔵庫の上のファミちゃんレドちゃん
ぼおっと浮かぶ
一緒に過ごすニンゲンの仲間もいいかもって
待ち合わせの改札でこっちこっち背伸びして手を振るミヤミヤ
ぼおっと浮かぶ
お腹ぷっくりミヤミヤが
お腹ぺったんこミヤミヤにぼおっと入れ替わって
入れ替わったと思ったら
へその緒ひょろっとコミヤミヤとこかずとん、ぼおっと浮かぶ
上手なジャズ研があるからってぼおっと大学を決め
本が好きだからってぼおっと就職先を決め
詩が書きたいからってぼおっと書いてきた
その先に
深夜1時のぼおっとパパだ
何にもない
今更ながら
ぼおっとパパだ

赤ちゃん見守り用ベッドに横になる前に
お楽しみを一杯
実はウォーターサーバーをレンタルしたんだ
ちょっと贅沢かと思ったけど何の何の
お湯と常温水と冷水が出てミルク作りがめっちゃラク
富士山麓のおいしい水使ってる
赤ちゃん用の水だけど一杯だけ失礼するよ
ビー、コップについで
ごくっ、浸みるぅー、ンうまい

コミヤミヤとこかずとんの呼吸確認するか
両手バンザイポーズで眠ってる
耳近づけて
ぼおっと吸って
ぼおっと吐き出す
ぼおっと規則正しく顔色も良く
浮かんでる
次のミルクは午前4時
コップの残りの水ぼおっと飲みほす
水って味がない
ないからンうまい
今更ながらパパって
何にもない
味もない
午前4時にぼおっと浮かぶ
ぼおっとパパなんだ

 

 

 

万歩計9585

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

スマホに 万歩計
小一時間歩くと 6750という数字
歩きなれた 関町から吉祥寺
垣根の白バラは 年々ふくらみ
悩ましい 花の生死が 匂う
万歩計は 6750で
音もなく たちとまる
そして さらに きざまれ
真昼の空の青みを 裂いて
月から落ちてくる 林檎の音
地球の裏の 鯨のため息
ウーヨン ウー ウーヨン ウー
すれ違う 四匹の犬はおとなしく
どこかで 鳳仙花が 破裂
アリランが 空耳で ラプソディ
記憶が ひび割れて
シチリアのモザイク
クロスワードが ギクシャク

あたまのなかの 赤いポスト
スヌーピーの84円切手が笑った
返事を書こう 文字を書こう
藁の紙に ペンを走らせたが
文字は浮かばなかった
鉛筆を走らす 速度を変える
音がかわる 色が変わった
ここは どこだろう
万歩計は9585

そこで一枚の絵を 思い出した
ダウンの子 U君が描いた絵
彼はことばを語らない 歌わない
シセツの 絵画教室で
30分 たっぷりかけて
たった一本の 線を引く
すこし 首かたむけて
軽くかるく 鉛筆をにぎり
30分かけて たった一本
20センチの 線を引く
これまでに 見てきた 無数の絵
U君の一本の線ほど
胸に迫った絵はない 本当です
この微々に ふるえる
たった 一本の線
U君は 天才的におだやかで
天才的に 語らない人
U君が この世界で
感受しているもの そのすべて
一本の線が 語りかける
万歩計は 9585のまま
U君とは 二度と会うことはないだろう
げんきでいればなあ
この星の どこかで

 

 

 

5月の人称

 

工藤冬里

 
 

一人称の多重を理由に
憎まれ攻撃の強まる先の頁は
理由に出来ない疾患のカタカタと
処罰と無力の務所の庭で
名前を肴の宴を張るドキュマン
まず歌うたいを任命し
矢とした
武装を覆す万能感に浸れ
今はまだ空腹ではないのだから
じきに子供を煮ることになる大飢饉の前に
戴冠式のスピーチライターの用意した双頭の犬を仕留めよ
猪はいずれは射的場になる畑に背を擦り付けよ
恐れるのは仕方ないとしても
立たされたまま矢面で歌え
誰からも愛されず一人称は死んだ
子供を連れて向かう刑場
奈良辺りの塔の絵の中に棲んでいる声で
そうすれば動じないでいられます
そうすればeverything’s gonna be all right
苦痛もなくなりますがよいですか
頭が一つしかない犬はゼリーの階段に居る
いや黒胡麻汚しのプリンかもしれない
その三人称には子供だった時とお姉さんになった時の二種類しかなかった
バイトしていた回転寿司が潰れているのを今日見た
お針子の口調で目標と言っても小さなもので大丈夫ですと言い滑り
マスクと眼鏡と眉毛の双頭が退くと
気から来た痛みが腰から昇ってくるのを
歌で呼ぶ救急車に猪を乗せ
腹を割ったら紫水晶だった
波及するシステムの中で困難は売られている
噴火の見える最終階の煙たい備蓄に歌が戦ぐ
黄色なのか金色なのか兎に角装って
噺家の死前喘鳴を続けよう
どこから抽出されているか分かるまで鉛筆で
この体という家にいる限りは本当のことを言ってくれる人から
いくつもの真が放射場に語られる
体現し吸収するこの平たい家に下水はあるか
雲は青白の洗濯機に入る
栄養豊富で添加物もない経路に
雲水の書を流すか
爆破するのは半導体工場ではない
ラーメン屋のカウンターで手放した刃物で
新しい歌をなぞる

 

 

 

#poetry #rock musician

狩 *

 

さとう三千魚

 
 

今朝
風が吹いてる

枇杷の
黄色の実の

初夏の日射しを受けている

モコは
玄関のタイルの上で眠っている

女は
御殿場の

アウトレットで買った茶色の
チェックの

半袖シャツを着て鏡の前に立っていた

ながく
立っていた

それから
クルマで出かけていった

モコを抱いて
女を

見送った

しゃがんで
庭の隅の

カサブランカのまっすぐに佇つ緑の花芽を見ていた

青く
膨らんでいた

紫陽花の白い小さな花たちもひらいていた

女と
モコと

いつか
野の花を狩りにいこう

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”スポーツとあそび” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life