食欲もなくなるコラール *

 

さとう三千魚

 
 

夕方の鐘が鳴った

西の光が
明るい

障子には
白木蓮の葉を青くひろげて

葉の影が
揺れている

朝には
雨はあがり

女は灰色の
車で出掛けていった

モコと
ふたり

見送った

雲が流れていた
サラダを馬のように食べた

それから
一日

冬の毛布を洗った
ベランダの物干しに掛けた

ディキンスンの詩をコピーした
たくさんコピーした

どこにも出掛けなかった
高橋悠治のピアノを聴いていた

風が吹いていた
雲が流れていた

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”スポーツとあそび” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

文字をめぐる形而上的現象学

 

駿河昌樹

 
 

本を読むことや
なにか書きつけることについて
もっとも核心的なことを
たいていの人はわかっていない

文字は
否応なしに
人を無私にする

なにかを読んでいる人というのは
名前や履歴や肉体のある誰それではすでになく
読むということの発生場や瞬間でしかない

書いている人も同様で
おそろしいほど抽象的で
非物質的な現象そのものとなっている

文字をめぐる形而上的現象学こそ
まず考究されるべきで
いわゆる文芸的鑑賞や批評は
二の次三の次にされねばならない

文芸形而上学者の
モーリス・ブランショのような人が
いくらも必要とされる所以である