塔島ひろみ
電車で1時間半も離れた知らない町で
名字の違う家に住むことになった
知ってる人たちから離れ知らないものに取り巻かれて
社交的な性格でも器用なタイプでも物覚えがよくもないのに
彼が住んだこの知らない町の彼と違う名字の家はもうなかった
平たい駐車場になっていた
道を挟んでその向かいは延々と続くバリケードで
中は見えない
高いクレーンだけが頭を出してる
空高く高くのびている
そしてなにかを吊り下げていた
黄色っぽいなにか お弁当箱みたいな
ぷらんぷらん揺れていた
一体何十メートルあるんだろう あんな高いところに
その高いところに 他になにもないところになんの用があって
空中に吊るされているんだろう
クレーンは動いていないのにそれだけが揺れてて
もがいてるようにも見えたし
踊ってるようにも見えた
鳴らない楽器のようにも見えたし
内臓が出たネコの死骸のようにも見えたし
爆弾のようにも見えたし
私のようにも見えた
私だった
バリケードの内側では138戸(邸)の巨大プロジェクトが進んでるらしく
バリケードにはそのまだ存在しない未来の邸のリビングで
架空の家族が暮らすイメージパネルがでかでかと取りつけられていた
顔に西日があたって熱く
体を揺するけど高すぎてどうすることもできず恐くてめまいがして
クレーンだけが頼りだった
知らない町のうんと高い高い空中で
親兄弟でも友だちでもないクレーンだけが頼りだった
誰とも遠いところにいて
私だけが小さくて
物覚えが悪くて センスがなくて 場が読めなくて
それから クレーンが動きだし
少しずつ私は近く大きくなり
色とか形とか肌目とかが見えてきて
ああそっか、これ…、と正体がわかり(バレ)かけたけど
バリケードの高さまで来ると見えなくなり
それからすごく大きな ギエ!という怖い音がした
延々と続くバリケード
若めの女性、赤ちゃん、中年ぽい女性、よくわからないたぶん男性、
はっきりしない人たちが
表情とかなくて ぼんやりしてて
服装も地味で おとなしそうな人たちが
パネル上で暮らしている
なにかしてるわけでなくただいるだけで
だから暮らしてるんじゃないかもしれない
家族ですらないかも
ゴージャスなできたての(実はまだできてない)高級マンション
その一室で 後ろ向きに腰かけて
来年7月には終わる、不要になる人たち
壊され、むしられ、化けの皮を剥がれる人たち
だから顔が(正面)ないんだなと思った
それともこのまま別のところで使いまわされるクリアホルダーみたいな人たちかもしれない
電車で1時間半かけてやってきて
来てみてら本屋や魚屋さんがあるなんかあったかい懐かしい町で
ゆっくり歩きたくなる町なのでゆっくり歩いて
彼ん家(名字は違う)がなくて平たい駐車場とバリケードとクレーン、パネルに行き当たって
なんだか寂しくてしょうがなくて
どこに帰ればいいのかわかんなかった
(4月某日、板橋区上板橋2丁目で)