サラリ、サラリ

 

辻和人

 

 

「私も、ワンちゃんよりネコちゃんの方に
近しいものを感じているんです。」
「それはなぜなんですか?」
「うまく言えないですけどね。フィリピンにいた頃飼ってたし…。
ネコちゃんかわいいですよね。」
明日は東京に帰るという夜
舞台は
政治家がお忍びで泊るみたいな(ってとこまで行かないけど)豪華な和室の窓の際
浴衣姿で並んで、高価そうな灯籠のある庭を眺めたりしているんだけど
ぼくのファミちゃん・レドちゃん自慢話を受けたその告白は
そのまま、ふっと空中に消え
代わりに
細身の彼女の生身のふっくらした抵抗感が
つい今しがたの
ふっくらした抵抗感が
熱を帯びて、浮かびあがってきた
何てゆったりした時間……

それから互いの家族の話になった
「ぼくの父は引退して長いから穏やかな感じですよ。
ファミちゃん、レドちゃんの世話が一番の仕事って感じかな。」
それを聞いたミヤコさん
ふぅーっと息を吐き出したかと思うと
「うちの父、悪い人じゃないんですが、
頑固者なんですよ。」
えーーーっ
頑固者ですか
いえいえ
ちょっと怖いけど
大丈夫
婚活で知り合った仲では
こうやって「次の段階」が
サラリと立ち現われる
サラリ、サラリ
すごーく自然
ずっと生身を寄り添わせてきたこの丸二日間は
まるで淀みのない時間だった
40越えのぼくらには
焼けつくような、とか、盲目の、といった類のモンじゃなく
よく見て、よく話して
それでいて淀みがないってことの方が重要なんだ
「頑固って、いいことじゃないですか。
それにミヤコさんだって結構頑固でしょ?」
「えーっ、そうですかぁ。そうかもしれないけど…。私はうちの父とは違うと思います!」
そ、そんなムキにならなくても……
ワンちゃんは主人の意向を探ることを優先するけれど
ネコちゃんというのは、そこにある身体を
そこに流れる時間に委ねきる
そこに淀みはあるか?
いいや、ない
サラリ、サラリ
待ってました、待ってました
それじゃ、いつの日か
頑固者相手に
どんな振る舞いをすればいいのかな?
ミヤコさん、一緒に考えて欲しいです

 

 

 

収まるんだぁ

 

辻 和人

 

 

うっへぇー、すごい雨だなぁ
羽田から大分空港へ、それからバスで湯布院へ
そうです、そうです
旅行ですよ
ミヤコさんと旅行ですよ
おさらいすると
1月にメールのやり取り、3月に実物に会い
5月におつき合いスタート
6月にお宅にうかがって
ありゃまあ
今日、7月14日は旅行ですよ
オクテなぼくには考えられないペース
おっとっと
水たまり、水たまり
「思ったより降ってますね、早くどこかのお店に避難しましょう」

山小屋風のレストランにダッシュ
濡れた髪をタオルで拭いて
思わず顔見合わせて
あはっ
名物のだんご汁定食が運ばれてきた
ほうとうみたいなモチモチした舌触りがいいね
湿っぽい髪のまま
写真なんか取り合っちゃってさぁー
旅って感じ、してきたぁー
ひさびさぁーの2人旅なんだぁー

「ツジさん、小降りになってますよ」
ほんとだ、良かった
荷物をロッカーに預けて
探検の始まり始まりぃ
大きな鳥居を潜ってまっすぐな道をまっすぐ歩いていく
まっすぐ、まっすぐ
ぎゅっと握って
そっと抱いて
そういうことがもうぼくたちにはできるんです
だから幾ら歩いても疲れない
「あっ、川に大きな鳥がいる!」
「シラサギじゃないですか。きれいですね。」
シラサギ一羽見かけることがこんなに楽しいなんて
ナイスなタイミングで虫をついばみに来てくれて
シラサギ君、ありがとよ

ノーマン・ロックウェル美術館とステンドグラス美術館を見て
まっすぐな道をまたまっすぐ、まっすぐ
駅に戻って喫茶店でひと休み
湯布岳をイメージしたスイーツがあるっていうから注文してみると
巨大なアイスクリームに綿あめがドバッとかかったものが出てきたよ
山と霞
「湯布院の人は想像力が豊かですねえ。」
「2人がかりでも全部は食べられないですよぉ。」
アイスクリーム山をスプーンでつんつん突っつくミヤコさん
雨後のせいでリアルの山は見えにくかったけれど
2人の間で
これで湯布岳のイメージはバッチリだね

タクシーで宿へ
古民家を改造した素敵な旅館だけど
実は部屋がダブルブッキングされるトラブルがあったんだ
ミヤコさんが抗議してくれたおかげで
同じ料金で上のクラスの部屋に泊れることになった
さあて、どんなお部屋かなー
げげっ
豪華で広々した和室が二間
掛け軸の龍が口からいかにも高価そうな炎を吐いている
「政治家がお忍びで来るって感じだねえ。宿に悪いかな。」
「いいんですよ。間違えたのは宿の方なんですから。」
ミヤコさんは澄ましている
「でも、ちょっと得しちゃいましたよね。」
へへっ、て
たくましいなあ
へへっ、へへっ

一晩明けると雨は止んでいてすっかり観光日和
2人とも歩くの大好きだから
「今日はとことん歩きましょう。」
花の木通りをゆらりゆらり
いろんなお店があるもんだね
水槽に突っ込んだ足の角質を食べる魚にびっくり
かわいいアクセサリーや雑貨をうっとり見ているミヤコさん、にうっとり

金鱗湖では他の観光客から写真を撮ってもらった
湖面を眺めていたら、若い女性が
「写真撮りましょうか。」と声をかけてくれたんだ
カップルに見えたんだな(当たり前だが)
ぼくたちカップルなんだな(当たり前だよ)
日除けの帽子&アジアンテイストの青いワンピース姿のミヤコさん
誕生日にミヤコさんからもらった真っ赤なハートつき黒いTシャツ姿のぼく
ぼくはミヤコさんの腰に手を回して
2人して微笑んでいる
そういうものが
スマホの中に残されることになりました
ああ、こんなことも
生身と生身の触れ合いがなきゃできないことだ

山下清にシャガール、現代彫刻に民芸品
湯布院は美術館が多いね
規模は小さいがどこも個性がキラリとしている
川沿いの道を
ぎゅっと握って
そっと抱いて
緑の熱い息に吹かれながら歩くうち
お洒落なロッジのような洋館を発見
「ドルドーニュ美術館」と書いてある
どれ、入ってみようか

「いらしゃいませ。スリッパにお履き替え下さい。」
感じの良い老婦人が出迎えてくれた
ほう、これは美術館というより個人宅
外からは洋館に見えるけどどうやら元は日本家屋っぽい
高い天井に太い立派な梁が何本も張り巡らされている
「古民家を改造して作った美術館なんですよ。」
所狭しと並べられた絵や彫刻には
まるで統一感というものがない
素朴な風景画からアヴァンギャルドまで
傾向、バラバラ
が、なぜだろう
作品に統一性はないのに
妙に収まりが良いんだ
作品同士が仲良し
作品同士がお友達
いかにも「お部屋」ってところに
長い間架けられたり置かれたりしたよしみって言うのかな?
大きな美術館の冷たい壁に展示されていたら
うっかり見過ごしてしまうかもしれない地味めな作品も
ここではしっかり居場所を主張してる
ミヤコさんも熱心に見入ってるぞ
「あの、よろしければ冷たいお茶、召し上がって下さいな。」

お言葉に甘えてアンティークな感じの椅子に腰をかける
ぬぬっ、足に何か柔らかなものが!
黒猫ちゃんだ
ゆっくり床を横切っていく
「館主のUと言います。ここは九州にゆかりの作家の作品を集めた美術館なんですよ。」
Uさんはこの地域でのアートの普及に長年力を尽くして
縁のできた国内外のアーティストの作品をここに展示しているのだそう
バングラデシュの作家の作品もあった
カビールという名前の画家、日本で学んだそう
抽象画なのだけれど色づかいが繊細で
とても暖かい
あれー、黒猫ちゃん
テーブルの足に一生懸命頬っぺを擦りつけてる
このテーブル、私のものなんだよ
だって
うんうん、わかるよ
そうだろうね、そうだろうね

Uさん自身、彫刻家であり、俳人であるそうだ
Uさん作の座禅をする若い女性の彫刻を見せてもらった
ノースリーブの普段着のまま
ちょっと姿勢にぎこちなさを感じさせるけど
きりりとした表情
初々しい
きっと日頃から親しくされている方なんだろう
そうじゃないとこんなに細かく表情彫れやしない
黒猫ちゃん、今度は椅子の間をくるっくるっとして
背中をしならせて、絨毯で軽く爪とぎ
すっきりしたかい?

「宇治山哲平の作品を集めた部屋があるのですがご覧になりましたか?
大分出身の有名な抽象画家なんですよ。」
Uさんとも親交があったという
名前くらいは聞いたことある
「どうぞ、こちらへ。」
ほうっ

それは
赤と緑とオレンジが
○と□と△が
軽やかにコロコロ遊ぶ世界
コロコロ
コロコロ
あ、ソレ
コロコロ
ソレ、ソレ
コロコロ
コロコロコロ

「色が鮮やかでとっても楽しいです。」ミヤコさんが感嘆すると
「そうでしょう、そうでしょう。
宇治山さんの絵ね、一つ一つの形にみんな意味があるんですよ。
曼荼羅みたいにね。
だから抽象ですけれど他の抽象画とは違うんですよ。」
画面の中で
コロコロ動き回る
○□△
見惚れていると
足元にほわっとしたものが
黒猫ちゃんだ
飼い主さんについてきたのかな?
宇治山哲平の絵を鑑賞するぼくとミヤコさんの間を
するっするっと
抜けていく
そのリズムが
転がり続ける○□△のリズムに
うまく重なってるんだ

○□△と黒猫ちゃんと
素朴な風景画とアヴァンギャルドと
梁のある天井とアンティークな椅子と
バングラデシュと座禅と
…………
水たまりとだんご汁定食と
豪華な和室とシラサギと
綿あめと角質食べる魚と
アジアンテイストの青いワンピースと真っ赤なハートつき黒いTシャツと

縁が結ばれれば
コロコロ
コロコロコロ
リズムが生まれて
中身はバラバラでもきれいに収まる
感激して
ぎゅっと握って
そっと抱いて
収まるんだぁ

 

 

 

眉のポチッ

 

辻 和人

 

 

ンルルルン
ンルルルン
この土日は実家に帰る
親の顔を見に
じゃなくて
猫の顔を見に、ね
帰る、帰る、帰る、帰る
ルンルン

祐天寺のオンボロアパートで面倒を見ていた
ノラ猫のファミとレド
ペット禁止なので頭を下げて伊勢原の実家で飼ってもらっているんだけど
年に一度、お正月の時くらいしか帰らないぼくが
ほぼ毎月顔を見せるようになった
引退した父親がトイレの掃除とごはんを担当
母親が寝かしつけを担当
ああ、ホント、ありがとうございます
ぼくがちょくちょく顔を見せるようになったから
両親もちょっと嬉しそうだったりして
というわけで
ファミちゃん、レドちゃんには感謝なのです

ただいまーとドアを開けると
冷蔵庫の上で並んで寝そべっていたファミとレドが
半眼を開け
ぴくっと耳を立て
背中をしならせてノビをしたかと思うと
トトトッと隣の戸棚を器用に利用して降りてきて
タンッと着地
足元にまとわりついてきた
覚えていてくれてるんだなあ
マイペースなファミは挨拶を終えるとすぐに毛づくろいを始めるが
ぼくが荷物を置きに2階に上がるとサーッとついてくる
気の弱いレドはこちらから近づくとビクッと逃げるが
しっぽの付け根を優しく撫でてやるとお尻を高く持ち上げて
撫で続けていると寝そべってコロッとお腹を出す

両親にお土産の和菓子を渡し
じゃあ、家族水入らず、ご飯でも食べましょうか

「和人、婚活はうまくいってるのか?」
鱈の水炊きをつつきながら父親が聞くので
「うん、まあまあ順調だよ」って答えたら(ミヤコさんの話を出すのはまだ早い)
「合唱サークルで知り合った女の人にお前の『真空行動』を貸したら
お嫁さん候補を紹介したいって言ってきたぞ」と
とんでもないことを言う
あ、『真空行動』っていうのはぼくが昨年出した詩集で
ファミやレド他、ノラ猫をかまったことが書いてある
いい歳した男が猫ちゃんに振り回されて
こりゃいかん
こんな人にはしっかりした奥さんがついてなきゃダメだ
その人は思ったんだろうな
すみませんねえ
ご心配おかけして
「お父さん、とりあえず今のままで大丈夫だからさ
その人にはお礼を言っておいてね」
ぐつぐつ煮える鍋の中から豆腐を小皿に取った

ところで、ところで
その鍋を見つめているのは両親とぼくだけじゃないんだよね
レドちゃん
母親の横の空いてる椅子に飛び乗って
真剣にテーブルを眺めている
あーあ、甘やかしたばっかりに
食いしん坊のレドは人間の食べ物に興味を持ってしまった
朝昼夕、人間と一緒に「食卓につく」ことになってしまった
ファミはキャットフードで満足してるってのに
困ったもんだよ

しょっぱいものは猫の体に悪いので
鍋からすくった鱈の身をポン酢にはつけず
ふぅふぅーっ
冷まして掌に載せて口元に持っていってやると
フンフン、匂いを嗅いだかと思うとすごい勢いで
パクッ
満足そうに口を動かした
全く……
おいおい、そう言えば

レドは基本、白猫だが
目の周りと鼻の横としっぽは黒い
特に鼻近くの黒い染みは印象的だ
母親はチャップリンみたい、なんて言ってる
おいしいものを見るとチャップリン風チョビ髭をぴくぴくさせるんだ
そんでもってミヤコさん
左の眉の辺りに
ポチッと
ホクロがある
目立つという程じゃないが
無視することはできない
レドもミヤコさんも
このアクセントの効いた目印に
生まれた時からつきあってきたわけだ

チョビ髭のないレドは考えられない
眉のポチッのないミヤコさんは考えられない

ポチッ
ポチッ
ポチッ
笑ったり
ポチッ
ポチッ
ポチッ
驚いたり

感情が揺れて眉が上下するたびに
ポチッ
小さな自己主張
わがままなレドと折り目正しいミヤコさんは
性格的には一見正反対だけど
隠し持っているものは同じなのかもね

ポチッ
ポチッ
ポチッ
ぴく
ぴく
ぴく
ポチッ
ぴく
ポチッ
ぴく

笑いたい、食べたい、怒りたい、甘えたい

レドは臆病な猫で出会った頃は逃げてばかりいた
ちょっと近づくと
チョビ髭ぴくぴく
でも食いしん坊で甘えん坊で
お皿にミルクを注ぐと
ぴくぴく
しっぽの付け根を撫でてやると
ぴくぴく
今はレドについてはかなりわかってきているけど
ミヤコさんについては
まだまだわからないことが多い
喧嘩したことないから
怒った顔見たことないし
泣いた顔も見たことない
本気で甘えた顔もまだ見たことない

ポチッ
ポチッ
ポチッ
ちょっと覚悟も必要だけどさ
ねえ、レドちゃん
ぼく、ミヤコさんの未知のポチッを
これから幾つも幾つも拝むつもりでいるから
応援しておくれよ、ね?

 

 

 

スパイシー

 

辻 和人

 

 

はい、今、西国分寺の駅の改札前に立っています
ミヤコさんを待ってます
夏に入りかけのだるい風が吹いています
けど背中がキーンと冷えてる感じです
初めて
ミヤコさんのマンションに行きます
ミヤコさん、来ました
ぼくと同じく会社帰りのカッコです
軽く手を振ってます
行ってきます

「こんばんは。」
エレベーターに乗り込む時
すれ違った住民の方に曖昧な笑顔であいさつ
ミヤコさんは平然と、にこやかにあいさつしてるけど
ぼくたちってどう認識されてるのかな?
ぼくたちっていう単位が今、問われてる
それはファミやレドがまだノラの子猫だった頃
ぼくが、単なるエサやりさんの一人か
彼らの保護者かを問われてるのと
ちょっと近いかな?
そうそう
近さだよ、近さ
近さにもいろいろある
これからミヤコさんとどんな近さを得られるか
エレベーターに揺られながら待つ
ドキドキだ

カチャ
鍵を回す音をいやにはっきり聞こえる
「どうぞ、お入りください。」
「お邪魔します。」
恐る恐るスリッパに履き替えると
おーっ、きれい
ぼくのオンボロアパートとは大違い
清潔で居心地のいい1DK
「今からご飯作りますから。ちょっと待っててくださいね。」
グリーンのソファーベッドに腰掛ける
ミヤコさんの体温を吸い込んだ場所だ
この材質
ファミとレドを放したら
めちゃくちゃ喜んで引っ掻くだろう
おや、窓の側には、葉っぱを青々と茂らせた
人の背くらいある植物が置いてあるぞ
「この観葉植物、何ですか?」
「パキラっていうんですよ。
10年前、このマンションに住み始めた頃に買ったんですけど
どんどん大きくなって。
時々切ってあげないと茂っちゃって大変なんですよ。」
生命力旺盛なパキラ
10年間ミヤコさんを守っていてくれて
ありがとう
これからはぼくが……おっと、調子に乗るなよ

台所に立つミヤコさんの後姿
エプロンをかけ
懸命に肩を動かして
食べさせようとしているんだな
ぼくという生物に

食べさせる
食べさせる
ぼく、食べさせてもらうんだ
これはただ食事をするってことじゃない
もぐもぐした口の動きを通して
生身の相手の奥の奥につながっていくってことなんだ
ファミもレドも、そしていなくなってしまったソラもシシも
そうやってぼくとつながっていったんだよなあ
それが、いよいよ
いよいよだ

「できましたよ。簡単なものばかりですけど。」
ヤッホー
テーブルに並んでいるのは
かぶのコンソメスープ、トマトとアボカドのサラダ、だし巻き卵に肉じゃが
いただきまーすっ
スープは……いい塩加減
サラダの手作りドレッシングもさっぱりしていて良い感じだ
だし巻き卵はもともと好物だけど
程良い甘みがあって、うん、これはうまい
では肉じゃがを
おいしい、でも、あれ?

「ミヤコさん、ミヤコさんって肉じゃがに玉ねぎ入れないんですか?」
「えっ」

「わぁ、ごめんなさい。
どうしちゃったんだろ。いつも絶対入れるのに。
ちゃんと買ってきてたんですよ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
じゃがいも、ほくほくして、とってもおいしいです。」

玉ねぎなしの肉じゃが
全然OKです
肉じゃがなんだからお肉とじゃがいもが入っていればよし
にんじんだって入ってるじゃないですか
うん、うん
玉ねぎが入ってなかったことで
ミヤコさんともっと近くなった気がするぞ
入ってない玉ねぎが
真っ赤な笑顔を呼んで
スパイシーな味を加えてくれた

今日は週の真ん中の日だし
長居は遠慮してこれで失礼しますが
いずれぼくが「食べさせる」方を担当しますよ
玉ねぎの代わりに
何が足りないか
何が余計かは
お楽しみ
食べるんじゃなくって
食べさせる
食べさせてもらう
その先に
どんなスパイシーな近さが現われるか
それが楽しみなんです

 

 

 

ぐるぐるして、ぎゅっ

 

辻 和人

 

 

あれからミヤコさんとは毎日メールするようになってね
「今日はお疲れモード><のため、早めに zzZZ ・_・ことに。
あと1日頑張りましょう (=^・^=)
お休みなさい^^」
だってさ
ケータイの画面の中から
「女の子」が手を振ってるよ
ミヤコさん、意外と顔文字・絵文字いっぱい使う人なんだよなあ
字だけの無粋なメール返しちゃって悪いけど
はい、頑張りますよ
お休みなさい

デートは週一のペースでいろんなトコに行った
中野のタイレストランに行った、渋谷の沖縄料理店に行った
行った、行った
美術館や映画にも行った
ミヤコさんのオススメは世界報道写真展と脱北者の人生を描いた韓国映画
うーむ、お固い
「です」と「ます」を語尾にくっつけて
取引先の人に対するように、にこやかに、丁寧に、話し
そんでもって
ケータイの中ではちゃっかり「女の子」だ
行った、行った、行ってみた
40代「女子」の世界
未知だったこの世界
うん、いい、すごくいい

水曜の夜、会社が退けて吉祥寺に急ぐ
ミヤコさんが以前入ったことのあるお店に案内してくれるという
ぼくも人並みなことしてるなあ
待ち合わせ場所でピンクのカーディガンが目に飛び込んでくる
派手でもなく淡くもないその色調が
40代「女子」としてのミヤコさんの現在地を示している
「ここ、前に職場の人と来たんですけど、感じ良かったですよ。」
公園入り口近くの焼鳥屋さん
なるほど
大衆的な価格設定だが清潔でオシャレ感も少々
会計はここのところワリカンでさ
無理していい店なんかには行かなくなった
毎週アフターファイブに異性の人と会う
特定の趣味をやるとかじゃなくて
ただその人と会いたいから会う、なんて
人並みな、ね
ことをするっていうのが
まーぁー何だかー
不思議ぃーなんだなー
その不思議をひと串つまんで
顔を軽く見合わせて
じゃ、いただきます

「せっかくだから酔い醒ましに公園ちょっと歩きましょうか。」
「あ、いいですね。」

はい、ここは夜の井ノ頭公園です
こんなに広かったっけ?
こんなに暗かったっけ?
木ってこんなにごわごわしてるもんだっけ?
この時間帯でも歩いている人はそこそこいるんだけど
人影は半分食われたみたいに細っこい
ミヤコさんは平然としてカッカッカッと歩いているけど
大丈夫なの?
「いやあ、意外に大きい公園なんですねえ。」
「ええ、一人で歩くときっと怖いと思いますよ。」
え?
ぼくがいるから平気ってことですか?
エヘヘ
頼られちゃった
人並みって奴を随分長い間遠ざけていたけれど
人並みも一つ一つ違うんだね?
そんなことにこの年齢で気がつくってのも
悪くないや
揺れるピンクのカーディガンが闇の中でぽっと目立って
そこだけあったかい感じがするぞ

「また仕事で海外行ったりしないんですか?」
「いいえ、しばらくありません。」
みたいな会話を続けていて
おりゃ?
そろそろ一周なのに駅への出口が見えない
「ツジさん、出口あそこです。私たち、通り過ぎちゃったみたいですね。」
おりゃりゃ
暗くて全然わからなかった
何度も来たことあるのに、井ノ頭公園、昼と夜とじゃ大違いだ
「すいません。気がつかなくて。
引き返しましょうか?」
言いかけて
うん、よし!

「あのー、どうせですからもう一周歩きませんか?」
さあ、どう出るか?
「いいですよ。歩くの気持ちいいですね。歩くのは好きなんです。」
ヤターッ

ミヤコさん、ここぞってトコで決断力がある
一周するのに20分はかかるのにさ
今日は週の真ん中で明日休みじゃないのにさ
じゃ、ぼくももう一つ決断するよ

「あの、手、握っていいですか?」
「いいですよ。」

生身のミヤコさんの生身の手に
生身のぼくの生身の手が近づいて
そしたら生身のミヤコさんの生身の手も近づいてきて
触れて
合わさって
ぎゅっと
一つになった

暖かい
柔らかい
ぼくとミヤコさんが辿り着いた
人並みの感触だ
生身の人並みの感触だ
ぐるぐるして、ぎゅっ
ぐるぐるして、ぎゅっ
ぐるぐるして、ぎゅっ
微かな光を跳ね返してひたひた動く
黒い黒い池の水が、今
大好きだ

 

 

 

1本より2本

 

辻 和人

 

 

あの後、ミヤコさんとは
下北沢の魚のおいしい店で会いまして
3時間近くも楽しくお喋りできちゃいました
うん、この人とは気が合うな
合う、合う、
合うよ、こりゃ、
ってんで
5月の連休の最終日に江ノ島でデートすることになりました

快晴
あ、来た来た、ミヤコさん
手を振った途端
ミヤコさんが着ていたクリーム色のチュニックが
ひゅらひゅら、ひゅらーっ
風が強いか
そのくらいの波乱はあって良し
じゃ、行きましょうか

長い長い弁天橋
並んで歩くとまだ緊張するけど
遮るもののない橋の上で海の塩っ辛い風に思い切りなぶられて
(やだあっ)と髪を押さえつつ
(しょうがないなあ)という表情を浮かべるミヤコさんの様子に
ちょっと心がほぐれてきた
そうだ、話題話題
「江ノ島なんて久しぶりなんです。」
「私もですよ。」
ミヤコさん、ぼくと同じ神奈川県の出身なのに
中学以来、ほとんど来てないそうだ
うーん、近場の観光地なんて特別な日でもなけりゃ
滅多に足を運ばないもんな
で、今日、その特別な日をもっと特別にしなきゃ

お昼の混雑の中、奇跡的に座れた店で
生しらす丼頼みました
「やっぱり新鮮なのはおいしいですね。」
「本当ですね。」
「獲れた所ですぐ食べられるっていうのが最高ですね。」
「本当にそうですね。」
「わかめのお味噌汁もいい味じゃないですか。」
「ええ、潮の香りがするみたいで、本当ですね。」
どうすると、また
「本当に」と「ですね」の隙間で
するするするーっと
不安が駆け抜ける
そうなんだよなあ
だいぶ親しくなってきたけど
まだ探り合ってるんだよなあ

江ノ島はこの辺では有数の聖地なんだけど
ここの神様は人間のすることに結構寛容でね
神社への坂の両側にはいろんなお店がニョキニョキ生えている
食べ物屋さんとか民芸品屋さんとか
「あれ、かわいいですね?」
彼女が指さしたのは
貝殻を使ったアクセサリー
貝は生き物だから、ポッコポコ、姿が不規則
一つとして同じものなんかない
ミヤコさんはこういうちょっと雑音が入ったデザインが好きなんだなあ
子供の頃フィリピンで過ごしたことがあるせいか
東南アジア風の目が回るような模様の服が好きって言ってた
(今日は違うけどね)
君たちのポッコポコした形態が彼女の心を捉えたおかげで
探り合いが溶けて
気持ちが回るようになってきた
ありがとうっ
「あはっ、ほんっと、かわいいです。」

神社に着いた
海が青いな
こんな当たり前に青い海を誰かと見るの
何年ぶりだろう
「わぁ、きれいな海ですね。今年初めて見る海がこんなにきれいで良かったです」
「きれいですね。喜んでもらえてぼくも嬉しいです。」
ごった返す参拝客に混じって
商売っ気たっぷりの神様の前で
ぼくたちもぱん、ぱん、手を合わせる
そこまでは良かったけど
やれやれ
ぼくたちカップル未満なんだよな、という意識が頭をもたげてきて
海を見て晴れていた気分が
チキショー
またまたちょっぴり薄暗くなったりして
うーん、ぼくも修行が足りないなあ

前回の下北沢の居酒屋では
「もうかれこれ20年以上詩を書いてます。
お金には全くならないし、好きでやってるだけなんですが、
片手間でやってるというのとは違うんですね。
ぼくの書いている詩は特殊な性格を持っていて、
詩人の世界でも余り受け入れられているわけじゃないんですが、
好きなことをただ好きにやってる、っていうのが自分の中では誇りなんです。」
なんて打ち明けたら
「そういうの、いいと思いますよ。
私も好きなことは絶対続けたいし、そのことで何を言われても大丈夫ですよ。」
なんて返事がきたんだよね
ああ、この人強くていいなあ
わかってくれそうだしわかってあげられそうだよ
好きってことか?
酔った頭でガンガン希望を膨らませたんだけど

おいおい
後退しちゃいかんだろ?

神社でお参りした後は頂上にある植物園へ
「江ノ島の頂上ってこんな風になっていたんですね。
ああ、この辺はツツジが満開。」
ぼくは昔来たことがある
「植物園なのに珍しい植物が少なくて、
微妙に垢ぬけないところがいい味出してるでしょ(笑)。」
「のんびり落ち着けていいじゃないですか。」
ちょっと昭和な感じを残しているのが
ぼくたちのような40越え男女には似つかわしい
けどさ、40越えっつっても
「花」が欲しいことがあるんだよ
少しは勇気を出してみろ
「ミヤコさん、ここでミヤコさんの写真撮ってもいいですか?」
あっさり
「いいですよ。」
花のアーチの下に立ってもらって
はい、パチリ
目尻の微かな皺が美しい笑顔
やったぁ
これでミヤコさんをいつでも取り出すことができるぞ

下に降りて喫茶店で休むことに
体は休んでいるけど頭は休んじゃいない
「もういいだろ。」「決断だ。」「勝負だろ。」……等々の声が
うるさく内側から響いてくるんだな
目の前のミヤコさんの話も最早聞こえない
「ちょっと海岸まで歩きませんか?」

小雨の降る中、傘をさして海岸へ
人気のない波打ち際まで行った
ぼくの人生の中では余り前例がないけど
そうさ、ここは、いきなり、で良し
「ミヤコさん、ぼくはあなたのことがすっかり好きになりました。
結婚を前提としておつきあいしていただけますか?」
おお、とうとう言っちゃったか!

少し考えてミヤコさん
「ありがとうございます。でもちょっと待って下さい。
まだ辻さんのことよくわかっていないと思いますし。」
ふーん、やっぱりな
ここは踏ん張りどころだ
「今すぐお返事いただけなくてもいいんですよ。
ぼくはこういう気持ちでいるってことを知ってて欲しいんです。」
雨が急に強くなってきた
「もう帰りましょうか。それとももうちょっと話しましょうか。」
「いいですよ。歩きながら話しましょう。」

それから海岸の近くを歩いた歩いた
ぐるぐるぐるぐる、雨、ざーざーざーざー

「辻さんは貯金する習慣ありますか?」
「私、将来的には自分の家が欲しいんですが、家を買うことについてはどう思われますか?」
「仕事をやめるつもりはないのですが、家事をやる気はありますか?」
問いかける目は真剣そのもの…

年収は少ない方だけど贅沢しないので貯金はそこそこあります
持ち家には拘らないが、いい物件があれば購入はOK
家事はねえ
今まで最低限のことしかやってこなくてね
たいした料理も作れないし掃除や洗濯も得意じゃないけど
やる気はありまくるよ
だってさ
一緒に生活するのに不可侵の領域があるなんてつまんないじゃない?
その代わり、ぼくは一家の大黒柱なんかにはなりません
「主人」なんかにはなりません
ミヤコさんが「主婦」になることも望みません
柱は1本より2本がいいに決まってるでしょ?

雨が弱まってきて、もう少し話したいって
藤沢の居酒屋に入った
結果
「わかりました。おつきあいのお申し出、お受けします。」

その夜のメール
「本日はありがとうございました。楽しかったです。
また、申し出をお受けして下さり、嬉しかったです。勇気を出した甲斐がありました。
天にも昇る気持ちです。
ミヤコさんは現実的にしてロマンティストの、
とても思慮深い女性だと改めて思いました。
結婚情報サービスの方には活動休止を申請しました。
またお会いしましょう。」
「こちらこそ今日はありがとうござました。
また、お申し出ありがとうございました。嬉しかったです。
すぐにお返事できなくて申し訳ありませんでした。
でもいろいろ将来設計的なこともお聞きしたかったんです。
辻さんみたいな方はいそうでいない方だと思います。
私という人間をよく理解してくださっているし、
女性に対し深い思いやりをお持ちだと思います。
これからお互いパートナーとして確信が持てれば何よりですね。
私も活動休止を申請しました。
どうぞよろしくお願いいたします。」

決断しちゃったよ
決断してくれちゃったよ
どっと疲れが出ちゃったよ
生身の人間の計り知れなさを思い知ったよ
このまま
2本の柱として立てるかどうか
いっちょ頑張ってみようじゃないの
天にも昇る気持ちを抱いて
おやすみなさい

 

 

 

くにゃっと微笑む階段とカタツムリ

 

辻 和人

 

 

4月14日の土曜日
正午ちょっと前

初デート
阿佐ヶ谷の駅の改札を出たところで待つ
おや、あの人、ミヤコさんかな?
生身のミヤコさんだ
ムーミンママが細くしたみたいな柔らかい感じ
でも、タッタッタッ、力強く刻む足取りのリズムは
勤め人そのもの
曖昧に微笑むと
ミヤコさんの生身はピタッ、と止まった
「辻さん、ですか? 初めまして」

ぼくが予約したのは映画館に併設されたレストラン
空に浮かぶあのお城をイメージさせた
円筒形のユニークな形の建物だ
新鮮さの演出は初デートには欠かせない
さて、ここの名物って何だと思います?
実はうねうねした階段なんです
店のドアに辿り着くには建物をぐるぐる取り囲む階段を昇らなきゃいけない
店内に入って上の階のテーブルに行くのにも
くねった階段が待っていて
急角度できゅっ、と
笑っている
ミヤコさんも「面白い造りの店ですね」だって
やったね!
雨で滑りやすくて
「注意してください」とは言ったけど
残念、残念
手を取る程にはまだ親しくない
もどかしいなあ
婚活デートは普通のデートとはこういうトコちょっと違うんだ

席を案内され、いよいよ食事
さっきから着慣れないジャケットで肩が窮屈なぼくだけど
生のミヤコさんを改めて見ると
シックなグレーの丸首のカットソーに
いろんな種類の布をつなぎ合わせたスカート
上と下とで
アンバランスなバランス
チャッチャチャッ
固くて、そして柔らかいバランスだ
注文はイチゴと生ハム入りのサラダ、スズキのポアレにデザート&コーヒー
ここの料理はおいしいから安心
最近大学の社会人向け教養講座を受講していると聞いていたから
時事問題を切り口に話を始めたら
あーらら
止まらなくなっちゃって
日本は中国と厳しい関係にあるけれど敵視しないでつきあっていかなきゃいけない
なんてことまで喋っちゃった
しまった、喋りすぎか
いや、ちゃんとつきあってくれるぞ
「言うべきことは言わなきゃいけないと思いますけど敵対はダメですよね。」

この人、強いな
押すと、押し返してきて、引くと、押してくる
食事が終わったけれどまだ終わらせたくないなあ
よし、予定してなかったけど、誘っちゃえ
「ぼく、この後、松濤美術館へ北欧の陶磁器の展覧会に行くんですが
よければ一緒に行きませんか?」
え、OKですか? いいんですか? それじゃ
うねうねした階段を降りて
渋谷を目指した

雨に隔てられて
館内はとても静か
というよりほぼ貸し切り状態
デンマークのアールヌーヴォー様式の陶磁器を集めた珍しい企画で
あんまり宣伝してないのかなあ
でも今日みたいな日には都合がいい

にょきにょきっとキノコが生えた花瓶
トンボを狙うトカゲの皿
水を覗きこむ白クマのトレイ
クリスマスローズがゴテゴテ刻まれた香壺
海草がからみつく文皿
アンデルセン童話の「目が塔ほどの大きさの犬」を象った置き物

いやぁーこりゃ、日本人の感覚と全然違うな
ミヤコさんも目をまん丸くしてる
どれもリアルで立体的で、迫力がありすぎる!
陶器というより彫刻に近い感じ
絵も装飾としてでなく本気の「絵画」として描かれてる
洗練された感じはないけど
ムンムンとエネルギーが漲っている
しーんとした中で
花瓶やお皿や壺がガヤガヤ喋り出し
展覧会場がパーティー会場に変身だ

「楽しいですね。こんなデザイン日本にはなかなかないですよね。
あ、あれ面白くないですか?」
とミヤコさんが指さしたのは
蓮の葉を這うカタツムリの小皿
ころっとした殻にぬめぬめした体
ツノを震わせて一生懸命、エサになるものを探してるのだろう
真に迫ってる
突っついたら、こいつ、こっちを見上げて
くにゃっと微笑む
んじゃなかろうか?
「カタツムリとかトカゲとかヤドカリとか
日本の陶器では余りお目にかかれないのに
こちらでは堂々と主役張ってるんですねえ。」
ほんとだよ

主役になりにくいものが主役を演じて
バランスを取りにくいものがバランスを取って
うまくいく
ここはそんな場所
さっきのレストランの階段だって
傘の先っぽで
ちょんちょん
刺激してやれば
くにゃっと
笑って挨拶してくれたかもしれない
今はそんな時間

美術館を出たらまだ雨
「今日はありがとうございました。楽しかったです。」
「こちらこそありがとうございました。雨、止むといいですね。」
そんな挨拶を交わして別れたけれど
今日は止まなくてもいいんじゃないでしょうか
雨が作ってくれた
そんな場所、そんな時間を
もうしばらく持っていてもいい、そういう風に思って
電車に乗り込んだってことです

 

 

 

自己主張の強いインドの人たち

辻 和人

 

 

*この詩は、結婚情報サービスで婚活していた時の様子を書いたものです。
ネットに登録してメールのやり取りをして、気があったら会うというシステムです。
今回、感じの良い相手と知り合えたような……。

「プロフィールを拝見し、素敵な人柄を感じてご連絡させていただきました。
私も音楽や美術などアート系、とても好きです。
いろいろお話させていただけるとうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。」
なんてメッセージもらっちゃったよ

自己紹介欄に
「アートが好きなインドア派です」って書いたんだけど
「俺はアウトドア派」と胸を張る男子が多い中
裏をかく作戦が功を奏したってこと
あったま、いーだろ?
メッセージをくれたその人のプロフィールを早速覗いてみると
今まで真面目に働いてきました
ってな顔がそこにあった

長くも短くもない髪をまっすぐおろして
目はちょっと細くて、ちょっと八の字眉
濃い顔立ちじゃないから、パッと見、地味な印象だけど
おい、この細い目
キッとしてて強い光を隠してるじゃんか
水色の上着含めて、全体として、ひたすら清潔
タレントさんみたいなメイクしたり
頬杖ついて憂い顔でポーズ、という凝ったプロフィール写真もある中
このさっぱり感は貴重かも

名前は美弥子さん
年齢は40歳
旅行や料理が好き
仕事も好きなので結婚後も勤め続けたい
人と接する時は笑顔と思いやりを忘れないようしたい
……ふんふん、優等生的、だけど
「勤め続けたい」
いいね、いいね

今回の方針としましては
額が多くても少なくても
お金稼いで自立している人がいい、ということになっております
ぼくも、今はテキトーにしかやってない家事を
結婚したらしっかりやろうと思ってんだ
女と男とでね
仕事に垣根を作らないでね
一緒に頑張るのがいいよね

「休日は何をされてるんですか?」
「お料理をよくされるようですが、得意なものは何ですか?」
「お勤め先はどこですか?」

新しい相手とのメールのやり取りの楽しみはこれだよなあ
互いの「イロハ」を交換すること

「一年半程前からヨガにはまってます。」
「比較的上手に作れるのは和食一般、ハンバーグ等洋食など、いわゆる家庭料理です。」
「大学の事務局に勤めてます。先生方や他の大学の担当者とのやり取りが多いです。」
へぇ、それで、それで?

質問も平凡、答えも平凡
だけどメールの向こうにいる相手が
少しずつ
少しずつ
生身の姿を見せてくれてるのがスリリング
へぇー、生身のヨガ
ほぉーっ、生身の和食
ははぁ、生身の大学事務局
動いて、実在してるんだよなあ
その先に生身の美弥子さんがいるんだなあ

メールを出すとすぐ丁寧な言葉で返事が返ってくるので
ついつい
詩を書いていることなんか打ち明けちゃったよ
どんな詩書いてるんですかって聞かれたから
「不条理マンガみたいなテイストです」と答えたら
「ぜひ一度読ませていただきたいです(笑)」だってさ
(笑)って何だよ(笑)

詩を書いてます、なんて
会社の人にもあんまり言ってないのに
顔を合わせたこともないこの人にはなぜかすらすら教えてしまう
メールの影からチラッチラッ
だけど全身が見えない
その隠れた生身の部分を、ヨッコラショ
引っ張り出したくってさ

楽しいメールのやり取りの中、ちょっとしたトピックスが!
(長くなるけど引用します)

「今度、大学の先生のお供でインドに出張することになりました。
いろんな人に言われるのは、お腹をこわすということと、
タクシーでぼられるということです(笑)。
インド体験記も是非聞いて下さい。」
「こんばんは。今日はインドからです(笑)。
2大学の訪問を終え、明日明後日と2日がかりで帰国します。
やっぱりインドは日本とは別世界でした。いろいろ刺激を受けました。」
「こんばんは。無事帰国しました。
観光は最後の日に半日位乗り継ぎで時間が空いたのでそこで少しできました。
驚いたことはいろいろあるのですが、
まずは車が常にクラクションを鳴らしていて、本当にうるさいということです。
人も多いし、ダイナミックとも言えますね(笑)。」
「自己主張が強くて他人に対して余り遠慮しない、というのは、
私が驚いたことの多くをまとめてくださっています(笑)。
民族も言語も大変多様で日本のように同質性が高くないし、
無理に同調するというのは全然ないようですね。
日本とインド、どちらがいいということではないんだと思いますが。」
「はい、確かにインドは魅力的な国です。
行きたい国の一つだったので、仕事とはいえ行けてよかったです。
今度はプライベートで行きたいです。ただトイレは…(涙)。
大学は、街で感じたほどの違いはなかったです。多少のんびりしているかな、スタッフが多く余裕があるなという印象を受けました。」

(引用、終わり)

面白いお話だったです、そうそう、一度お会いしませんか?と
メールを送り
PCの電源を落とした……ん?

クラクションが聞こえてくる
ピェーピェー、ブップゥプェゥー
危険を知らせたいからじゃない
鳴らしたい気持ちを
一時でも我慢できないんだ
ピェーピェー
生身で息をしてるなら
ブップゥブップゥブップェゥー
主張しなきゃだな
浅黒い肌、濃い顔立ちのインド人の男は車を止め
窓からひょいと顔を出し
美弥子さんにニカッと笑いかける
色白で薄い顔の美弥子さんも
ニコッと笑い返して道路を渡る
無理に同調してるのではないよ
自己主張には自己主張で返す
それでいて互いの間に垣根を作らないで一緒に頑張る
ピェープゥー
そんなのがいいね
そうなるのかなあ

 

 

 

ぬっと、安心

辻 和人

 

 

明るいオフィスの宙空で揺れている
四角くて黒いものは何?

今、関連会社に出向しているんだけど
オフィスが100階建ての高層ビルの中にある
築30年の本社のオンボロビルとは大違い
ICカードで幾つものロックを解除しながら出勤し
監視カメラに睨まれながら仕事をする
最初はビビッた
だらけたトコ見せたら大変なことになる、なんて
けど、じきに慣れた
ま、考えてみたら当たり前だよね
雑談やら間食やらの従業員のちょっとしたサボリに
カメラの向こうの管理室がいちいち目くじら立ててたらキリないじゃん

箱が傾く
……こくっ、くぅら

ぼくも、一緒に出向にきている3人の同僚たちも
同時多発的にそのことを理解した
すると何が起こるか?

傾くジョ
……こくっ、こくっ、くぅら、くぅら

昼食を終えて一時間程たった頃
監視カメラさんはぬっと首を伸ばしているだけ
いつも通りの穏やかな表情だ
加えて
本社にはいた、うるさい上司がここにはいない
それじゃ失礼して

やったー、揺れ揺れッ子だ
……こくっ、こくっ、こくっ

まず吉田と佐藤が頭を揺らし始める
それに気づいた高橋がつられて大あくびしたかと思うと
「俺も混ぜてくれ」 目を閉じ
同調し始めた
ミーティングの時は意見が合わないのに
目をつむると結束が固くなるんだからなあ

……こくっ、こくっ、くぅら、くぅら
……こくっ、くぅら、こくっ、くぅら
……くぅら、くぅら、こくっ、くぅら

おでこの先に生まれた
暗闇の入った小さな四角い箱
吉田も佐藤も高橋も
規則正しく
互い違いに揺らす
時々、空中で箱同士がぶつかって
にゅっと凹んじゃったりして
でも、平気平気
ちょっと薄目開ける間に
箱はぽぽっと元に戻ってる

これも
ぬっと首を伸ばしたお地蔵さまの
不思議なお力のおかげ

ぼくたち出向社員は
睨まれていたんじゃなかった
見守られていたんだ

さて、ぼくも5分だけ仲間に加わりますか
目をつむって体の力を抜くと
閉じたまぶたの向こうにうす黒い直方体が
ぽぽっと出現したのがわかる
ありがたい、ありがたい
それでは

……こくっ、くぅら、こくっ、こくっ、くぅら、こくっ

 

 

 

かずとんとん

辻 和人

 

何だって?
「和人さん」はもうヤダッて?

結婚式から一週間程たった頃のこと
妻になったばかりの妻は
洗ったばかりの髪を撫でながら
寝室に入るや否や
「他人行儀で何かヤダなあ。いい呼び名ないかなあ
和人さん、和人くん、カズトカズト……
あっ、『かずとん』
『かずとん』いいかも…
決めたっ
これから『かずとん』って呼んでいい?
いいよね?」

それから
軽くフシをつけて
「かずとん、かずとん
かずとんとん」
と呟いた

一瞬で、ぼく
「かずとん」になってしまった

それまでのぼくたちは「和人さん」「美弥子さん」ってな感じ
会話の中で敬語使っちゃたり
彼女、夫婦であるからにはもっと親密に、もっと柔らかくあるべきって
考えたに違いない

「じゃあさ、君のことこれから『ミヤミヤ』って呼ぶよ」と言い返したけど
「かずとん」に比べるとインパクトなし
だいたいどっから来たんだ?
「とん」って?

「うーん、特に理由ないけど
かずとんにはすごく似合ってる感じがする
かわいいじゃない?
オジサンくさくないし
カタカナよりひらがながいいかな
かずとん、かずとん
かずとんとん」

かずとん、かずとん
怪獣の名前みたいだな
おとなしい小型の怪獣だ
森の中に住んでいて
クマさんやシカさんとも仲良くやっていたりするんだろう
うんうん、きっとそうだ

「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
電気を消し
しばらくして、妻の寝息を確かめた
よし
かずとんになって
寝床を抜け出す

とんとんとん

ドアを透過して階段を降りて

近くに深い森はないから
マンションの庭の木立ちの中
実体はないから
もっこもこ伸縮する輪郭みたいなものを
体の代わりに踊らせて

かずとん、かずとん、かずとんとん
かずとん、かずとん、かずとんとん

すると
寄ってきたのは、寄ってきたのは
クマさんとシカさん
やあやあ

特に理由はないけど
かわいくて
カタカナよりひらがなが似合うものに
ぼくは、なった

かずとん、かずとん、かずとんとん
かずとん、かずとん、かずとんとん

理由がなくて
体もないから
まだ3月だけど寒さは感じない
今夜はこのまま寝ちゃおう
朝だよーって
ミヤミヤが
起こしに来るまで