くすねる

 

爽生ハム

 

 

空気を口で吸うな、つまり食べるなと、酷く卑猥に叱られました。

空気は鼻で吸うもんだって教えてもらった日から、先生は、まあまあ昔も、特に卑猥ではあった。これからもいんちきな顔をするはずだよ、昔からね。
その教わった日の先生は、
その教わった日に生きた私は、
呼吸困難になりながらも、何処かで見た呼吸の断面図を
スマホからとりだしたはず。

卑猥で漬けた口は赤面していた。
私の口でも、先生は入る。
逆撫でして照らした口への道中で
空気と呼べる存在は、
見あたらなかった。
存在しなくてよかった。

ありがとう、死ね。見あたるなんて食べ損ねた貧困層がやる事だから。

先生みたいな、私みたいな
そこらへんの美術教師よりも面白い授業ができてしまう人は、
楽しそうに磁場にとびこめるんだよ。

 

 

 

穴子、瀬戸内の

 

薦田 愛

 

 

手を振って純子さんと別れ
桟橋の上のホテルに戻る
母と
預けてあったキャリーをひいて部屋へ入れば
窓はひろい
川ではないかと
訝しむひとがいるのも不思議はないほど
手を伸ばせば届きそうな対岸
向島の灯台からきらっと灯がもれる
尾道
坂道や階段を歩くつもりでいたけれど
あんまり歩かなかったね
でも、お腹すいた
せっかくだから穴子食べよう
東京と違って小ぶりなのをね
蒸すのじゃなく焼いたのをさ

海ぎわの遊歩道をのぞむ通りを歩いて
刺身は食べられない母と夕食をとる店をさがす
街灯のオレンジ色に染まりながら
フロントにあったグルメマップとガイドブック
すみずみまで目をとおして
たぶんこっち
純子さんと三人歩いたアーケードのひとすじ海側に
ここならたぶんと当たりをつけた
覚えにくいひらがなだらけの名前
これかな、ランチ穴子飯と大きな字
夜も食べられるかな居酒屋だけど
階段をのぼり
あのう食事だけでも大丈夫ですか
どうぞと迎えられて海の見える席へ
たんたんと母は
いやほっとした顔
メニューに穴子の炊き込みご飯を見つけて私も
旅のミッションその二を完了した気分
となると
明日も早起きだしお酒はちょっと
などと思ったのをころっと忘れ
ねえ、なんか飲む? ビールかな喉乾いたねと
メニューをめくり直す始末
いいねぇと乗ってくれる母とグラスをあわせ
やっぱり穴子だよね

うなぎなんて食べられないと
もっぱら穴子派だった父
瀬戸内海の地の魚をたくさん食べていたから
東京は魚が美味しくないとこぼして
それでも夜中に鉄火巻きを提げて帰ってきたり
食べろと起こされるのはもちろん私
母は玉子とかんぴょう巻きと穴子
父は
東京の穴子も食べていた
蒸して甘がらいたれを塗ったのを

この店の名前、どういう意味なんですか
ああ、魚の名前なんです
このあたりで獲れる
ええと
関係ないかもしれないんですけど
私たち四国の人間で
父がよく言ってたんですが
でべらがれいって
そうそれです
たまがんぞうかれいっていうんですよね
それでたまがんぞう
そうなんです
しらすのサラダだの梅酒のソーダ割りだのに
ほろっとゆるんで
パパは来たことあったんだろうか尾道へ
どうだろう
宮島の写真はあったと思うけど
ああ母と
こんなふうに旅先でいるところ
父は知らない
炊き込みご飯を分ける
こうばしい
ひきしまった穴子の甘がらくない身がごはんになじんで
美味しい
ふふっというふうに母は
満足を控えめに表明してくれる
よかった
ミッション達成ということにしておこう

次の朝
日照時間の長いこの地方らしく快晴
ホテルの前から
しまなみ海道を辿って今治に到る高速バスに乗る
背骨のように並ぶ
向島、因島、生口島
次の大三島で途中下車
この島から愛媛県
四国一大きな神社
大山祇神社へ
駆け足でご挨拶をと考えたのだけれど
お詣りの次第は他日改めて記すとして
備忘録よろしく書いておきたいのは
お詣りを終え今治へ
向かうバスに乗る前に
お昼を何か食べなくてはと
走りまわったこと
ええ
伊予一の宮大山祇神社の門前だからといって
道の駅があるからといって
隣り合わせる伯方島の塩のチョコレートや
柑橘類を使ったお菓子や野菜は豊かに並んでいるものの
おむすびやサンドイッチは扱われていないのだ
コンビニも見当たらない
しまなみ海道を自転車で行くひとたちに人気の
海鮮丼が食べられる店が鳥居前にあるけれど
時間が足りない
そういうもの
置いてるのはショッパーズだけですと
お土産屋さんが指し示すのは鳥居前のバス停から徒歩三分では着かなかった
親切な道の駅のさらに先
あと六分
しかたない待っててね
母と母のキャリーと私のキャリーを日蔭に残し
ダッシュ
ショッパーズ大三島店へ
惣菜売り場とパンのコーナーはどこ
奥へ奥へ
ひんやりした一角にそれはある
穴子中巻き三百九十八円
パンのコーナーは通り過ぎ
割り箸ください
二膳と言ったか言えなかったか
レジ袋はくるくるねじれて
まだ来てないよね
車内が混み合ったら食べられないと
気づいたのはその時
ええままよってこういうことを言うのか
ほどなくバスは着き
がらんとした後部座席にキャリーを引き入れ
ごめんなさいお行儀わるいけれどそそくさと
穴子中巻きいちパックを分けて
ひとごこち
バスは
伯方島から大島へ
さしかかろうとしている

 

 

 

フランダースの犬

 

今井義行

 

 

わたしは 夕御飯を ちいさな テーブルで 食べている
きょうは 塩バターパンと ブロッコリーやかぼちゃ 海藻類のサラダ
デザートに チョコワッフル

デイケアの仕出弁当では不足しやすい
栄養分を 夕御飯で おぎなっている

締めの チョコワッフルを(カロリ―オーバー)
うっとりと 齧りながら・・・・

賢治祭 平成27年 9月21日 宮沢賢治詩碑にて
と いうNHKニュースを みた

食後には 忘れずに 安定剤のまなくっちゃ、ね

わたしは 宮沢賢治詩碑にて
と いうNHKニュースを 知る

宮沢賢治は 命日かさね 神になり
宮沢賢治は 命日かさね 神になり

随分 憧れられて いるのですね
人びとを たすけました ものね

ところで、

新美南吉は 何処へ いったろう・・・・・・・・・・・・・
「フ」 とおもいたって
パソコンを 開いて 検索して
そうすると その、「フ」 って

幾つもの ことばの 候補のなかから 物語の
「フランダースの犬」の 結果へとつながった
そうしてね・・・・・・・・
「フランダースの犬」の 記憶へとつながった
わたしは子供の頃に本を読んだアニメも見てた

ウィキペディア(Wikipedia)などで、

あらすじを たどるだけで
どうにも しずくが にじんでしまう──

風車小屋の 風車が 回っています

大聖堂の うつくしい ルーベンスの 絵画の
したで 冷たくなっている
少年と 愛犬の 抱きあう
すがたが 想いおこされて
最終話が たちあがって きて それは

さいごには 駆けつけた ≪人びとには≫ 「まにあわなかった」という物語なんだ

≪人びとには≫ って いうことは にんげん如きには、だ

欧州では このものがたり
「負け犬」の ものがたり
として 酷評されているというのです
米国では このものがたり
「希望がない」とハッピー
エンドに替えられているというのです

欧州にも米国にも <神>という天上の概念があり
「自立」や「勝利」が 天に尊ばれる風土・・・?
棲んだことはないし 語れる筋合などありません

欧米では 日本で この ものがたりが なぜ
そんなに 愛されているのか 不可思議なんだ

高邁な悲劇ではなく 賤民の俗物ということ かしら
さいごには ≪人びとには≫ 「まにあわなかった」という 結ばれなさは

おなみだ ちょうだいの 大衆演劇に あやまりな!
おなみだ いただいてね 活きている 大衆歌謡に!

ご、「ごん狐」は どうなるの

に、「人魚姫」は どうなるの

撃ち殺されてしまった野狐や 泡になるほかなかった人魚
理想郷を夢みた賢治は 哀しみの深さに沈潜した人よりも
すぐれて いるのでしょうか

「よだかの星」は inori 「永訣の朝」は satori
昇華すること 浄化すること 自らの志向で
「愛」というものを 体を張って つたえた のだろう
それは それで うつくしく 愛されながら

宮沢賢治は 命日かさね 神になり
宮沢賢治は 命日かさね 神になり

新美南吉は 何処へ いったろう・・・・・・・・・・・・・
新美南吉は 何処へ いったろう・・・・・・・・・・・・・

南吉はこころやさしかったかもしれないが
日記に 延々と怨恨を書き綴ったというし
女子校に赴任したときは ウキウキだったみたいよ

宮沢賢治は 神秘を 遺したひと

アンデルセンは ホモセクシュアル だったという
あひるは醜で 白鳥は美 それは偏向、じゃないよ

人魚も 彼も マイノリティ だったのさ

彼は 泡となって
天に かくまわれたかったのではないのかな さて、

季節の変り目 あかるい お茶でも 飲もうと
わたしは 秋色のともだちと 秋色の昼下がり
公園通りの喫茶店で 待ちあわせをしたのです

わたしは やわらかい椅子に座って
紅茶が いいなあ・・・・って 想った

あっ、風車小屋の 風車が 回っています

宮沢賢治は 命日かさね 神になり
宮沢賢治は 命日かさね 神になり

そう、ネロとパトラッシュは牛乳を積んだ荷車を牽いていたんだ
いつの日も 何処までも いつまでも

わたしは ミルクティーを たのんだ
ともだちは コーヒーを ミルクで割った

紅茶の あかは 太陽の ようだな と想った

ミルクティーって・・・・太陽に 乳液を垂らすことなんだね

アイスティーって・・・・つまり冷やした太陽のことなんだね
レモンティーって・・・・太陽にレモンを垂らすことなんだね
ミルクティーって・・・・太陽に 乳液を垂らすことなんだね

一週間という なかで さまざまな ひとに 出あっているなあ
鬱々しているときに愛が怯えている そんなうつろな愛で行うとき わたしは わたしを
含め 誰に対しても うつろな愛にしか 成らないと 想ったり・・・ それは過ちなのですか

窓から人波を眺めている 秋色のともだちの横顔は
ジャニーズの 岡田准一に 似ているけれど 正面を向くと
鶴太郎に変化するので ヘン ( あはは・・・ ) 「帰りに ヒカリエに 寄りたい」と言う

宮沢賢治は 命日かさね 神、となる
宮沢賢治は 命日かさね 神、となる

ともだちは ヒカリエに行きたいと言うけど わたしは どこへ行きたい、か
生と負の蝶つがい 折りたたまれ お互いの話をかたり
生きてやるも 退いてやるも
ああ、似てるねと 希望を 持って
それぞれが 片方ずつの翅になって
蝶となって おそるおそる翔いて 午後は過ぎる

新美南吉は 何処へ いったろう・・・・・・・・・・・・・
「フ」 とおもいたって 検索して
そうすると その、「フ」 って

幾つもの ことばの 候補のなかから 物語の
「フランダースの犬」の 結果へとつながった
そうしてね・・・・・・・・

わたしは 四季のある 日本で 詩を書いています
ある日には 湿潤した 一日があり それが春でも
哀しいときには 哀しいですよ 誰につげなくても

そうしてね・・・・・・・・
「フランダースの犬」の 記憶へとつながった
わたしは子供の頃に本を読んだアニメも見てた

大聖堂の うつくしい ルーベンスの 絵画の
したで 冷たくなっている
少年と 愛犬の 抱きあう
すがたが 想いおこされて

そう、ネロとパトラッシュは牛乳を積んだ荷車を牽いていたんだ

風車小屋の 風車が 回っています

いつの日も 何処までも いつまでも
ネロとパトラッシュはね、 牛乳を積んだ荷車を牽いていたんだ

わたしは ミルクティーを のみつつ
わたしは ミルクティーを のみつつ

わたしは ときに 日常の隙間に 神をかんじることがある それは、
例えば 小型冷蔵庫とモルタル壁の隘路から 一瞬を見護る瞳でした
でもね 世界の あちらこちらに 意地悪な神、いましたよ・・・・・・・・

宮沢賢治は 命日かさね 神、になり
宮沢賢治は 命日かさね 神、になり

だけど 人が そうなって どうする

そうして わたしは ミルクティーを のみほした・・・・・・・・・
わたしは ミルクティーを のみほした・・・・・・・・・
ほら、ネロとパトラッシュが牛乳を積んだ荷車を牽いていきます

 

 

 

airport 空港

 

東横線を

降りて
日比谷線に乗り換えた

いま

ここに
いる

昨日は
鶴亀で飲んで

深夜の電車で帰ったの
だったか

それで
帰りの暗闇で

写真を撮った

そこに

ひかりは
あった

以前

ブライアン・イーノのエアポートを
福島さんから借りたな

 

 

 

がんの歌

 

佐々木 眞

 

 

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川島なお美は、がんだった。

坂東三津五郎も、がんだった。

この国の、ふたりにひとりが、がんになる。

アンパンマンも、がんだった

アンパン、ジャムパン、クリームパン
胃がん、肺がん、食道がん

乳がん、舌がん、子宮がん
カレーパン、ブドウパン、メロンパン

チョコパン、シナモン、フランスパン
大腸がん、すい臓がん、膀胱がん

蒸しパン、コッペパン、ピーナッツパン
皮膚がん、喉頭がん、尿管がん

アンパンマンは、がんだった

川島なお美は、がんだった。

坂東三津五郎も、がんだった。

がんで死んだら、どうなるの?

大空を舞う、がんになる。

冬になったら、飛んでくる

どこか寂しいがんになる。

川島なお美は、がんだった。

坂東三津五郎も、がんだった。

この国の、ふたりにひとりが、がんになる。

 

 

 

鶴はきりっと舞い降りる

 

辻 和人

 

 

ピィー
ピィー
ふゎー、うるさいな
電話を取ったら
「もしもし、ミヤコです。10時半待ち合わせですけど、今どこですか?
今日、結婚式のセミナーの日ですよ。」
げげっ
「すみませんっっ、今起きました!すぐそちらに向かいます!!」
とんでもないことになってしまった
布団をはねのけ、服を着て、駆けつける駆けつける

はあっ、はぁっ
11時半、神殿で新郎・新婦のモデルを立てて儀式の説明をしている最中
さささっとミヤコさんの隣の席に滑り込む
「今度は玉串の根本を神前に向けて……。」
細かい作法説明してるよ
ふゎぁー、それにしても疲れたなぁ
横目で睨まれる
すみません、すみません

「式場見学に遅刻だなんて、これで切れちゃう女の子もいると思いますよ。」
「すみませんっ、つい寝坊しましたっ、本当にすみまっせんっ。」
すみません、すみません
もーそれしかない
昨夜遅くまでyoutubeで猫ちゃん動画を見まくっていたのでつい疲れが……
言い訳になりませんね
「一人で参加するの、ちょっと辛かったですよ。
でも、儀式のことはおおよそわかりました。
もう少ししたら模擬披露宴ですから、お料理のチェックもしておきましょう。
いいですか?」
はぁーい

模擬披露宴もモデルが出演し、本番さながらに進行する
鏡開きにケーキカット
なるほど、いつでもお客様に笑顔を向けるのがコツなんだな
勉強になります
和洋折衷の献立は思っていたより豪華だ
やがてお色直しを終えた新郎・新婦役が入場
ふっと暗くなる
キャンドルサービスをやるようだ
幻想的でなかなか美しいじゃん、と思って見ていたら
「きれいですけど、これは私たち向きではないですよね。」と耳打ちされた
ごもっとも、大人な意見
同じテーブルの若いコがうっとりした目で眺めているのを横に
牛フィレステーキをモグモグ
お味は?
ゆっくり噛んで飲み込んで、軽く頷いてる
うん、まずまずみたいだ

「年配の方でも食べやすい味でしたね。今日のコースで問題ないと思います。
私としては鏡開きは是非やりたいです。」
えっ、やるの?
と思ったけれど遅刻した手前、いやとは言えず
「わかりました。ポンと軽く蓋を叩いてすぐ顔をお客様に向ける、でしたね。」
「そうそう。では、衣装合わせに行きましょうか。」
良かった、機嫌直ってるみたいだ
キャンドルサービスはNOだが鏡開きは是非、ねえ
ミヤコゴコロ、わかってきたつもりだけどまだまだだなあ

衣装室に降りて行く
ぼくの衣装も合わせてくれるらしいので係の人にトコトコついて小部屋に入る
サイズを計ってもらい袴を試着
「はい、結構です。次はタキシードをお持ちします。」
タキシードは3種類
「この中のどれかお好きな色をお選びください。」
「じゃあ、このグレーのを。」
「はい、タキシードもOKです。お疲れ様でした。」
総時間10分ちょい
こんな簡単でいい? ま、楽でいいけど
係の女性はもうぼくに背を向けてさっさと片づけをしている

戻ってみると衣装室は修羅場と化していた

ここは着物のストックがすごいとは聞いていたが……
何十もある引き出しから
ああでもないこうでもない
赤、白、黒、紫
花、山、水、鳥
あらゆる色と柄の着物が次々に広げられ
延々と議論が紡がれておりますです
「こんなのも華やかさの中に品があってよろしいのではないでしょうか。」
「良いですが、もっと絵が大きく描かれたものはありませんか?」
延、延、延、延
ぼくの衣装合わせとは
大、大、大違い

横には15歳は下と思われるジーンズ姿の男性が座っている
スマホいじくっては、時折顔を上げ、彼女の方を気にしている
いやあ君、親近感沸きますねえ
男はホント、結婚式という場では添えモノなんだな
「ねえ、これはどうかな?」
ウェディングドレスを着た若い女性が飛びこんできた
顔がちょっと強張っている
「ああ、いいんじゃないかなー。」
男が半腰あげて答えると
反応が鈍い、と思ったのか女は無言で試着室に駆け戻り、男はため息
かわいそうに、彼女は半パニック状態
ドレスを合わせてもらうなんて初めてなのかもしれないな
そこへ行くとミヤコさんは歳の甲もあってか落ち着いてる
パートナーとしては気が楽だ
いやいや、甘い
ミヤコさんがモノ選びを始めたら……
指輪の時と同じく、長丁場を覚悟しなければいけないぞ

ファミちゃんレドちゃんも身につけるものには強い拘りがある
ファミちゃんレドちゃんは生まれてこの方一張羅
その一張羅を
それはそれは大切にしてる
気がつけば舐め舐め
気がつけば舐め舐め
首をくるっと回したかなと思うと
にゅにゅっーってまあるく体を撓ませて
お腹も足の爪先も
おっと、背中だってきれいにしちゃう
日当たり良い場所を取るためのホンキの喧嘩の最中にだって
突然、啓示に打たれたかのごとく静かになり
そのまま一心不乱の舐め舐めタイムに入ったりするくらいだから
2匹はいつもピッカピカ
メス猫ファミは三色の服
オス猫レドは白い(しっぽの先は黒い)服
気がつけば舐め舐め
気がつけば舐め舐め
生きている一張羅はいつも新しく
内側に流れる血と外側に流れる光の熱い交わりを
表情豊かに物語る

対して、ミヤコさんは
ファミちゃんレドちゃんに及ばずとも肉薄せんとして
咲き乱れる着物に対し
ああでもないこうでもない
こうでもないしああでもない
落ち着いた物腰の下には自分にとって最高の1着を選ぼうという決意が
ギラ、ギラ、ギラ、ギラ

「ではこの3枚の中から選ばせていただきます。」
ここまで来るのに1時間
ふぅーっ、長い道のりでしたがようやく解放されるようです
「Aさんはどれが良いと思いますか? 個人的な印象で結構です。」
指名を受けた中年の係員の女性
「そうですね。私はこの紅の着物がお似合いではないかと思います。
牡丹の花の刺繍が鮮やかで、きっとお式で映えますよ。」
「和人さんは?」
「え、そうだなあ。」
桜の柄の奴がかわいいんじゃないかとチラと思ったけど、ここは専門家に合わせて
「ぼくも牡丹の着物が良いと思います。めでたい感じがするし。」
するとすると
「なるほど。ご意見ありがとうございました。
私ですが、こちらの黒い着物が気に入りました。
翼を広げた鶴のきりっとした佇まいが好きです。
こちらに決めさせていただきます。」
2票も入ったのにてんで無視
さすがミヤコさん
係の女性は一瞬驚いたような表情を見せたがすぐ笑顔になって
「良いものをお選びいただきましたね。
それでは着つけのリハーサルのスケジュールを相談させて下さい。」
着つけにメイクに髪のリハーサルに
これから何度も通うことになるらしい
「よろしくお願い致します。」と頭を下げるミヤコさんの顔に
ようやく微笑みがにっこりと咲いた

ファミちゃん、レドちゃん
人間の女の人は大変だろ?
血肉と一体となる一着を求めて
それはそれは苦労するんだ
天から「この一枚」を与えられた君たちとは違う
でもその苦労こそが生きている楽しみそのものなのであって
全ては生身の上で起こる
君たちとおんなじだ
黒々した静寂の生地に
鶴がきりっと舞い降り、松の葉のそよぎが渋く受け止める
その全ては
生身の上で起こるんだね

 

 

 

声かけ

 

爽生ハム

 

声をかけそびれた 普通そんなことじゃ何も変わらないのに
時空曲げてまでも会おうとした
普通そんなことじゃ何も変わらないのに
声が憎憎しいうちに
大声で声かけしよう
人に迷惑かけても 普通そんなことじゃ何も変わらないのに
私にとってだけ
唯一の迷惑を逃したくない
声かけそびれた
小声でしおれちまった
喉が焼けただれた
声が肩に触れてしまった
時空曲げてまでも会おうとした
声かけそびれたまま
ツラいタイムスリップ

 

 

 

gate 門

 

田原町で
地下鉄を降りて

浅草水口で

飲んだの
だったか

それから
ファミレスで

コーヒーを飲んだの
だったか

深夜の

仲見世の
通りを歩いて

いた

シャッターに
松の林が

描かれていた

世界が二重に見えると言った

そのヒトは
庭を見ていた