百年後の.

 

原田淳子

 
 

 

四月
すみれ色の時刻

くぐもった声に似た宵
あの満月が身籠る

樹々に呑みこまれ
わたしは身籠られる
領土の争いから逃れて横たわる
荒地

記憶の断片に震え
涙すら石となる

クローゼットの奥に密やかに墓
そこが最期の家となろう

墓碑にあしらわれた羽根
林檎を配した
わたしの心臓とおなじ色の.
 

小石を置いてゆく

離れれば離れるほど
それが星座となるように
 

ー 百年後の荒地にて

 

 

 

三月はワルツ

 

原田淳子

 
 

 

三月はワルツ

春の嵐に
虎の哀しみを撹拌させる

溶けてバターになるまで
アン・ドゥ・トロワ

生・死・不明

愛が
妬いた刃をむけさせる
雨を弾にかえる
殺し殺される恐怖を
脅迫で語る勿れ
殺戮に善悪はない

命の対価で失うのは
小麦粉だけではないでしょう

仔猫が埋められたというその固い庭に
山鳩の屋根から種をばら撒いた

永絶された未来
一次元のスケートリンクで四回転半

夜更けの地震
土砂降りの雨
季節が身震いして
三月、シフォンの陽光が
花を照らす

バターになるまで
哀しみを撹拌させる

 

 

 

光の果実

 

原田淳子

 
 

 

きみが知らない
きみを葬ったそのときのことを

雪で埋もれたきみの墓のまわりを
一羽の尾長が
真っ黒な尾を振りながら舞い降りた

手向けられた花は凍っていた

尾長の彼はわたしのそばから離れず
歩きながら剽軽に尾を振った
わたしは笑って
尾とともに頷き首を振った
それが大地を刻むリズムであることを
生きてる彼は彼の体積で示した
彼のやり方で

それが鈴懸の木の実を揺らす歌であったこと

それが愛おしい歌と似ていたこと

終わりに吹く風は
始まりの歌であったことを
きみの土に口づけで伝えよう

まいにち、砂を噛む思いだと、
いつかきみは囚われた家の窓から呟いた

毒を培養する壁を
わたしはなぜ焼かなかったのだろう

送受信が緻密に発達したこの家を
わたしはなぜ壊せなかったのだろう

毒を薬に換える手立てを
まだわたしは探している

きみに似て非なる近しい者たちが
鈴懸の実を揺らす
ここそこに

これが時間なんだね

水と
歌が流れる
誰もが光の子どもだったことの標に

貝は傷ついて真珠を生むのですって

その光の粒は
埋もれても
汚れることはないでしょう

ゆきたいのは 春のむこう
触れても壊れることのない あたたかさ

 

 

 

抱擁

 

原田淳子

 
 

 

その冬、
さらば青春の光を追いかけて
辿り着ついた季節外れの異国の浜辺
風に脱色された砂のキャンバス
空と海が溶けあっていた

黒いヒジャーブに身を包んだ女性が
風の試練に耐えるように顔を布に埋めながら
白いあわいの水平を歩く
生の動線に、存在の黒点

眩しくて暗い象徴の絵画

天と地が抱擁するあの白いあわいを
安寧というのだろう

ベン・シャーンの抱擁のように
哀しみと歓び
未来と過去
生と死が抱きしめあう

足跡が砂にきえてゆく
風が音を鳴らす
そこの石には穴があいてるのですって

きみの白い骨は
あの風の音がしたよ
砂を舐めて生きてきた音

きみの外から
わたしは口笛を吹いた
きみのいた時の音に重ねて

わたしはわたしの箱をつくる
来る時
来る鳥
わたしはそこへゆく
風が過ぎ去ったあとの抱擁を夢みて

 

 

 

アルデバラン

 

原田淳子

 
 

 

あなたは戻らない風
還らない雨
一度きりの季節

くぐもった灰色のコートを引き摺り
歩くたびに夜の幕を引いてく

瞬きのあいだに夜は重ねられ
あなたの不在を押しあげる

12月の赤い眼
全能の神の化身が髪を震わせて月を追う
燃える血のα
あなたの心臓

わたしは幹にしがみつき、
枯葉に擬態して生を凌ぐ

氷の朝
蹄で霜柱を踏む
軋む音
土の嘶き

12月
大団円の音楽が始まる
朝焼けと黄昏のスライドショー
最終の黄金の陽までつづく

凍りかけてなお
まだしがみついている
まだ死んではいない

赤橙の光だけがみえる

 

 

 

骨の火

 

原田淳子

 
 

 

白火

水にしづみながら
空が美しくみえるまで
結着の地を彷徨う

脚の砕けた骨に火を灯す
溶けてゆく型
哀しみも歓びも
蝋とともに交じり合う

痛みは火で治癒される
夢が過去に殺されぬように

“I do not associate with deceitful men,
And I avoid those who hide what they are.”

賢く、芳醇な人を欺く技術から
その者たちから
わたしは最も逃れていたい
肌で、凍え死ぬとしても

焔が照らすのは
まだ触れられたことのない光の野

絶対零度の消失点