受難

 

たいい りょう

 
 

あとどれくらい 苦しめば
本当のわたしの言葉を
紡げるのだろう

わたしは どこまで 
不幸せになれるのだろう

わたしは どこまで 
苦難に耐えられるのだろう

鏡は 本当のわたしを壊すだけで
何も 応えてはくれない

美しい人生の音色を奏でるのに
俗世の穢れた目は いらないだろう

裏切りは 本当のわたしの言葉を
紡ぐのに 幸いなり

偽物は 美言を弄し
本物は 沈黙する

石を投げよ
わたしは 罪人なり

わたしは ことばの十字架に架けられ
受難に見舞われんことを
幻覚に見る

死は まだ わたしのもとに
黒い死者を送ってはいない

 

 

 

狂気

 

たいい りょう

 
 

無明の空虚を彷徨いながら
澄み切った 湖面を 
盲目の声で 眺めていると

森の中には
年老いた梟が 餌を食んでいて
雨 風 そして 光までをも
呑み込んでいることに 小さな声でつぶやく

小さな水たまりの傍に
古い切り株が 苔むしていて
我は そこに しばし 腰を掛け
肉体から遊離した精神の疲れを癒した

鴉の群が 葉をざわざわ ざわざわと揺らした
その瞬間 一枚の枯葉が 濡れた泥土に舞い落ちて
泥の中に沈んでいった

狂気は 森の静寂と魔性とによって
さらに 内向的になり
我の心を巣食う

終わりの見えない
黒い闇夜の天幕で
我は 一夜を明かすこととした

 

 

 

極楽浄土

 

たいい りょう

 
 

私は 休日の夜
妻と二人 中華料理を食べようと
店を探していた

一件目の店は 満員で
あまり感じがよくなかったので
入ってすぐ 店を出た

私は 間違えて
同僚の携帯に電話をしたが
彼は 電話には出なかった
彼の番号表示は なぜか ハングルだった
後ほど 彼から コールバックがあったが
私は 無視した

見覚えのある歓楽街
そこは かつての知人が
風俗嬢をしていた店のある街だった
私は 友人に連れられ
久しぶりに彼女に会って話をしようと
その店を探したが
見つけられなかった

諦めた私は 脇道に入り
少し坂道を登ると
そこは 鳥居が沢山並ぶ神社のようだった
私は 鳥居を潜り抜けながら
参道をゆっくりと登っていった

すると ある白い石の姿の仏様が 私の手をつかんだ
「お前さん ちょっと お待ちなさい」
とその仏様は私に言った

私は 友人に「仏様に 呼び止められたよ」と
告げた

参道と境内には 無数の仏像が立ち並んでいた

私は「南無阿弥陀仏」と唱えようか「南無妙法蓮華経」と唱えようか迷ったが、
「南無妙法蓮華経」と唱えながら
さらに 山奥深いところへと向かった
周囲からは 「南無阿弥陀仏」の読経が鳴り響いていた

そこから 先は 何も覚えていない

 

 

 

夕陽

 

たいい りょう

 
 

今日が 最期の日だったら
きっと 夕陽は どんなに
まぶしいんだろう

今日が 最期の日だったら
道端に 落ちている石に
僕は 声をかけるだろう

今日が 最期の日だったら
部屋から見える樹木に
僕は 目に見えない 愛情を送るだろう

今日が 最期の日だったら
妻の最高の手料理で
お腹いっぱいになって
眠るだろう

今日が 最期の日だったら
僕は 最愛の人を想っているだろう

今日が 最期の日だったら
僕は 本当の僕でいられるだろうか

 

 

 

空港

 

たいい りょう

 
 

私は
ひとり
空港のロビーにいた

けつして
飛ばない飛行機を
ずっと
待っていた

「パリ シャルル・ド・ゴール空港行き407便の搭乗を開始します」
のアナウンス

私は ロビーで
待ち続けた

脳裏には
かつて訪れた
パリの街の光景

行かないように
とめる母

ロビーは
あともう少しで
閉鎖される

一体
私は 何を
していたのだろう

何かの前触れか
何かの予感か

今朝 某国のミサイルが
海に落ちたそうだ

そして
私は いつものように
現(うつつ)に戻った

 

 

 

消せない夜

 

たいい りょう

 
 

夢という名の消しゴムで
果てしなく長く寂しい夜を
消してみた

何度も 何度も
消してみた

しかし
夢は 夜をさらに
長く深遠な静寂(しじま)へと
私を連れ去った

何度となく 訪れる
黒いマントを身に纏った悪魔たち

すべてを消し去ろうとするが
夜は 私の前に 敢然と
立ちはだかった

朝という夢を現実(うつつ)に
変容する魔術師が
現れるまで
私は 独り
暗い闇の中に佇んでいた

 

 

 

燈明

 

たいい りょう

 
 

生者が 死者へと
変貌し
彼岸へと赴くとき
残されし者は
死者の足下に
燈明を手向ける

盲目の死者たちは
微かな光を頼りに
無限の世界へと
渡ってゆく

瞼を焦がす
ような
彼岸の灯りは
未だ死者のもとには
届いていない

長い長い 道程を
経て
死者は 大いなる光を
身に纏う

その時 生者は 死者との
再会を果たす