少女のようなあなたの旅立ちに

 

ヒヨコブタ

 
 

話上手なおとなのなかその人はいつも静かだった

 
話すことで人をひきつける魅力をもつおとなより
とつとつと話すひとのことばを聞き漏らさぬように観察していた
おとなの輪のなかに入らぬおとながいてもいいと知った
悲しいときにそっと静かにしているおとながいてもいいと

彼女らしい旅立ちというのは酷すぎる
いつもどおり好き勝手な話が飛び交いはじめても
彼女はもう傷つかないでいい
わたしをそっと見守り
わたしの話を聞き取ろうとしてくれたそのひとは
たしかに
旅立ってしまった
たくさんの編物をありがとう
こころをこめて偉ぶることもないその贈り物が宝物だった

どんなに会いたくともこうして別れゆくなら
彼女のよく笑った顔をこころに切りとっておこう

さようなら大切な
少女のようなあなたへ

 

 

 

忘却のみ願う左手

 

橘 伊織

 
 

降る雨が色を覚える

何よりも静かに 遠い夜が明けていく

失われしぬくもりは 記憶のなかにすら薄れ

不確かな何かと 須臾の刻を虚ろうか

やがて風が吹く

遠いところ

ひっそりと 誰も知らぬ純粋音が生まれた場所

ただ忘却のみ願う左手 生暖かいぬめりある右手

やがて訪れる夜を待ちわびる

それだけが赦された贖罪なのか

熱風の砂漠を渡る 遠い日の巡礼者のように

夜を待ちわびる

それすらも赦されぬ宿業の中で

ただひとり 己が骸だけを探して