integrity・高潔 品位

 

さとう三千魚

 
 

香港にいる
三木(Sanmu)のfacebookに

藤原公任の
歌が

引用されている

春の夜の やみにしなれば 匂ひくる 梅より外の 花なかりけり

三木(Sanmu)が
中国語で

在春夜的黑暗中 除了幽香递来的梅花 什麽花也没有
Zài chūn yè de hēi’àn zhōng chúle yōuxiāng dì lái de méihuā shénmó huā yě méiyǒu

と訳している

三木(Sanmu)には
六四の

同朋もいて
死者の同朋たちもいて

香港の

若い
同朋もいるだろう

春の夜に匂うものは梅の花より他にない

やがて
誰にも”2047″はやって来る

Happy Hong Kong 2047
Happy Hong Kong 2047

今夜

あなたたちとわたしは
ひとつとなり

闇のなかで梅の花の香りを嗅ぐだろう

 

 

*タイトルは、twitterの「楽しい英単語」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

千年朱鱗洞

 

工藤冬里

 
 

とある路地口しげしげと虫が鳴いてゐし ー 野村朱鱗洞

 

押韻矢の如し
zoom town ratsも過ぎ去り
街はデストピアです
朱鱗洞の虫はしげしげと啼くが俺は耳鳴りの虫が酷い
朱鱗洞の墓のある小坂のネカフェ、
二軒共閉まった
朱鱗がスペイン風邪で死んだのは、
膝突き合わせる密結社をやってたからだが、
いま生きてたらそのどちらかのネカフェで感染したんじゃねえか
いま俺(ハムレット)は便宜上日本語を使っているが
バベル期はとうに過ぎ去りパラレリスムとアクロスティックしか技法はなくなった
以前俺にとって詩とは
悲劇詩
喜劇詩
歴史詩
田園詩
田園喜劇詩
歴史田園詩
悲劇歴史詩
悲劇喜劇歴史田園詩…
しかなかった
そのなかでライミングの技を競ったのだ
それらはすべて過去のものとなった
嘆きも叫びも苦痛ももはやない
以前の言語は過ぎ去ったのである
ただ虫はこれからも
二十六で小坂のネカフェで死んだ朱鱗君の所為で
永遠に
しげしげとしか啼かないのだ

 

 

 
#poetry #rock musician

混沌とした

 

ヒヨコブタ

 
 

混沌としたというには

あまりにあんまりに
ずっと黙っていたくなるただそうやって

ときにひとがおそろしくなるなら
なんのためにひとと生きるのだ
他者と生きるというのはなんのためなのだ

おそろしくてもおそろしくなくていい寄り添えずとも
日傘傾げあうぶんはなれて歩いていていいのなら

そうしたいのだ
他者のなかにうずまく不安をみても
わたしにはそっと閉じることくらいだろう
あまりの不安からそっと

いまは
この混沌以上のなにかが揺れ動くのをやめた世界をみたい
みんなでみたい
ひとり残らずみんなで
こどものころのわたしのような願いだ
お金儲けでもなんでもすればいい
わたしの願いは
その先の明日がみたいだけだ
こんなこどもにとってのあたりまえを
願えば叶えられることがありますように
誰も欠けることなしに
どうかみんなでみたいのだと