原田淳子
頭に金魚鉢を乗せて歩いている
アザミの花のように
わたしは金魚鉢
鉢のなかには美しい魚が泳ぎ
豊かに果実が実る世界があるが
わたしは頭の上にある世界をみることは出来ない
上界の美しい世界を夢みて
氾濫させないように
割らないように
歩いてゆかなければならない
現実なんてそういうものよ
金魚鉢のなかの夢が笑う
閉じられた頁のなかの
萎びた花束をまだ描いてる
瞼の奥の残像が消えるまで
“あ”と打つと “雨”と変換される”愛”
朱ほおずきを指でなぞれば
“心臓”と変換される
青ほおずきは秋の鞘
Siriは賢く、真実を逸らす
指先のアカウントで世界は変換され
行方不明の身体たちが犇めきあう
抜け殻を拾い、抱きしめる
歌のように体温がまだ残っていた
駅が住処だった燕たちは
幸福のパースペクティブを描き
南へ渡っていった
胸をサーモンピンクに染めて
エジプトにゆくのだろう
彼女から手渡された鏡
割れた破片はひかるゆめ
額縁のなかの荒野で
アレチノギクたちが合唱する
わたしたちこそ、真実です
南にゆきそびれた燕のために
幸福の王子の肩に似た枝を描く
アレチノトリの終の住処
雨あがり
蟲たちの王国の夜の配置がかわる
南から北へ、夏の終焉
島の身体
干あがって、湿って、混じり在る
岬の手
陽を浴び、他者の恵みの葉
太陽は輪郭を解放し
雨は輪郭を際立たせる
天から溢れる羽根で服を編み
ふたつの羽根を持つ鳥の真似して
島から飛び降りた
堕ちるあいだ
雨は光へ還り
百年ぶりに夢をみた
あなたの眼がひらいた瞬間
島が燃えた
ねえ、エトランゼ
あの、すばらしい雲
あなたの心臓のようだったわ
“一番好きなものは何?
教えて、謎めいた人よ
父親、母親、妹、それとも弟?
わたしには父も母も、妹も弟もいない
じゃあ友達?
そんな言葉は、
今に至るまで意味を知らぬ言葉
祖国?
そんなものがどこにあるかも知らぬ
美?
女神や不死神なら、好きになっても良いね
金?
きみが神を嫌いなように、わたしは金が大嫌いさ
いったい何が好きなの?途方もない異国の人よ
わたしが好きなのは雲、
あそこに浮かんでるあの雲、
あのすばらしい雲”
ボードレール「異邦人」
Charles Baudelaire « L’Étranger »
四月は風ばかり吹いて、エメラルド
猫よ、
きみの眼の色の季節
ギリシャの海
波の結晶
猫よ、
きみはわたしのこどもでもなく
わたしの友人でもなく
恋人でもない
夢のおわりの朝
緑の眼でわたしを目撃する
幾億幾千もの虐殺を逃れて
きみの生はこの部屋に転がる
きみの緑がわたしの眼を舐める
家族/共同体/国家を逃れて
嘶き、共闘しよう
剥奪されない、生でいよう
緑の獣でいよう
四月の風が緑を噴きあげる
狂わされた季節に花たちが咲き急ぐ
白、黄、青、、
待って、と、つぶやく
まだ靴を履いていない
駆けあがる呼吸に
わたしの空洞のオルガンが軋む
和音未満の点線
貧しきものにも等しく時間は降る
愛と似て
時間は歪められない
緑の氾濫に、いのち萌ゆ
白い夢
白い梅
時間とは、幻だったと、
空回りした回転盤が
花の交替を告げる
死というのは
回るレコードが無いということ
遺された者は
宙を滑る針
空虚は、無色の
沈む重さがあって
ことばは逸れてしまう
孤独というのは
与えたい者に
与えられるものがないこと
替わりのレコードが無いということだった
慰められず
顔を白塗りにして
みずから踊ることしかできない
塗り重ねられた灰盤に
真っ赤な林檎をおいた
なぜ人はひとつの心に
ひとつの身体しかないのだろう
髪を
臓器を
命を
ミトコンドリアみたいに
ちぎって分けられたら
光はめぐるのに
林檎なら
蜜までやさしく切りわける
唇まではこんであげる
寂しいときは
わたしの灰を回して
林檎のうたを聴く
蜜の香りがしたなら
回転盤に
さざ波を立て
わたしが遠くで踊っていると
…
春水が流れつく
湖畔にて
さざ波立つ