監督:「常に観客にはセンセーショナルに見せよう」

 

一条美由紀

 
 


あなたの欲しいものはなんだろう
欲しいものを捧げたら喜ぶのだろうか
与えることで私は嬉しいのだろうか

 


落とし物を見つけた
昔々捨てたものだった
捨てたものは年月の間に甘く変化していた

 


ずっと待ってる
ずっと待ってる

 

 

 

いらないものは捨てちゃえば?

 

一条美由紀

 
 


愛しい人と夢で話す
愛しい人に夢を話す
ソファに座る二人には
ソファに座る二人にも

 


科学を推論するのではなく、
自然の成り行きを見つめてる

 


何のテストなのか、
答えを書き続けている
わかったフリに意味はあるのか
快速電車と競争しているような馬鹿馬鹿しさ
疲れてるけど
やめられない。
息を止められない。

 

 

 

道迷い ふらふらカンレキ  蕗のとう

 

一条美由紀

 
 


嘘は快感となり、舌の上を転がっていく
腐敗した祖父は甘い香りを放つ
段ボール製のベッドはいつも私に優しい

 


旅行記は書かない
キウイをたくさんもらったから。

 


お互いの痛みと暖かさを手を触れた途端に分かり合えたらいい
全て自分のものにならなくても、欲しい時には
いつでも持ってる人から貸してもらえる
死は怖いことではなく、また生まれてくることができる

なぜ神様はそんなふうに人間を作らなかったのかな。
ま、
そんな世界に人間は居たくないのよね。

 

 

 

回れ独楽(こま) 散れ散れに我 ゆきゆきて

 

一条美由紀

 
 


王冠の下に泉があった
民は隠れている
王は言った
「出でよ、我が前に!」
白漠とした宮殿には王の声だけが響いた

 


栄えるものは滅びる
地下に眠るものはやがて起きてくる
静かに静かに彼らはやってくる
我々の乗る電車はいつか停車する

 


ネコは暖かい
ネコは柔らかい
ネコはひだまり
そして私の猫は天国にいる

 

 

 

また1枚 グレーの葉書 冬もみぢ

 

一条美由紀

 
 


古い現像液
鮮やかだった人がぼんやりと浮かんでくる
泡の中の手はちりちりと痛む
原罪はあえて気持ちがいい

 


ベッドに沈む 今夜も
愛と死と自己を知って
甘く腐っていく

 


カントクジ
ホウジョウ
イシノハラ
タクサンノ

 

 

 

受話器より 雁の鳴き聞く ビルの窓

 

一条美由紀

 
 


踏みしめればガシャガシャと
音がする気持ちを隠し、
今日もなんとなくやり過ごす。

 


足元は霞空
柔らかい繭はポコポコと生まれてくる
わたしは多分そのうちのどれかに入ってる
行こうか、
行こう

 


遠くに住む母との電話
ご飯は食べた?
薬は飲んだ?
毎日同じ会話を繰り返す。
認知症の母にいつもと違う質問すると、
意味がわからなくなって、あ、誰か来たと嘘をつく。
母の世界は徐々に小さく硬くなっている。
小さくなる世界は、輝きを内に秘めて
いつか放たれるのだろうか。

 

 

 

月光に 間男(まぶ)を探しし 霊揺るる

 

一条美由紀

 
 


鬱屈した声は灰色の染みとなって喉のあたりに潜んでいた。
ある時そのシミはヒラリと落ちてきて、
私の行先でニヤニヤしながら待っていた。

 


ごめんなさいと言う。
ごめんなさいは山彦となって揺れて消えた。
嫌いだわと言う。
嫌いだわは花びらとなって目に突き刺さった。

 


枝をつたう滴がキラと身体をすり抜ける。
文字は玩具の喜びに満ちて、
囁きはベッドになり、
わたしはサナギに変化し、
遠い時の果てで目覚める。

 

 

 

暴風に 揺るる蓑虫 明日を待つ

 

一条美由紀

 
 


海がある。海の行き着く先に違う国がある。
空がある。空を超えると未知の世界が広がっている。
でもここに居よう。
私はここに在る。
ここでできることは何かと考えよう。
そして最後は
透明な意識となって全てを忘れよう。

 


純粋無垢の醜さには我慢ならない
ガラスの椅子に座るその身体は美しい
剥がれていく肌の痛みは、他の誰かに委ねたままだ。

 


今度生まれる時は、
魂は二つ欲しいな。

 

 

 

緑蔭や 戻らんと望む かの暮らし

 

一条美由紀

 
 


明日は今日の続きではなく、
明日は見たことのないドグマ
戸惑いも残酷な変化も踏み絵なのかも
人も歴史から見れば通過していくただの存在
でもそれでもと、探し続ける
だからそれでもと、求め続ける
無意味な行動も無価値な存在も
布石の一つだから
美しい何かを信じていく

 


いつも間違いを犯さない正しい人になりたい。
いつまでも若く美しくありたい。
それを得る為ならどんな酷く醜いこともするだろう。
ーと、
骨董店の奥に居座る人形が呟いた。

 


思い出は溶けて コーヒーの香りと同化する
行間に密かに あなたを気遣う呪文を忍ばせる
元気かしら?幸せかしら?

 

 

 

風死して 災禍を前の 目し算

 

一条美由紀

 
 


私は常識的ではない、あなたも人間的ではない

 


約束は守られなかった
約束は透き通る箱だった

過去は激痛だった
未来はくじ引きだった

助けて欲しいと、
祈りと呪いをかけた

 


レトロな匂いのする雨が
まだらなシミを作っていく
今はいない人に語りかける
また会いたい、話したい、許してほしい