2階

 

塔島ひろみ

 
 

2階には名前がない人が住んでいる
河川敷で忙しくなにかついばんでいるカモの群れが
一斉に飛び立ちすぐ横の川に落下した
と思ったらもう今は 晩秋の水上をずっと前からそうしていたかのように穏やかに
見事な列をなして泳いでいる
土手にあがり 坂をくだり中学校先で坂をのぼり
おしろい花が咲くこんもりした貨物列車の踏切を渡る
ネジ工場の脇道から犬の散歩の一団がやってくる
その道はやめて迂回する
暗渠に出る 遊歩道の切れ間の事故現場にまだ新しい 白と黄色の花が飾られ
その先のゴミ置き場では 無造作に置かれたカラス除けの網の下で
若い男が倒れるように眠っている 
保育園の横を斜めに 都営団地までまっすぐ
緑のテントだけ残る廃業したコーヒー屋 その隣りに小さな青果店
玉ねぎを皿に並べている
5個ずつ 緑色の皿に下に4個、上に1個
200円 という札が出ている
そんなに売れるわけないのに
次々にいくつもいくつも玉ねぎを並べる
顔をあげてこちらを見てきたので視線を逸らし
となりの惣菜屋の先を右に折れ
くねくねした細道を進んでいく
門にオレンジ色のポストがかかり「●●」と大家の名前が書かれている
2階には外階段で行く 2階にもまたポストがある
そのポストには名前がない
廃品回収のチラシがはみ出していた
誰からも呼ばれることがない人がここに住む
名乗ることが決してない人、どこにも記載されない人がここに住む
手すりに 陽があたるいい場所に座布団が2枚干してある えんじ色のカバーがかかりカバーにはフクロウの絵がプリントされている
茶色い木製のドアをノックする
ドアが開き 私は名前のない人の部屋へ消える
しばらくしてまたドアが開き 手すりの座布団がササと取り込まれドアが閉まる

日が暮れて大家は洗濯物を取り込んで雨戸を閉めた
座布団がなくなっていることに気づく
2階には名前がない人が住んでいる
茶色いドアをノックするとドアが開いた 大家は部屋の中へすべりこむ

2階は遅くなっても灯りがつかず
夜の空気の中でしんと静まり返っていた
1階から声が聞こえる 付け放しのテレビの長四角の画面に映った女性が
目を潤ませながらなにかを訴えている
飲み残しのお茶の前で ネズミたちが聞いていて
それからネズミも2階へ行った

2階はときどき 夜の川のさざ波のようにカサカサと揺れた
そこでなにが起きているかは 誰も知らない

 
 

(11月某日 鎌倉1丁目で)