不完全

 

道 ケージ

 
 

こわさなければならなかった、こわし、またこわす、
救いはこうしなければ得られなかった
大理石の中に現れるあらわな顔を破壊する、
どんなかたち  どんな美も打つ
鳥が引き裂れて砂になってしまえばいいのに、とお前はいった
           (イヴ・ボンヌフォワ詩集)

 

たそがれ時に
人を切る
蠅がたかるに任せて
何かを作りまたこわす
行くべきではなかった

輪郭をたどるよう
グールドを聞く
その粒は乳輪を思わせた

           「トロントの管理人が
               ゴミ出しをする
               早口の女が栞を抜いた
               手袋の片手で挨拶」(NHKラジオ)

       雪崩の予兆の小石
       小気味良い回転
       音符のようだ
       大丈夫と見上げる
      (カカボラジでのこと)

壊された破片の私は
髭剃りに銭湯へ
高温に涼しむ
酒を抜く

萎びたふぐりばかり
狼のような顔の人が
しきりに顔を拭いている

桶が鳴る
タオルが飛ぶ
ここに用がある

用が済む
用済みとなる
もういらないから帰ることになる

できていたのに
できていなかった
完全さを求めて
最も不完全なものになっていた

 

 

 

鼻メガネ *

 

さとう三千魚

 
 

土曜日は
午後に

詩人の集まる会に
電車で

行った

自分を
詩人と言えないが

そう名乗る人たちがいる

いつか
覚悟ができるだろう

自分の愚劣を知っている
愚劣でないところもある

日曜日
重たい雲の下

坂口安吾風の鼻眼鏡をかけていた

女は

ブーは
似合わないからよしなよ

という
わたしのことをブーという

月曜日


晴天

姉に電話した
姉はこれから山に登るのよといった

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”気難しいしゃれ者の三つのお上品なワルツ” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

THE SLIDER

 

工藤冬里

 
 

足から描き始めて
ジャスミンで覆う
線の裏側を見たことはない
when I am sad I slide

時間の風船が沢山ある
VTuberは推し曲とか言ってるけど
潮の満ち引きからは引き離される
when I am sad I slide

ムジ鳥は毎朝啼いたが
無農薬の風が途絶えた
死さえ目標にない
when I am sad I slide

アサ王もナホさんも生きている
前に死んでいた龍一は座っている
犬死にした軍勢や女の子たちがどうなるかを知らない
when I am sad I slide

時間の裏側は見たことがない
オッティンガーの「アル中女の肖像」は美味しい映画だが
GUT OGAUのJOSEPHINEは美しい酒だが
when I am sad I slide

oh watch now
I’m gonna slide

https://stand.fm/episodes/6445296f26ad90ed0bcb9d23

 

 

 

#poetry #rock musician

花札

 

廿楽順治

 
 

知っているひとたちが
その夜ひそひそとあつまっていた

だれもがじっと
じぶんの手のうちがわをみている

誰ひとり
花も 動物も 月も
そろっていない

ぽっくり死んだり
まだ生きていたりしているが

もうやめましょうよ

という意味のことばを
みんなで思い出そうとしていた

顔の恥部は
深くつぶされたまま
(結局なにも裏返しなどはしなかった)

花も 動物も 月も
誰ひとりそろわないのに

夜が終わったかのように
みんなは
深く息を吸っていた

 

 

 

「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第101回 改訂版

 

佐々木 眞

 
 

 

2023年1月

峰と峰の間の鞍部に、「おとろま」とか「ふくこう」とか、「こんろん」とかいう言葉が蟠っているみたいなので、現地で確かめたいと思うのだが、いつそこへ辿りつけるのかさっぱり分からない。1/1

ホステス役の彼女は、ランチが出来るレストランを必死で探したが、見つけられなかったので、おらっちはさりげなく「確かこの道を左に曲がると、おいしいイタリアンのお店があるはずですよ」と、助け船を出したのよ。1/2

この店では「週刊朝日」しか売っていないというハンデイィキャップを、逆手にとってPRすべし、と何げなくおらっちが提案したら、上司が「俺もそう思う」と乗ってきたために、おらっちは、久し振りに朝日新聞広告部のアルガ氏を訪ねることになった。1/3

急に勉強したい気分になって、我ながら不思議だったがあ、隣の可愛いおねいちゃんの十五夜のノートを、丸ごとコピーしたり、ついでに同棲を始めたりして、すっかり青春してしまったずら。1/4

その国の、出来立ての長大なミサイルの先端部には、なにやら日本語が書かれているようなので、近づいてよーく見ると、「雪んちょ学園」と記されていたので、その訳を聞くと、開発者の母校である小学校の名前だった。1/5

「これなら、あなたにも出来るでしょ」と言われて、おらっちは、深い穴の奥底を覗き込んだが、あまりに暗くて何も見えなかった。1/6

PCをやっていたら、突然ハチャメチャな文章が飛び込んで来たので、仕方なく直していると、またハチャメチャな文章が飛び込んで来たので、「お前は誰だ。おらっちに仕事の依頼ならそう言え。無料じゃないぞ」と怒鳴ったら、引っ込んだ。1/6

さんざん歩き回った挙句に、「ごめんなさい、この近くにランチが出来るレストランを御存じですか?」とその女が尋ねるので、目の前の高層ビルを指さして、この中にいっぱいありますよ」と答えたもんだ。

おらっちは、よくは覚えていないのだが、なんとかきゃんとかして、地球の爆発を止めたので、みんなから「やったね、おめでとう!」と礼を言われたのよ。1/7

ホームレスなフーテン生活をしていたおらっちを頼って、見知らぬホームレスがやってきたので、仕方なく、ホームレスの友達に借りた広いテントに入れてやって、毎晩2人で寝ている。1/8

そのターミナルの地下室には、車両基地があったので、おらっちは、夜毎の美魔女を連れ込んで、朝までマグ割ったのよ。1/9

氏はあろうことか、私がつい先ほどまで彼の美貌の細君と同衾していた臥所まで案内し、意味ありげな目つきで、私を見た。1/10

私は自分の詩集の最終校正を急いでいる最中に、恩師の生誕100周年特別行事の司会を頼まれ、何度も固辞したのだが、どうしてもと強要されたその席で、狭心症の発作が起こって、救急車で病院に運ばれたのだが、運の無いことには、あっけなく命終しちまったよ。1/11

FBのメセンジャーで対話しているんだが、お互いの言葉が、空中衝突しては、地べたに落っこちてしまうので、スムースな意思疎通が、てんでできないのだ。1/12

寝台列車に乗っているはずだのに、実際はバスの後部座席を寝台替わりに眠っていたらしいが、窓から見える景色は、ともかくステキだった。1/12

おらっちは、深町雄二という役者として喰えるようになっても、依然として俳優協会に7つの名前で登録をしていたので、深町雄二主演の映画の通行人で、おらっちの別名の飯田太郎が、出演することもあった。1/13

旧ソ連に併合され、祖国の歴史、文化、言語まで抹殺されそうになってきたので、おらっちの使命は、それらをなんとかして奪還することだと思い決めたのだが、とりあえずどうしていいのか、てんで分からないのだ。1/14

祖国の軍事政権から追放されて、私は長らく隣国で亡命生活を続けていたのだが、そのうち母国の言葉や伝統文化にうとくなってきたために、母国の人々から非難され、誹謗中傷され、とうとう命まで狙われるようになってしまった。1/15

久し振りの巴里。さて今夜はどうしようかと考えていたら、フランス映画社の若くて髪黒々の柴田社長から、「ササキさん、ウチの新しいシャシンの試写会があるんだけど、どうですか?」と誘われたので、喜んで同行することにしたが、いつの間に巴里にフランス映画社が進出していたんだろう。1/16

施設でナ―君がコウを苛めるというので、心配したが、ナ―君は好きな女の子に振られた腹いせに、みんなに当たり散らしていることが分かったので、胸をなで下ろしたのよ。1/17

群衆の中に「理非曲直を明からめよ」と大書したプラカードを掲げた男がいたので、懐かしの赤尾党首かと思って近ずいたのだが、赤尾病院の院長先生だった。1/18

建築業界の大会が、今年は長野県で開催されたが、世界的に有名な建築家が、会場のてっぺんに登って、そこから講演の蘊蓄満載のレジュメをまき散らしたのだが、それを拾い損ねた聴衆が、みな天井に登り始めたので、「建築家は来るな、来るな」と、杜子春のように絶叫したのよ。1/19

大学の授業料を払いに来たのだが、天気がいいので、日光浴をしていたら、向かいの垣根に怒りのチビ太の大好きなタコが、3匹もぶら下っていたので、これ幸いとお土産にしたのよ。1/20

SMSで#イナゲヤ→#六つ子→#イエスキリストと辿ってみたら、「新製品「イエスキリストを焼いたコーヒー」を試してみませんか?」と聞かれたので、妙な名前だな、と思いつつ飲んでみたら、美味かった。1/21

イナゲヤの実際の店で買いものをして、レジに行ったら、「10円のおつりがありますが、これを使って新製品「イエスキリストを焼いたコーヒー」を試してみませんか?」と聞かれたので、即お願いした。1/22

日テレが、フジを潰したり、TBSが、NHKを潰したりしている。1/23

競馬場にやって来たのだが、馬も人もいない。いや、たったひとりだけいたのだが、彼は、自分の靴を一生懸命磨いていた。1/24

その某重大事件をテーマにした映画を見るためには、ややこしい操作が必要なので、そのテレビでは、通常の番組を見ることができなかった。1/25

菊之助は、団十郎が逗子で売っているダイコンガウンが大好きだというておったので、土産に持っていこうと思ったのだが、あまりにダサイので、止めてしまった。1/26

もう終わりの見えた患者だったので、その医師は、延命治療すら放棄してしまったようだ。1/27

僕は、太っちょのドンガバチョと一緒に、春を訪ねて諸国一見の旅に出たのだが、ドンガバチョが、夜な夜なしつこく布団の中に忍びこんでくるのには参ったずら。1/28

大昔に命終したはずのコンドーさんが、満開の桃色のチューリップのようなドレスを纏って、いと華やかに登場したので、みんなびっくり仰天だった。1/29

あっと思った時には、すでにカバンがなかった。恐らく電車の中に置き忘れたのだろう。すぐに駅員にその旨を告げたのだが、「どんなカバンですかあ?」と聞かれた私は、はてさて一体どんな形で、どんな色のカバンかさえ、さっぱり思い出せないのだった。1/30

照明器具のある所が、そのままある街の平面図になり、それがPCのモニターに飛び込んでいくのを見ていた助手のタカハシが、「ササキさん、僕も大阪支店へ連れて行ってくださいよお」と甘えたので、即座に却下した。1/31

 

2023年2月

大学は出たけれど就職難でどこも採用してくれないので、異次元野郎お薦めの満洲国へ行こうかと思ったが、冬は北海道より寒そうなので、ずっと炬燵に潜り込んでいるのよ。2/1

周りを見渡したが、みな見知らぬ若者ばかりなので、がっくり消耗したが、生きていくためには仕方ないので、彼らと付き合っていくことに決めた。2/2

学習地図を見ていたおらっちは、もっと詳しく知りたくて、地図の中に飛び込んだのよ。2/3

大阪へ行くゆくつもりだったのに、キミに見とれているうちに、広大な太平洋の真ん中にやって来てしまったずら。2/4

シマワンちを覗いてみたら、両手にいっぱいゴミを持ったシマワンんが、ふーっと息を吹きかけると、たちまちそのゴミは、百層倍も千層倍にも膨れ上がって、部屋中をう埋め尽くしたのであった。2/5

おちっちは、そのお尋ね者を、大きなブリキ缶の中に隠し入れて、当局の追及をかわしてやったのよ。2/6

その晩、大風が吹いて大火も起こり、私が消防署から借りた小船は、大波で大揺れに揺れて、あやうく転覆しそうになったために、毎晩8時にせよと厳命されている夜の定時通報をすることができなかった。2/7

ようやっと入社したものの、超小型の会社だったので、一人で何役も果たさねばならず、おらっちは企画、営業のほかに広報も兼任していたのだが、毎日のように総会屋や右翼がやって来て金をせびるので、全部社長にふって公園で遊んでいた。2/8

私は、毎朝総務のなんでも修理係にくっついて会社中をほっつき歩き、彼が、どんな故障も完璧に修理してのけるのを、驚嘆のまなこで見詰めて、倦むことがなかった。2/9

その先生は、いつでも先頭の乳牛に跨って、急患の訪問治療に駆け付けていたので、その地域の住民からは、「空飛ぶ医者」と呼ばれて、尊敬されていた。2/10

イタリアの寒村で開催されていた、小さな映画祭の出展作品が、ことごとく駄作凡作の山なので、おらっちを含めた審査委員の全員が、会場を出て、広い野原を駈けっこしたのが一番の思い出でした。2/11

最前線の兵士をテェックすると。何名かが死んだり、傷ついたりしていたので、おらっちは、欠員を補充してから、大隊本部に帰還したのよ。2/12

慣れない商談の途中で、いきなり「これでどうですか?」と3行の数字。早くこいつを頭の中で足し算しなければならないのだが、5千万だか5億だか、50億だか、さっぱり分からないので、焦る、焦る。2/13

恵比寿か六本木の駅前に、またしても真っ赤なランボルギーニが停まっていて、「早く乗って」とナカノ君が急かすので、仕方なく乗り込んだが、いったい、どこへ、何しに行くのか、さっぱり分からない。2/14

ずーと無職だったカド君を訪ねたら、最近は「どーんな難問にも、立ちどころに対応できる、大学受験眼鏡」が爆発的にヒットしたために、億万長者になっていた。2/15

2月23日をキーワードに、その職業紹介男が、非常に知的なトークをするので、「こいつをスカウトしてやろう」と思って近づいたら、「トライ」と書いた看板の下に入っていったので、なんだこれはサクライ桃子の会社じゃないか、と気が付いた。2/16

ルンペンプロレタリアートの若者が、口々におらっちに訴えかけるのだが、何を言うておるのか、さぱり分からない。2/17

1時間単位で、世界の名所の現在を、海でん、山でん、街でん、どこでも体感できる無料のアプリができたので、大好評である。2/18

無伴奏チェロ組曲を、バイオリンで弾くマツダ君と、無伴奏バイオリン組曲を、チェロで弾くカド君は、当然のごとく仲良し子良しだった。2/19

タキノ学園というところで、三ツ矢合戦を行ったところ、105名の生徒が死傷するという悲惨な結果になり、それは世界的に金属が高騰したためだという識者が現れたようだが、私には、その因果関係が、さっぱり分からない。2/20

毎週恒例の定期練習と、年に1度のオペラ公演を、自然に合体出来たので、そのパフォーマンスは、なかなか見事なものだった。2/20

年金収入しかない人が、確定申告したら150万も返って来た。「あなたもやりなさいよ」と薦められるのだが、そんなうまい話が、あるのだろうか?2/21

この国の奥地にある、この地方の住民は、優に都人に立ち向かえるだけの気力と体力を、兼ね備えているように思われた。2/22

経験はばバガンヌにちょとアル狂いのように不かっぱつなベシクふぁあん牧場になって筋スタッフをハめたがオひんLュ0なもんだいだった。2/23

ウクライナとシリア大地震へのカンパ資金を稼いでやろうと、カジノに挑戦したんだが、すっからかんになっちまったずら。2/24

その店のどこかに、「岡本太郎特製ドリンク」と注記されたチョコレートのように茶色い液体が、お猪口に入っていたので、何気なく呑み干したら、さらにその傍に「1杯100万円」と書いてあったので、驚いて逃げ出したのよ。2/25

モスクワの中心街で、突然数棟のビルヂングが倒壊し、住民毎、跡形もなく姿を消してしまった。2/26

小学生の頃から、「世界の人と仲良くしませう」と口うるさく叩きこまれたせいか、外国に行くと朝から晩までニコニコしてばかりしていて、いくたびにぐったり疲れ果てたので、もう二度と海外へ行こうとは思わなくなったずら。2/27

私が、生涯の今までに閲した、すべての風景をレントゲンで透視して見せてくれたが、私には、それが自分の脳内の線虫の仕業だと、よーく分かっていた。2/28

1930年の世界情勢に鑑み、余はウィーンの全店舗のレイアウトを、世紀末様式から新興独逸風に一新し、台頭するナチの意を先見的に迎えようと、図ったのであった。2/28

 

2023年3月

われら巴里写真学校の奇習。それはひさしぶりに会った2人が素っ裸になって、尻と尻を突き合わせて久闊を叙すことだった。3/1

夜遅く会社に戻ると、北海道の友人が送ってくれた牛乳が机の上に置いてあったので、その場では呑まずに大切に家に持ち帰った。3/2

私は下宿先の娘をモノにしようと秘かに狙っていたのに、異人たちは彼女を通訳という名目で攫っていったのよ。3/3

私が生涯の今までに閲したすべての風景をレントゲンで透視して見せてくれたが、私にはそれが自分の脳内の線虫の仕業だとよーく分かっていた。3/4

おらっちこの節は自素意自素意自炊宿泊機能が備わったワーゲン特製ロングトレインに乗って全国各地を気儘に放浪しているのよ。3/5

その半透明の空気袋には日本映画の1時間半分のタマシイが内蔵されているそうだが、おらっちはあんまり信用していなかったずら。3/5

同じ程度に優秀な2人の、どちらを採って、どちらを落とすべきか、迷いに迷っていたら、人事のウチダ君が、「ササキさん、両方とも採用したらどうですか」と軽く言うたので驚いた。3/6

夜中に顔面に異常を感じたので、そっと触ってみると、鱗のようなものが顔全体を覆っているので、びっくりして飛び起きると、おらっちの体全体が、魚のように鱗でびっしり覆われていたのだった。3/6

不思議なことには、その地のそのお寺にやってきて、半時もすると、驕り高ぶって狂乱していた我が心に、静謐と平安が訪れるのだった。3/7

アテナイの専制君主は、犯罪者を拘束しても、時々鉄火面を外してくれたが、ここスパルタでは、24時間鉄火面を被せたままで立たせ、糞便は垂れ流しのままという残酷さだった。3/7

ふと見上げると、私はモスクワ宮殿の大広間の巨大なシャンデリアの下で眠っていて、その時、暗殺を恐れて、ロシア各地の地下壕から地下壕へと逃げ回っているツアーリの孤独を、少しは理解できたと思ったのだった。3/8

「緑の会」の青空教室の日だというのに、おらっちが先生の傍にくっついて離れないのは、今日とうとう、第3次世界大戦が始まったからだった。3/8

いつもは死を洒落のめしているおらっちだったが、近所のおばはんたちが、「あんときゃ、あんたは、ほんまに死ぬとこやったんよ」と詳しく教えてくれたので、ほんまに感謝感謝やった。3/9

のぶいっちゃん、ひとはるちゃんの凸凹兄弟と、ひがな一日、たのしく遊びましたあ。3/10

乾いてパサパサになった私は、総身をしっぽり濡らすために、女と事に及ぼうとしていたのだけれど、ベッドの左上方に据え付けられている監視カメラに気づくと、萎えてしまった。政府は今年からマイナカードと監視カメラを結びつけて、帝国臣民のAI管理に乗り出したのだ。3/11

タマラおばさんとターニャおばさんが、しぶるおらっちをここ豊岡のセーターフェスタに無理矢理引っ張り込んだので、どうでも1着買わないわけにはいかなくなってしまった。3/11

北大阪の駅の近くで、5月2日には巨大なテントを設営しなけりゃならんので、夜を日に継いで懸命に作業している。グレゴール先生から、「この近所に働く女たちのアジールがあるから、一度訪ねてみないか」と誘われたが、そんな暇はてんでなかった。3/12

なにせ昭和10年代だから、がら空きの省線電車に乗りながら、おらっちは、衣料雑貨類の中古品販売を、新しい商売にできないだろうか、と考え込んでいた。3/13

新宿の文化学園に寄ったら、顔見知りの人が何人かいて、「毎週火曜日にちょっと手伝ってくれませんか」とモデルを頼まれたのだが、「やっぱ裸にはなりたくないずら」というて、断ったのよ。3/14

すると2週間後に、またしても文化のムラカワさんから連絡があって、「裸モデルはもういいから、なんとしてもなんかを手伝って欲しい」というので、西部キャンパスに出かけてみると、あだしが原に強風が吹き付けて、ウグイスが鳴くばかりだった。3/14

仏蘭西のオルラガとかいう田舎村で、狂犬を窒息死させるくらい強力な毒薬を一服盛られて、危くいのちをおとすところだった。くわばら、くわばら。3/15

永代トイレ名人賞を受賞したおらっちが、招待されて巴里へ行き、名物のエスカルゴ・トイレの周りをぐるぐる回っていると、ペっペッと血を吐きながら、猛烈な勢いでスケッチしている、画家の佐伯祐王三氏に出くわしたのよ。3/16

団塊丘陵の段々に、だんだん迷い込んでしまったのだが、それをグンと引いて眺めてみると、おらっちは、かの脳味噌の内部を、さ迷い歩いているのだった。3/17

一致団結して難事業を成功させた3人だったが、その後の行きかたはてんでばらばらで、A男は鯨飲を、B男はC女との性交を、そしてC女は、乳児への授乳を望んでいた。3/18

我々は大空の上に大きく広がった1枚の絨毯に乗って、世界の果てから果てまでを放浪し続けていたが、下界を覗くためには、絨毯のいちばん端に寄って、頭を下げる必要があるので危険を伴い、すでに数名の墜落者が出ていた。3/19

久し振りに東京の街を歩いていて、明治座の前を通りかかったら、株主総会をやっていたので、そのままどんどん入っていったら、死んだはずのタツミ君が議長を務めていたので、とても驚いた。3/20

英国から公侯伯子男の爵位を持つ連中が一同に揃ったのだが、テーブルの上に、名札がなかったので、誰が誰だか、さっぱり分からなかった。3/21

私がプランナーを委嘱されている京の亀甲通りをぶらぶら歩いていると、私の左手が、向こうから歩いてきた人物の右手と軽く触れたので、「おや、手と手が触れましたね」と言うて立ち止まると、彼が「手と手が触れ合うも何かの縁」と言うたので、すっかり意気投合してしまったのよ。3/22

60年代製のおんぼろバスなのに、ほぼ垂直に切り立った倶利伽羅峠をらくらくと登っていくのには、乗客全員が吃驚仰天だった。3/23

一緒に歩いていた親友が、信号機の袂でしゃがみこんだので、思わず背負おうと腰を屈めたのだが、「大丈夫、大丈夫」というので止めてしまったが、それから間もなくして彼は死んでしまった。自分はあの時、どうして無理にでも彼を背負って、スチュクスの流れを渡らなかったのだろう。3/24

いつの間にか夜型生活のパターンになってしまったので、今年も大学の選択科目の申し込みが出来ず、余儀なく留年して、徹マン大学への通学が続くことになっちまったずら。3/25

「世界お料理コンテスト」で優勝したおらっちのメインメニューは、蜘蛛の糸料理だった。アコーディオンを演奏しながら、7色の色彩豊かな細い糸から、さまざまな料理が湧いて出る。夜店の綿菓子を参考にしたのである。3/26

国がやっている共通1次試験を受けようと思ったおらっちは、交差点の真ん中に立って、やって来た自動車を次々に停めて、「試験用紙持ってる?」と尋ねたら、みんな協力して貸してくれたのよ。3/27

彼女は度重なる不正を働いている男から、時々金を盗み取っていたが、自分ではそれを天罰と位置付けていたので、彼女の良心はちっとも痛まなかったのである。3/28

真夜中に「おとうさあん!」という呼び声がする。きっと長男の声だと思ったが、もしかすると難聴や空耳のせいかもしれないので、またの呼びかけを、じっと待っているところ。3/29

なんせ警察墓地なので、普通の墓地にもまして、静粛さと清和さが隅々まで行きわたっているようだったが、私は、とある著名人の墓の前に、一片の肉塊が落ちているのに気づいた。3/30

第3次世界大戦が沖縄で始まり、西側の世界各国から精鋭軍隊が集結してくるので、兵士たちは、なんとなく五輪気分で浮かれてしまって、各国があちこちに張った天幕を、お互いに訪問しあったりしているようだ。3/31

 

 

 

asylum peace

 

原田淳子

 
 

 

深夜、見切り品を買い物籠に膨らませ
翌日の弁当の惣菜をつくる

なにかの罪ほろぼしのように
なにかの祈りのように

油で揚げれば古くなってもたいてい美味しいのよ
あしたの糧をつくるのよ

腐りかけたそら豆の鞘を剥くと
育ちきれなかった杯がこびりついた
純白の平安があった

やわらかな水の弾力が光る
真綿の繭

このなかに生まれ変わりたい
と、呟いたところで
冷蔵庫のうえに置かれた
砂抜きのアサリが
花柄ボールのなかで
ぷくっと息をした

ぷくっと、息をした

ちぃさな

あぁ きみの息のおおきさと
わたしの呟きはおなじね

生きようと息吹き返したものを
わたしは食べるのだ
砂を被りながら

生きても
生きても
辿りつかない
平安の鞘

わたしは
そこにゆきたいだけなのに

深夜、しがみつく世界

鞘を剥き、
アサリの砂を被る

忘却にはまだ時が足りない