長屋正月

 

廿楽順治

 
 

なんどだって
われわれは丸くあつまってしまうのだ

(うたをうたいだすやつもいて)

泣いている船長の老人
それがどうやらみんなの親らしい

ぼくは中上健次の『岬』を読んでいるんです

とつぜんへんなことをいう少年
麩菓子の箱が積まれてある部屋であった

ののしりあう発音が
どれも水のなかでのようにくぐもっている

(どうしてそこにケロヨンがいるのだろう)

死んでうすくなったその丸に
こんどはわたしがすわって

あきることなく
さむい夜に出る船の話をくりかえす

 

 

 

ランテルディⅢ

 

村岡由梨

 
 

隣に眠る野々歩さんの寝顔を見て、
結婚前、真冬の寒い夜に
二人でよく散歩していたことを思い出す。
有刺鉄線を飛び越えて、夜の公園に忍び込み、
はらはらとこぼれ落ちる枯れ葉に
両手を大きく広げて喜ぶ私を、
縁の黒いGジャンのポケットに両手を突っ込んで
2、3メートル離れた場所から見ていた野々歩さん。
まるで父親のような、父親でないような、
嬉しそうな、でもどこか悲しそうに
何か言いたげな顔をして。
野々歩さん、あの時何を言おうとしていたの?

そして今、私が仕事に疲れてベッドでウトウトしていると、
野々歩さんが私の顔をのぞき込んでいるのがわかる。
しばらくして、私にタオルケットをかけてくれて、
私はそのまま寝落ちしてしまったのだけど、
その日、野々歩さんが遠ざかっていく悲しい夢を見た。

自営業だから、
私が現場へ出ている時以外は、いつも一緒にいる。
最近は作品を作っている時もほとんど一緒で、
寝ても覚めても食事の時もお風呂も一緒だけれど、
決して飽きることはない。
もう少し若い頃は、
野々歩さんが私の頬をひっぱたいたことがあったし、
私が野々歩さんの腕にガブリと噛みついたこともあったけれど、
今はほとんど口喧嘩もしない。
お互い白髪が増えて、
指は節くれ立って太くなって、
せっかく野々歩さんが作ってくれた結婚指輪も
左手の中指に入らなくなった。
長い髪をなびかせる私と、飼っていた犬と、鳥と、
太陽と月が彫られた銀の指輪。
私の自慢の指輪。

二人の娘たちに恵まれて、
いつか離れていってしまう彼女たちを思い、
おそらく私たちより早く亡くなってしまう
かわいい三匹の猫たちのことを思うと、
幸せとは、こんなにも早く過ぎ去るものだったのかと
もう一度家族になるために、
何度でもやり直せると思っていたのに。

人を愛することは、
痛く 辛く 苦しく 儚い。
そして、時に無力だ。
世界の隅っこにこびりついたささやかな幸せでさえ、
いとも簡単に蹂躙されてしまう。
人生何が起こるかわからないけれど、
野々歩さんほど私を愛してくれる人も
私がこれほどまでに愛する人も
この先、絶対に現れない。
いつ伝えられなくなるかわからないから、
伝えたい気持ちを、いま、言葉にしよう。
勇気を持って、言葉にしよう。
世間の大半の人たちからしてみれば、
どうでもいいような、些細な気持ちを「いま」言葉に。

 

たとえ、あなたがヒトではなく、
鳥であっても
椅子の脚であったとしても、
こうしてまた、ひとつに結ばれたい。
たとえ戦火に巻き込まれて
離ればなれになったとしても、
必ず最後はあなたに辿り着く。
だから私を信じて。待っていて。
そして聴かせてください。
あの冬の夜、私に言おうとした言葉を。

 
 

*「ランテルディ」とはフランス語で「禁止」という意味。
* 今から20年前、婚約した時に制作した映像作品『ランテルディⅡ』は下記から御覧になれます。
https://vimeo.com/131768431