廿楽順治
「わたしは数えられたりしない」
のれんをくぐって
男の影はやってきた
みんな
みごとな豚です
重油だらけの空でそだってきた
傘をたたんで
定食を頼もうとする四千人
群れというのは
どうせみんな耳が濡れているのだ
傘のようにたたまれた眠りで
鍋へと飛び込む
「ひとりではないので」
いっせいに同じ夢を食らうほかない
やーい 豚
店の外に
四千人の
子どもがたかっている
「わたしは数えられたりしない」
のれんをくぐって
男の影はやってきた
みんな
みごとな豚です
重油だらけの空でそだってきた
傘をたたんで
定食を頼もうとする四千人
群れというのは
どうせみんな耳が濡れているのだ
傘のようにたたまれた眠りで
鍋へと飛び込む
「ひとりではないので」
いっせいに同じ夢を食らうほかない
やーい 豚
店の外に
四千人の
子どもがたかっている
手を洗わないでめしを喰っています
わたしは誰かと聞くな
この口に入ったものは真理
喰ったあとの声がおそろしいので
落ちたパンもたべる
その信仰は見あげたものである
父母のしつけは忘れた
死んだのはよくおぼえているが
生きたことは思い出せない
だから手を洗わない
理由は音をたてない
この口からでるものは
きたない影
わたしとゆきこは
夢の駅前で
いい争いをしていました
おそろしさが
ただよっている
とうに死んでしまった子どもが
やってきて
「やめて」
といっているのに
しずかでなつかしい海辺のほうへ
きいろく濁って
これから三人
曳かれていくのでした
駅前でやきそばをたべたあと
わたしとゆきこは
生きかえった子どもと
耳をならべて眠っていました
ひとの死んだ夢を
盗んできたので
おそろしくしあわせなのです
なんどだって
われわれは丸くあつまってしまうのだ
(うたをうたいだすやつもいて)
泣いている船長の老人
それがどうやらみんなの親らしい
ぼくは中上健次の『岬』を読んでいるんです
とつぜんへんなことをいう少年
麩菓子の箱が積まれてある部屋であった
ののしりあう発音が
どれも水のなかでのようにくぐもっている
(どうしてそこにケロヨンがいるのだろう)
死んでうすくなったその丸に
こんどはわたしがすわって
あきることなく
さむい夜に出る船の話をくりかえす
運動が苦手だったので
体育の授業では射撃をえらびました
使う筋肉は脇だけです
走ることもありませんでした
きみはもうなんでも撃っていいんだ
という資格だけはある
死んだ友だちもいます
わたしは銃を撃ってもよいのです
マリアさんのうちで
わたしたちはたくさん食べさせてもらった
仕事がないので
最近は塗り絵ばかりしていたらしい
子どものころは
鶏肉の配給にどきどきしました
脇をしめて眼を細めます
この世の運動というのがこわいのです
その頃
才能というものを思っていた
落ちてくる球の影を
ぼくは
きちんと受けられるだろうか
とか
(ばかだよね)
あのじいさんたちは
捨てられた野手のように構えながら
すでに
腰をあげることができないでいた
落ちきってしまった
子どもらに
どんな
まぶしい地名をつけてやるか
見あげたまま
あやまって
かわいいぼくの目玉を
踏んでしまう
じいさんたちは
おかしいくらい
才能のないひとたちであった
燃料店のむすめはあかるかった
いつもわずかだが体が燃えているのだ
ばくはつのひとつ手前
(なのだろうか)
燃料
ということばには
わからない思想がないようにみえる
中学生のむすめの頬はいつも赤かった
あかるく
ふっとばすようなものがみのっていた
今日ふいにおもいだす
燃料のこと
燃料を売って暮らしていた家のむすめのこと
ばくはつのひとつ手前
(そこでしかみんなは暮らせない)
わからない思想はやがて
こっぱみじんになるのだろうか
むすめはもう
燃料ではないのだろうか
お濠のまわりに
時計屋さんがいくつもあって
おなじ時間を売っている
ようにみえるが
(ほんとうはそこに陰謀がある)
わたしは右回りに歩いた
今はもうないが
お城の天守閣には
青くておおきな目玉があったらしい
教室のうしろで
柱時計みたいに
立たされた日を思い出す
みんなの時間なんか踏みつぶしてやる
右回りで
子どもたちの国がひとつずつ
音を立てないように
空へ消えていくのを見ている
ぼくは
おじいさんの沼にはまっていく
羽なしで
ものをはこぶよろこび
(世界はすこしも動かないのに)
箱がいつか
眠る位置を変えていて
ぼくのシフトがひかっている
はこぶ姿で
ぴったりと
暮らすじぶんの骨格をくずさない
(内戦や)
ものの生死を
むずかしい教えのとおりに
見過ごしていく
虫の
ひとつ目
羽なしで
おじいさんの沼に
知っているひとたちが
その夜ひそひそとあつまっていた
だれもがじっと
じぶんの手のうちがわをみている
誰ひとり
花も 動物も 月も
そろっていない
ぽっくり死んだり
まだ生きていたりしているが
もうやめましょうよ
という意味のことばを
みんなで思い出そうとしていた
顔の恥部は
深くつぶされたまま
(結局なにも裏返しなどはしなかった)
花も 動物も 月も
誰ひとりそろわないのに
夜が終わったかのように
みんなは
深く息を吸っていた