曖昧な夜と曖昧な朝の狭間

 

有田誠司

 
 

全てが暗示的で曖昧な夜
其処に大切な象徴を見つけようと目を凝らす
ただひとつ失いたく無いものを心に描いた

入江を渡る風の色が知りたかったんだ
その色でしか空白を埋める事が出来ない
最初からわかっていた

自分の属してる世界の価値観や
未来への展望だとか
そんな言葉を口にする人達
僕は耳を塞いで空を見ていた

夕暮れは以前より遥かに希薄に輝き
承諾を求める様に弱く消えそうな色に見えた
そして何も無かった様に夜が訪れる

相応しく無い人間が相応しく無い夢を見て
相応しく無い色を探している
相応しく無い女が 恥を知れ 
そう吐き捨てて出ていった

全てが暗示的で曖昧な朝がやって来る

 

 

 

こころを濡らす

 

佐々木 眞

 
 

久し振りに新橋のヘラルド・エースの試写会に行くと、いつものように最前列の左端に座ったヨドチョーさんが、声を枯らして
「映画を見なさい、良い映画を見ればこころが濡れますぅ」
と、皆に聞こえるように叫んでいた。

たぶん先日ここで上映された、『ローマの休日』事件のことをいうておるのだろう。

その日、おらっちときたら、あろうことかローマの宮殿で、王女のオードリー・ヘプバーンが「ローマ、断然ローマです」
というた瞬間、大の男が大声を上げて、泣いてしまったのだ。ほかの映画ヒョーロンカ連中が、誰も泣かなかったのにぃ……

くそったれ、一人くらい、泣けよ、
こころあらば、こころ濡らして、泣けよ!

こころ優しいヨドチョーさんは、おらっちのそんなこっぱずかしい噂を、紳士的に打ち消してくれようとしているんだろう。
有難いことだ。

まもなく、本日の試写が始まった。

上映されたのはタランティーノ監督の『レザボア・ドックス』だったが、あまりの暴力シーンの連続に、おらっちが狭心症の軽い発作を起こして
ニトログリセリンの白い錠剤を1粒飲んでいると、真中へんに座っていた落語家のタテカワダンシが、

「糞面白くもない、こんなエイガ見てられっか!」
と叫んで、隣の太った手下に「おい、けえるぞ」と告げて、会場からあらあらしく出て行った。

ヨドチョーさんも、おらっちも、それ以外の人も、試写会場の扉がグラグラゆれて、外光がチラチラ漏れ入るのを、みんな見ていた。
まるで『レザボア・ドックス』が、スクリーンをはみ出したみたいだった。

おらっち、なんせ招待された身だ。
いくら下らない映画でも、ダンシ師匠ほど勇気がないので、出ていけない。
じっと目を瞑り、心臓を抑えに抑えて、地獄のような100分間に耐えていた。

ヨドチョーさん、
こころを濡らす映画があるように、
こころを壊す映画もあるのです。

 

 

 

雨を受ける

 

さとう三千魚

 
 

墓参に
行った

昨日
女と

行った

義母の命日だった
犬のモコの四十九日だった

雨が
降っていた

アスファルトが濡れていた

墓参の後
女と

蕎麦を食べて帰ってきた

庭には
白木蓮の花が咲いた

白い蕾と花は
空にひらいていた

雨を受けていた

 

 

 

#poetry #no poetry,no life